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これは夢だ、とすぐに分かった。顔を下に向ければ、今より遥かに幼い自分の姿が目に写る。視線の高さからして6、7歳程だろうか。レースがふんだんに使われた、いっそドレスと呼んでも差し支えないだろう白いワンピースに身を包み、わたしはひとりでぽつんと立っていた。
きょろきょろと辺りを見渡し、どうやらここはどこかの海岸のようだと理解する。夢なのだから当たり前と言えばそうだが、来た覚えのない場所だった。
さてどうしようか、どこに行こうかと悩んでいれば、後方から名前を呼ばれた気がして振り返る。見れば、わたしより幾らか歳上だけれどまだ少年と言ってもいい程の、しかし大人びた雰囲気を纏う男の人が駆け寄って来ていた。大人びた印象を受けるのはスーツを着こなしているからだろうと思ったのだが、目前まで迫った彼をじっと見る限り、どうもそれだけが要因ではないようだと悟る。彼は、付け焼き刃などではなく、完全に内側から成熟しようとしていた。

「ミリア、」

再び名を呼ばれる。小首を傾げていれば、彼の細くさえ見える腕に抱え上げられた。見た目とは裏腹に触れた腕には程よい筋肉がついているようで、鍛えていることがよく分かる。

「ーーー」

今、わたしはなんと言ったのだろう。ノイズがかかったように、そこだけ聞き取ることができない。夢だと理解しているというのに、自分の発言だけ拾うことができない。そればかりか口の動きさえ制御できず、把握することもできない。これでは明晰夢というより幼い自分に憑依しているかのようではないか。だがそれはそれでおかしい。わたしには、こんな記憶がない。わたしは、彼を知らないのだ。そのはず、なのだ。
夢だと言うのに、否、夢だからか、現状が酷くもどかしく感じて、優しく抱き締めてくれる彼にしがみついた。行動まで見た目の年齢に引っ張られているのかもしれない。

「ね、ーーー、帰るの?」
「ああ。あまり遅いとご両親が心配する」

どうやら聞き取れないのは彼の名前だけのようだった。彼の言葉からして彼はパパやママとも近しい人間で、今日はわたしを連れてどこかの街へ出掛けていたのだろう。見た目や雰囲気からして政府の役人だろうか、まだ子どもと言える年齢だろうにすごいなあ、なんて、もどかしさに思考を半分放棄したわたしは、深く考えもせずそう思った。
彼がわたしを抱えたまま歩き始める。船か、それとも宿泊場所へか。人肌の温もりと腕の逞しさにすっかり安心してしまって、途端に瞼が重くなる。無意識に目元を擦っていたらしく、眠いなら寝てもいいとそっと囁かれた。夢の中でまで眠くなるなんて、おかしな話。うとうととしながらふふと笑みを漏らす。寝かし付けるかのように背中をとんとんと軽く叩かれ、わたしの意識は本当に旅立とうとしていた。
同時に、ここで眠れば現実では目覚めるのだろうという、確かな予感があった。

「おやすみ、ミリア」

いとおしげな声が聞こえたと思えば、次の瞬間には見慣れたメリー号の女部屋の天井が目に写っていた。

そういえば彼は、どんな顔をしていたっけ。