07名前

抱きしめられたままでいたい、そんな願いは虚しく、ヴォルデモートはわたしの体をベッドに戻すと、姿を戻して横たわった。

白い肩が揺れている。
意外と胸板あるんだ。
やっぱり鼻が無いと横顔が不思議。
唇も……薄い?無い?

じっと見つめていると、バチンと目が合って心臓が跳ねる。

慌てて、逸らそうと言葉を見繕った。

「あ、あの、お名前、お呼びしない方がよろしいんですか?」

ハンスに言われて気になっていたことを問うてみる。

「構わん。貴様には意味を為さない」

どういうことだろう?
名前を呼ぶことがどういう意味を為すのかよくわからないけど、まあ、わたしは呼んでもいいってことか。
ちょっと嬉しい。

「あと……勝手に本を読んで、ごめんなさい」

今度は、気まずいながらもどうしても伝えたかったこと。

少しの沈黙の後、彼は「暇を潰す為なら構わん」と呟いた。
やった!と喜んだのも束の間。

「だが決して魔法を学ぼうと思うな」

ピシャリと窘められる。
微かな音量で「はい」と頷いた。

多分、マグルのくせに、ってことなんだろう。
魔法を使えるようになりたいと思ってワクワクしていたすこし前の自分が、虚しい。
まあ、杖も無いし、そもそも魔法の力なんて持ってなさそうだけど。

でも、でも、本は読んでもいいんだ。
大変ありがたい。これで暫くは時間を忘れることができそうだ。

教科書だから、自然に魔法を学ぶかたちになってしまいそうだけど……。

教科書といえば。
何故トムの教科書がここにあるんだろう?

確かお屋敷の主人のファミリーネームはマルフォイだった。
ヴォルデモートの部屋にあるのも違和感がある。

「あの、トムって……?」

わたしの言葉に少し怪訝な顔をする彼。

少し話し掛け過ぎただろうか。
それともトムの話題がNGだったのか。

「過去の名だ。そちらは口にするな」

どうやら後者だったようだ。
少し不機嫌な声色で、でも答えてくれる。

……え?!

過去の名ってことはつまり、トムはヴォルデモート様ってこと?

じゃああの書き込みばかりの教科書も、真面目な監督日誌も、全部ヴォルデモート様が書いたってこと?

意外すぎてぽかんとしていると、間抜けな顔だったんだろう。鼻で笑われた。

「そういえば、名は何というんだ」
「!」

名前を、聞かれてる。
興味を持ってもらえたことがじわじわと嬉しい。

「ナナシ、です」

ヴォルデモートの口が動く。

「ナナシ」

呼ばれた途端、トクトクと心音が上がった。

「しもべの名を聞いたのは初めてだな」

どうしよう。かなり幸せかも。

口角を少し上げて、「俺様に興味を持ったしもべも初めてだ」と付け足す。
わたしが好意を持ち始めているのも、お見通しなのかもしれない。

ふいに、ヴォルデモートはわたしの額へ手を伸ばした。
髪が張り付いていたのか、そっと拭ってくれる。
そのまま頬を撫でられる。
なんだか、こそばゆい。

「ナナシは何故、死を恐れない」

穏やかな時間にうっとりしていると、静かに尋ねられた。

魂を傷つけてまで、永遠の命を求めたヴォルデモートからすると、不思議なんだろう。

「恐ろしいです。でも何の為に生きてるかわからないから、死んでも困らないというか」

自分でも寂しいやつだなあと思う。
本当に無気力に、進みたい先もわからなくて世間の流れにしがみつきながら、凡庸に生きてきた。

でも。
今は、ここに来たときよりも死が怖くなってる。
死ぬときは、このしもべ生活が終わるときじゃないかと思うから。

「生きる意義か」

ヴォルデモートは顎に手を添えて、考えるような素振りをした。

「それは例えば、何だ」

む、難しい。
しかもそれがわからないんだってば。

「人に寄ります……スポーツや芸術で上を目指すとか。作ってるものを完成させるとか」

あと、もし、わたしに生きる意義ができてほしいとするならば。

「……大切な人と時間を一緒にするとか。子供を守るとか」

こちらかもしれない。

しかし。

「愛は理解できぬ」

無情なヴォルデモートの一言に、胸がズキンと痛んだ。

確かに、誰かを愛しそうには見えない。
しもべで性欲を満たしてるくらいだ。

ということは。
わたしが彼に愛されることは、ないということだ。

名前を呼ばれた幸せを黒く塗りつぶすように、その事実で胸がいっぱいになる。

ふと、賞をとって人に囲まれるトムの顔が浮かんだ。

あの写真のときも、愛を理解できなかったんだろうか。
いつからこんな風になってしまったんだろう。
何が、彼をこんなかたちにしてしまったんだろう。

目頭が熱い、と気付いたときには、ポロリと頬を涙が伝った。

涙は頬に添えられていたヴォルデモートの手を濡らす。

ぼやけた視界の中には、泣き始めたわたしを理解できないのだろう、眉間に皺を寄せた表情の彼がいた。

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