Non so un'acca

(私は何も知らない)



簡単な島の地図と紹介状をココロから受け取り、温かい言葉を貰いながら、メリー号はシフト駅を後にする。新たな仲間を見つけるべく、そしてこの長旅で傷付いたメリーを直すべく、"水の都"ウォーターセブンを目指して。
各々が仲間にしたい船大工について話す中、ミリアはまたサンジに注いでもらったココアを口に運んでいた。水の都とまで呼ばれるウォーターセブンはどんな素敵な島なのだろう、と期待に胸を膨らませながら。知らず口許を笑ませるその横で、ナミがココロから貰った地図を、わかるか!!と床に叩き付けた。

「だめよナミ。人から貰ったものは大切にしなきゃ」
「そうだけど……これはないわ」

見てみて、と差し出された地図を見る。手描きらしいそれは、

「ああ……たしかにこれはちょっと……」

思わず言葉を失う程には下手だった。いや、地図としての役割を果たしていないと言うべきか。

「でしょ?簡単な地図とは言っていたけど、これはさすがに簡単すぎよ」

どうやらココロは壊滅的に絵心がないらしかった。
ウォーターセブンと記された島らしき物体とそれに繋がる線路のような物、造船所があるらしい場所はその島らしき物体の左付近に矢印で示し、このへん、と書かれているだけ。想像以上の酷さにミリアは苦笑いを浮かべた。

「じゃ、みんな来て!滞在期間一週間分のお小遣い渡すから」

この船の財布を握るナミーーだれが決めたわけではないが、いつの間にやらそうなっていた。金銭面についてナミに勝てるものはこの船にはいないーーの言葉に皆が集まる。集合を掛けるより先に受け取っていたミリアは自身の財布にしまうと、ルフィたちから離れて微笑むロビンの横へ。腰掛けたミリアにロビンはどうしたの?と声を掛けた。

「ウォーターセブンって、どんな所かしら?」
「さあ……?でも、水の都と呼ばれているくらいだから、とっても綺麗な街なんじゃないかしら」
「わたしもそう思うわ。楽しみね!」
「ええ」

ふとした瞬間に顔を見せた憂いは完全に消え失せ、楽しげに声を弾ませるミリア。その姿に、ロビンは安心したように息を吐いた。
自分と彼女との間に存在していた因縁とも言える関係に、恐らく最も苛まれていたのは彼女なのだ。海賊になったとは言え今なお尊敬し愛する父親と、共に旅をする自分との板挟みになりながら、それでも自分を仲間だと言い庇おうとしてくれた彼女は、きっと自分が目覚めるまで曇った表情をしていたに違いない。そしてそれは、目覚めてからも。仲間に心配を掛けまいと隠しているようだったが、闇を生きてきたロビンには簡単に見抜けてしまう。
あなたにそんな顔は似合わないわ、第一あなたがそんな顔をすることないのよ。言おうとして、けれども自分にその資格がないことを、ロビンは分かっていた。だから、自然な笑顔が戻ったミリアにほっとしたのだった。
今はまだ忘れることなどできないかもしれない、縛られずにはいられないかもしれない、けれど、時間が経てば苦しむこともなくなるかもしれない。自分も、彼女も。この一味に身を置くようになってから胸に仄かな希望が灯っていることに気付き、ロビンは驚いた。
時間は穏やかに過ぎていき、優雅に飛ぶカモメが鳴き声を上げる中、突然ウソップがマストに抱き着いた。綺麗に直ると思うと感慨深いーーその言葉に、ミリアは麦わら帽子を被ったドクロを見上げる。確かに感慨深くもあった。東の海から今まで、航海を支え続けてくれたこの船には、様々な思い出が詰まっている。刻まれた傷の一つ一つ、下手くそな修理の跡一つ一つが、これまでの冒険の証である。だからこそ、とミリアは思う。これからも共に航海を続けていくために、必ず修理と腕の良い船大工を仲間にすることが必要なのだ、と。

「おい、アレじゃねェのか」
「!!島だ〜っ!!島が見えたぞ〜っ!!」

ゾロの言葉に一斉に前方を見遣れば、そこには産業都市と呼ぶに相応しい島が。船内は一気に盛り上がる。驚嘆の声を上げる者、言葉も出ない者、感嘆の声を漏らす者、反応は三者三様だが、共通点はただひとつーーこの島は、すごい、という思い。

「でっけ〜噴水だ!」

ルフィの叫び通り、街の頂上には大きな噴水が聳え立っていた。圧倒される一味。気付けばココロの言っていたブルー駅の正面まで来ていた。港はどこかと探していれば、島の人間と思しき釣り人に声を掛けられる。裏町へ回るように、という彼の親切な言葉に従って船を進めれば、そこに広がるは美しい水上都市。家が海に沈んでいるかの如く見える景観に驚く面々に、ロビンが優しく教える。

「元々沈んだ地盤に造られた街なのよ。家の下の礎を見て」

言われるまま見ると、家の下には柱が立っていた。

「成程……それで"水の都"」
「誇張じゃなかったのね。とっても素敵!」

感動していれば、またも声を掛けられた。略奪か?などと問う島民に呆れつつ船を修理したいのだと答えれば、この先にある岬に停めるよう勧められた。そのまま進んでいくと、確かに岬があった。
ここに停泊することを決め、ゾロが帆を畳もうとロープを引っ張った。すると、ボキリという音を立てメキメキとマストが折れそうになる。ここまでガタがきていたのかと驚くゾロは、怒るウソップにびしびし叩かれながら、なんとかマストを真っ直ぐにする。ますます修理の必要性を感じたミリアは、ここが造船業の盛んな島であること、空島から降り立った島ーーロングリングロングランドからログを辿った先がこのウォーターセブンであった幸運に感謝した。

「ところで、島の人達は何で海賊を恐れないの?」

当然の疑問の声に、"海賊も造船所の客だから"や"海賊に暴れられても構わないほど強い用心棒がいる"という憶測が飛び交う。用心棒にサンジが肯定を示すと、臆病なウソップが焦りだした。

「やばくねェだろ。おれ達は客なんだ」
「そうそう。暴れなければ……島の人に危害を加えたりしなければ、たとえ強い用心棒がいるのだとしても、わたし達が攻撃されるなんてことはないでしょ」

海賊嫌いだった人間がいること、また船長の性格もあって、元々民間人に危害を加えたり余計な略奪をしたりということをしない主義の海賊団だ。たとえ船長であるルフィやこの船の主戦力であるゾロとサンジより強い用心棒がいたとしても、あちらから何かを仕掛けてくることはないだろう。尤も、ルフィはトラブルメーカーであるから、何かしらのトラブルに巻き込まれる可能性も零ではないが……説明すればきっと分かってくれるはずだ。自分たちはあくまでも"造船所の客"なのだから。
そう思いながら、ミリアは出掛けようとするルフィとウソップの背を見送る。が、

「あ!あんたも行くのよミリア!」
「え?なんで……」
「ルフィの子守りはあんたの役割でしょ」
「こ、子守りって……ルフィはもう17よ?」

ナミに腕を掴まれ、本当はロビンとチョッパーの3人で街を散策し本屋に行く予定だったのだが、仕方なく、黄金の換金と造船所へ向かう3人に着いて行くことに。

「よし!じゃあまァとにかく!行こう!"水の都"!」

意気揚々と島へ繰り出す3人の後を追うミリアは、この島で待ち受ける"悲劇"も"再会"も、何も、まだ、知る由もなかった。