É cambiato in meglio il mondo?

(世界は良い方に変わったのだろうか?)



ルフィとロビン両名の体の安静のため4日間停泊していたゴーイング・メリー号は、ようやくロングリングロングランドを出航した。今日は航海3日目の朝。空は快晴、天候は春時々ーー夏。
気持ち良さそうに大きく伸びをしたナミの隣、浮かない顔をするミリアは際限なく続く海原を眺めていた。そんな二人の元へ、目をハートにさせたサンジがじゃがいものパイユを持ってやって来た。心配させるわけにはいかないと曇りを隠し、ありがとうと受け取る。ナミと共に一口食べて美味しいと零せば、歓喜の声を上げハートを撒き散らすサンジ。睡眠を妨害されたらしいゾロが怒鳴り、そして始まる喧嘩はもはや日常で、だれも意に介さない。
何も変わらない、だれも変わっていない。少なくとも、表面上は。

「"凍ったおれのマネ"!!」

ウソップとチョッパーの音頭に続いて聞こえてきた元気な声に、知らず俯き気味だった顔を上げた。見遣れば、小麦粉と思われる白い粉を全身に被り妙な体勢で固まったルフィが。3人はツボに入ったのか床を叩き、腹を抱えて爆笑する。対して、一瞬だったが苦虫を噛み潰したような複雑そうな表情を浮かべたミリアに気付いたナミは、3人を窘めた。が、それを聞く3人ではない。ウソップは拍手と賞賛の言葉さえ送り、食いしん坊なルフィは白い粉を叩き落としながらナミとミリアの食べるパイユに興味を示した。

「食べる?」
「いいのか!?ありがとう!!」

差し出されたパイユをぺろりと平らげたルフィは、絶賛ゾロと喧嘩中のサンジにお代わりを強請る。

「ミリアあんたね、ルフィを甘やかし過ぎよ」
「そんなことないと思うけど……」
「そんなことあるの!」

きょとんとするミリアに、ナミは大きな溜め息を吐き出し、このブラコンめと独り言ちた。
相も変わらず騒がしい船上だったが、しかしひとつの扉が開かれたことで一瞬の静寂が訪れる。出てきたのは一味の考古学者ーーロビン。チョッパーの船医らしい体調を気遣う言葉に笑んでみせたロビンは、随分と回復したようだった。そのことにミリアはほっと息をつく。同じ目にあったにも関わらず元気いっぱいなルフィがナミによって頬を掴まれ、その間抜けな顔に思わず笑いが漏れた。

「コーヒーを頂ける?」
「喜んでー!」

ハートを撒き散らしながら女性陣と共に室内へ入っていったサンジは、ミリアとナミにもリクエストを聞く。甘党であるミリアはココアを、ナミはロビンと同じくコーヒーを頼んだ。たかが飲み物、されど飲み物。注がれたそれらは絶品で、3人は香りと味をゆっくり楽しんでいた。
と、その時、船体が急に傾いた。どうやら人力で進路を変更したらしい。ロビンの能力によってカップを支えられ零さずに済んだものの、進路はそのままと指示していたはずで、ナミは焦りながら外へ出る。後に続いてロビンとミリア、そしてサンジ。
カエルの方向を指示してくれと言う、どうやらそのカエルを丸焼きにして食べたいらしいルフィに、ナミは即答で拒否を示す。が、

「カエルも灯台を目指してるわよ」
「カエルはまず白ワインでぬめりを消し小麦粉をまぶしてカラッとフリート」
「あんなに大きなカエル、なんていう種類なのかしらね」
「ちょっとロビン!!サンジ君にミリアまで!」

面白がるロビンがあっさり教え、サンジはコックの性か調理法を今から思案、ミリアは好奇心を刺激されたのか楽しげな表情。ナミは悟る、ここに自分の味方はいないことを。
ナミの制止も虚しく、常にないほど一致団結したサンジを除く男子陣の力により、カエルの進む方角ーーすなわち灯台のある方へと船は進んでいく。
すると、突然カンカンカンカンという甲高く特徴的な音が響いてきた。その音にミリアは思わずといった風に顔を顰め、ナミは再び制止の声を掛ける。しかし、ルフィは急に止まったカエルを仕留めるチャンスだと、尚も船を進めた。

「うわ!!何かに乗り上げた!!」
「バックバック!!180度旋回〜!!」

怒号が飛んだちょうどその時、轟音を響かせて"なにか"が迫ってきた。見たことのないその"なにか"に驚愕しながらも間一髪で衝突を免れた一味は、衝撃を逃がすため、また飛ばされてしまわないようにと各々船にしがみつく。
ふと見れば、"なにか"に立ち向かおうとするかの如く進路に立ち塞がる先程のカエルが。気付いたルフィが逃げろと叫ぶが、聞こえないのか人間の言葉が分からないのか、はたまた譲れない理由があるのか、雄叫びをひとつ上げると果敢にも正面から体当たりをかまし、そしてーーあまりにも呆気なく吹き飛ばされてしまった。
カエルのこと、"なにか"のパワー、そもそも鉄で出来ている"なにか"があの形状で海に浮いていること自体に驚きを隠せない一味の面々。その中で、ミリアはそっと頭に手を当てた。あの特徴的な音と見た目に引っ掛かりを覚えたのだ。どこかで見たことがあるような気がする。だが、最近のことーーここ数年のことではない。ではいつ、どこで?隣にはだれかがいたような気がしたが、靄がかかったように鉄の"なにか"のことも"だれか"のことも、思い出せそうにはなかった。

「酔っ払いかよっ!!」

ウソップの突っ込む声に、深く考え込み始めようとしたミリアは顔を上げた。そして漸く、灯台に少女とペットと思しき動物、それから酔っ払いのおばあさんがいることに気が付いた。

「あたしはチムニー!猫のゴンベと、ココロばーちゃんよ!」
「おめえら列車強盗じゃね〜だろうな」

んががが!と笑い声を上げながらなんとも不穏な言葉を発するココロに、ルフィはいつも通りの自己紹介を返す。それよりもミリアは、チムニーが見るからにウサギであるはずのゴンベを猫だと紹介したことが気になっていた。

「あれは"海列車"『パッフィング・トム』っていうの」
「海列車……」

先程の乗り物についてのチムニーの説明に耳を傾けながら、ミリアは思い出せる限りの記憶を辿る。海列車、という名称にもまた心当たりがあった。しかしそれが実際に乗ったことがあるからなのか、見ただけなのか、父や母から聞いたことがあるだけなのか、その判断はつかなかった。そもそもの記憶違いという可能性もないわけではないため、ミリアは思い出すことを諦め、つい遠退いていた会話に再び耳を傾ける。

「……よーし決めた!!そこ行って必ず"船大工"を仲間にするぞ!」

どうやら次の島での目的が決まったらしいルフィたちを横目に、ナミに尋ねる。

「ね、ナミ、次の島って?」
「あんた話聞いてなかったの?」

呆れた顔をするナミに苦笑い。聞いていたつもりだったし途中までは確かに聞いていたのだが。

「ちょっと考え事してて」
「全く……次の島はウォーターセブン。水の都って言われてるみたい。造船業が盛んなんですって」
「ウォーター、セブン」

復唱するミリアの期待に満ち溢れた横顔を見つめ、ナミはほっと息を漏らした。