12指輪

ふと目が覚めて、もう見慣れた天井を暫くぼうっと眺めた。
その場から窓を眺めれば、辺りは暗く、月明かりが部屋を浮き上がらせている。
なんとお昼の間ずうっと眠りこけてしまったらしい。

昨夜(今朝といっても間違いではない)の激しい情事による倦怠感で、ベッドから起き上がるのは億劫だった。
肩に感じる人肌の方を見れば、ヴォルデモートが目を閉じて眠っている。
ヴォルデモートの少し変わったエキゾチックな香りと、汗の匂いに包まれて、わたしはうっとりと目を細めた。

「ふふ」

体を彼の方に向けて、腕に寄り添う。
そしてそっと、触れる程度のキスを彼の二の腕辺りに落とした。
寝てる隙をつけたのと、長く肌を重ねたことが、わたしを大胆にさせた。
流石に顔にキスしたりマークをつける勇気はないけど。

そのまま彼の腕におでこを寄せたときだった。

バッと目の前が暗くなって。
両手首を掴まれる。

「きゃあぁ、わっ」

耳の下辺りを甘噛みされて、驚きの混じった高い声が出る。
ま、まさか。

「起きてたんですかっ……」

すぐにヴォルデモートの仕業だとわかる。
彼は体にかけていた白のタオルケットでわたしたち2人を覆うようにしたようだ。
目が慣れてくれば、外からの月明かりと部屋のランプも相まって、彼の顔が浮かび上がった。

にやりと笑んだかと思えば耳や鎖骨に口を押し当てるようにようにキスを落としていく。
それはソフトな戯れではなく、痺れるような感覚を与えてくるものだった。

「ん、な、なにを」
「誘ってきたのはどっちだ?」

そんなつもりじゃなかったのに!

キスの感触に身を捩るわたしを暫く楽しむと、ヴォルデモートはくつくつと笑いながら解放してくれた。
この人に油断も隙もありはしないということが、ようくわかった。

タオルケットが外され、少し明るくなった世界で見つめられる。

「良い眺めだ」

わたしのデコルテに手を這わせて、彼は目を細めた。
少しくすぐったい。
自分では鏡を使わないと見えないけれど、きっと彼の印がたくさん付いている。

嬉しい反面、切なさが募った。
こんなものはきっとすぐに薄くなって、治ってしまう。
その度にわたしは不安になるんだろう。

わたしはおずおずとヴォルデモートの手に自分の手を重ねた。
なんだか今日は少し、大胆になれるのだ。

「消えない印が欲しいです」

彼の手がピクリと反応する。
赤い瞳が揺れたのを、わたしは確かに見た。

一呼吸置いて、尋ねる。

「ナナシ。それは何故だ」

あなたが好きだから。
いつでもあなたを感じたいから。

答えは簡単。
だけど、これはあなたが信じない、愛だ。
また拒まれるのが怖くて口には出せない。

黙るわたしを急かすことなく、でもヴォルデモートはわたしから視線を反らさずにいる。

「あなたのものになりたいから」

迷って、少し言葉を変えた。
質問の答えになっているような、なっていないような。
いや、なっていないだろうな。

ヴォルデモートは暫く黙ってしまった。
何か考えを巡らせているようだった。

「お前は既に俺様のものだ。何度も言ったろう」

しかし考え事を断ち切るかのように、そう述べて身を起こす。
離れてしまった体と、精一杯の言葉を流されたことで、ずき、と胸が痛んだ。
わたしに向けられた青白い背中に、跡をつけたい、なんて生意気なことを考えた。

彼に倣って自分も身を起こす。
なんとか二の腕のキスマークを確認できて、そっと撫でてみた。

そんなわたしを一瞥して、ヴォルデモートは言葉を漏らす。

「……消えない印か」

そして、思いついたように昨夜脱ぎ捨てたローブから小さな黒い包みを取り出した。

何だろう?

