A dir la vevita sapevo che a guell'ova erigia andato via

(本当を言うと、そのときに君はもう姿を消していたことを僕は知っていた)



「サンジ!」

呼び止めつつ小走りで駆け寄る。サンジは驚いたように目を見開いていた。

「どうしたんだいミリアさん」
「ちょっと、ひとりになりたくて……」

実際はルッチといたわけだが、宿を出た目的には違いないので嘘ではない。

「サンジは?」
「おれは岩場の岬。ロビンちゃんが帰って来ねェかと思って」
「そうだったの」

なんともサンジらしい理由だと、ミリアは俯いた。もうロビンは帰ってこないだろうことを知っていたからだ。常であればそんなミリアの様子にサンジは声を掛けたのだろうが、吹き付ける風に舞い上がった髪を抑える動作も同時に行われたためか、気付かなかったようだ。もしくは、精神的に参っていたためか。どちらにせよ、後ろめたさを感付かれずに済んだことは、ミリアにとって幸いと言えた。
昨夜から吹き始めていた風は一層強さを増し、嵐でも来そうな天気である。まるで麦わらの一味の"今"を表しているかのようで、ミリアは苦味を感じていた。サンジもまた喋る気にはなれないようで、珍しく終始黙ったまま。しかし、水路側を歩き歩幅をミリアに合わせるなど、紳士さは損なわれていない。
宿に着いた。借りている部屋の扉を開けるが、男部屋にも女部屋にも誰一人いなかった。それに2人は顔を見合わせる。使われた様子のないベッドやその他家具に、誰も眠れていないのだということを悟る。

「ここにいたのか」

とりあえず上から見てみよう。サンジの提案に従いまずは屋上の扉を開けてみると、そこにはゾロとチョッパーが。ルフィの姿が見えず問えば、あそこ、とチョッパーの指し示す方、周りより一段高い建物の屋根の上に座っていた。その背は、普段の彼からは想像もつかぬほど哀愁が漂っていた。一晩中あそこで物思いに耽っていたのだろうか。そう思うとミリアは、心の蟠りをすっかり吐き出し熟睡さえしていたらしい自分の行動が後ろめたくなった。

「ルフィ!!」

ばんっと開け放たれた扉の向こうから、息を切らしたナミが駆け込んできた。なんだなんだと全員の視線が集まる。ナミはもう一度ルフィの名を呼ぶと、驚愕のニュースを齎した。

「昨日の夜、造船所のアイスバーグさんが……!!」
「アイスのおっさんが……!?」
「アイスバーグさんが……!?」

ルフィとミリアの声が重なった。撃たれて意識不明なのだという。彼のことを知らないサンジがナミに誰かと訊ねるのを横目に、ミリアは昨日のアイスバーグを思い出していた。造船所の職人はもちろん、話では街の人々にも相当慕われているようだった。それなのに……しかし、ミリアには犯人の心当たりがあった。
造船所に向かったルフィとナミを見送ると、サンジとチョッパーはロビンを探しに行くと言う。一緒に行かないかと誘われたが、ミリアは首を横に振った。

「1人で見て回りたいの」
「そっか……じゃあ、気を付けて」
「うん。2人も」

2人を見送ると、この場にはミリアと成り行きを見ていると言って動かなかったゾロだけとなった。1人で見て回りたいとは言ったものの、それは2人と一緒にいることが辛かったからであって、どこか行く宛があったわけではなかった。さてどこに行こう。ミリアが残り僅かな時間の使い道について思案していると、目を閉じていたゾロが口を開いた。

「おい、ミリア」
「なあに、ゾロ」
「お前、何か隠してねェか」

ぴくり、ミリアの肩が跳ねた。相変わらず瞼を下ろしていた彼はそれに気付きようもないはずだが、見えずとも何かを隠していることはほぼ確信しているらしく、声を低めた。

「何を隠してる?いや、違うか……何を知ってる?」

今度こそ、ミリアは息を呑んだ。その音を拾ったゾロは、やっぱりかと思いつつ薄ら目を開き、ミリアの姿を探す。彼女は、街を一望するようにして、彼に背を向け立っていた。風でなびく長髪のせいで、顔までは見えなかった。