興味深げに見守れば、彼は包みを結んでいた細い金の紐をほどき、中身を左手に乗せてこちらへ差し出す。

それは、指輪だった。

シンプルな黒い輪っか。飾りは何も無い。

「わたしに……?」

先程の胸の痛みは嘘のように、小躍りしてしまいそうな気分になった。

「ただの指輪ではない。わかるな?」

忠告に迷いもせず左手を差し出す。
わたしはその指輪が、とてもとても欲しかった。

指輪を求めて宙を彷徨った左手の薬指を捕まえると、ヴォルデモートは指輪をはめる。
皮肉にもそこへの指輪は、永遠の愛を意味する。知らないわけではないだろう。
何を考えているか、わからない。酷な人だ。

驚いたことに、指の付け根で止まると、指輪はじんわりと肌に溶け込んでいった。
痛みは全く無い。
暫し置いて、幾何学模様が黒く浮かび上がる。まるで指に入れ墨をしたかのようだ。

「身に着けたからには、裏切りは許されない。術者が死ぬまで、永遠にだ」

ヴォルデモート様が死ぬまで……わたしは裏切ることができない……。
裏切りって、なんだろう。
敵に売ったり、逃げ出したりすることだろうか。

期待をしてしまったものの、もしかしたらただポケットにあっただけの魔道具をくれただけで、キスマークのような深い意味はないのかも、と素直に喜べない。
裏切り、が何を含むのかもいまいちよくわからない。

頭が回っていないのを読み取ったんだろう。
ヴォルデモートはやれやれといった声音を出した。

「理解できないか? その心を他の男に売るな、ということだ。離れることも、許すつもりはない」

その言葉に、身震いするような嬉しさを感じた。

この指輪は、ヴォルデモートのわたしへの独占欲の結晶で、ずっと傍にいることを許してくれた証なんだ。

守るようにもう1つの手で薬指を包み込んで、ヴォルデモートを見上げる。
そんなわたしの熱の籠った視線を受けて、彼は表情は変えずに目を細めた。

ぐいっと肩を引き寄せられ、されるがままにヴォルデモートに身を任せる。
彼は暫くわたしを抱き締めてから、少し体を離してわたしの顎を持ち上げると、唇にキスをした。

ただ押し付けるような柔らかいキス。

彼がキスをくれるようになったことを改めて実感する。

距離が縮まったと思ってもいいのだろうか。

ただのしもべではないと、自惚れてもいい?

再び顔が近づいてきて、瞳を閉じて受け入れようとした、
そのとき。

ふ、とヴォルデモートの体がわたしの方へのしかかってくる。
彼の重みを支えきれず、2人共々後ろに倒れ込んだ。

「ヴォルデモート様……?」

まるで力が抜けてしまったかのようだった。
失神したのかと思ったが、目を見開いているので意識はありそうだ。
しかしその呼吸は微かに荒く、肩が上下に揺れている。

「どうされたんですか?」

何をすればいいのかわからず、ただ抱き締めることしかできない。
自分の無力さが情けなかった。
目頭が熱くなる。

しかし数秒すると、ヴォルデモートは唸りながら自力で体を起こした。
彼は眉をしかめながら、掌を閉じたり開いたりして、自分の体の様子を確かめている。

もう、いつも通りのようだ。

ここ何日か戻らなかった、旅の疲れが残っているのだろうか。

ヴォルデモートは開閉していたその手で拳を強く握る。

「ポッターか……?」

その呟きに、心臓がどくんと跳ねた。

ハンスから敵勢力の話を聞いたときに真っ先に出てきた、ヴォルデモートの宿敵の名だ。

わたしはわかっている。
ポッターが正しいということを。
マグルを殲滅しようとしているヴォルデモートは悪だということを。

でも、わたしはもう、ヴォルデモートの方が大切になってしまった。

善悪を思い出させるポッターの名前は聞きたくなかった。

「……心配はいらぬ」

彼の親指に目元を拭われる。
涙が出ていたのをすっかり忘れていた。

今のは何だったんだろう。

本当にポッターの仕業だとしたら。
彼はヴォルデモート様に何をしたの?

ぐるぐると渦巻く不安が、しこりのようにわたしの胸に残った。

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