「全て、」
「あ?」
「全て、知っているけれど……何も、知らないわ」

掻き消されそうなほど小さな声量に、どういう意味だとゾロはさらなる追求をしようと口を開き掛けた。が、それより早くミリアは行ってきますと告げて足早に出て行った。言葉を遮られる形となった彼は、暫く扉を見ていた。が、飽きたのかはたまた考えを巡らすためか、再び瞼を下ろしたのだった。



宿を出たミリアは、ぶらぶらと街を歩いていた。やはりアイスバーグが撃たれたことはこの島の住人にとって大事件のようで、町中がその話題で溢れていた。犯人はフランキーだという説や、造船所に出入りする海賊だという説が有力なようだった。つい昨日出入りしていた海賊である身として始めこそ気が気ではなかったが、次第にそれにも慣れ、今では堂々と買い物していた。今は、腹拵えのためにサンドイッチを。ルフィではないが、どんな非常時であろうと腹は空く。というより、ミリアは比較的落ち着いていた。それは、犯人の目星がついているからというのと、ルッチに心の内を打ち明けたことでだいぶ覚悟が固まってきたからだった。
水水肉を挟んだサンドイッチに舌鼓を打ちつつ、屋台の婦人に先程から気になっていたことを問い掛けた。

「ねえおばさん、アクア・ラグナって?」
「なんだいあんた、旅人さんかい?」

感心したようにミリアを見つめた婦人は、アクア・ラグナなるものについて説明を始めた。曰く、それは高潮であり、この町は海に浸ってしまうから高い場所ーー造船島に避難しなければならない。

「大変なんですね」
「まあねえ。でもま、毎年のことだからもうすっかり慣れちまったよ。旅のお姉ちゃんも気を付けなよ」

礼を言い再び歩き出したミリアは、ふと聞こえた言葉に足を止めた。暗殺未遂犯は麦わらの一味ーーこれには顔色を変えざるを得ない。怪しまれないように表情を取り繕うと、今度は新聞を見ている男性に声を掛けた。彼はミリアに新聞を渡すと、アイスバーグさんを撃ったのは麦わらの一味らしい、こいつらを見掛けたら新聞社かガレーラに通報してくれと言って、興奮気味に去っていった。
新聞を覗けば、そこにはルフィとゾロ、そして幼いロビンの手配書が。ミリアは手配書が出ていないためまだバレていないようだ。しかし、造船所に行けば一発で分かってしまう。思わずミリアは額に手をやった。どうして読めなかったのだろう、CP9が、ロビンを使うことで麦わらの一味に暗殺の罪を着せることを。少し考えれば分かることのはずだった。そうすれば、少なくともナミはバレずにーーバレるまでに時間が掛かったかもしれない。
今頃大変な思いをしているに違いない仲間のことを思って胸を痛めつつ新聞を畳むと、人の少ない方への足を向けた。
と、そのとき、耳慣れた声に呼び止められた。振り向くと、慌てたようにチョッパーが走り寄ってきていた。

「良かった!ミリア!無事だったんだな!」
「うん……」

安堵の息を漏らしたチョッパーは、先程自分達にあった出来事を丁寧に話し始めた。ロビンが、この町でお別れだ、暗殺犯は確かに自分であり、貴方達の知らない"闇"があるのだと言っていた、と。

「こんな私に、今まで良くしてくれてありがとう、さようなら……そう言ってまたどっか行っちまったんだ!」
「そんなことが……」

泣きそうなチョッパーの頭を撫でてやりながらミリアは、最後にもう一度だけちゃんとロビンに会いたい、そう思った。