Mi abbandonavo al dertino

(運を天に任せていた)



ルフィ達と合流したミリアとチョッパーは、適当に選んだ屋根の上に座っていた。予想通り、3人は大勢の船大工達に追われていたらしい。チョッパーがミリアに話したことをそのまま伝えると、場に沈黙が落ちた。それはあまりに重く苦しいものだった。なぜならチョッパーの語ったことは、ロビンの裏切りを決定づけるようなものだからだ。
その空気を切り裂くように、口を開いたゾロが鞘に収めたままの刀をカツンと音を立てるように屋根へ当てた。

「落とし前……つけるときが来たんじゃねェのか?"敵"か、"味方"か」

ナミが息を呑む。誰もが常にないほど真剣な表情をしていた。市長暗殺を決行することが、ロビンの言う"事態が悪化する"原因だろう。その結論に、誰も異論は挟まなかった。そも、昨夜のうちに息の根を止めることなど容易だったはずなのだ。そうしなかったのは、暗殺犯がロビンであるとアイスバーグの口から語らせ、麦わらの一味を暗殺犯に仕立て上げるため。被害者本人の証言がある以上、この島の人間は皆麦わらの一味こそが犯人であると決め付けている。これで下準備は整った、というわけだ。
どちら側にも揺れていない、と言うゾロは、ちらりとミリアに目を向けた。膝を抱えるようにして座る彼女の目はルフィに向けられており、視線が交わることはなかった。今朝の追求の続きをしようかと思ったゾロだったが、今はそれどころではないと思い直す。最悪、ロビンと共に問い詰めればいいだけの話だと。

「事が起こるとすりゃ今夜だ。現場へは?」
「行く」

ルフィに行かないなどという選択肢は存在しなかった。たとえ罪を被せられやすくなるとしても、ロビンに会えるかもしれない最後のチャンスだ。行かなくても、このままではどの道犯人扱いが解かれることはないのだ。ならば、ロビンに会い真意を問い質し、ロビンの後ろにいる黒幕の正体を暴く。それが今の一味にとっての最善策だった。
その黒幕であろう、ロビンと行動を共にしていたという仮面の人物。その人物に暗殺を強要されているのなら"吉"、ロビンは裏切ったわけではない。だがーーその人物とロビンが本当の仲間であるというのが"凶"、完全な裏切りであり、彼女が一味にとって敵であるということ。
ミリアは"吉"であることを知っていた。だが、吉であろうと凶であろうと、ロビンが戻ってくることはないということも、同時に知っていたのだった。
私達の目的は何?問うたナミに、この場にいる全員に、ルフィは宣言した。

「ロビンを捕まえるんだ!!」

まずロビンと話ができなければ何も分からない、何も始まらないのだ。たとえ彼女が世界政府の追っ手から20年も逃げ延びているのだとしても、一味が真相を知るにはそれしか方法はない。
もう一度ロビンに会いたいーーただそれだけを思うミリアも、異存はなかった。罪人として連行されるロビンと、大将の息女として"保護"されるミリア。同じ海賊でありながらあまりにも違いすぎる待遇。政府の役人と共に海列車へ乗り込めば最後、顔を合わせることさえできないかもしれない。この機会を逃せば、まともに向き合うことなどできないかもしれないのだ。

「じゃあ、行こう」

ミリアにとって、これが最後の、麦わらの一味としての行動なのだった。



ますます風が荒れる中、ガレーラの屋敷から少し離れた位置に立つ巨木の上に5人はいた。双眼鏡を覗き込めば、数え切れないほどの護衛が屋敷の周りを取り囲んでいるのが見えた。彼らはみな武器を持っており、チョッパー曰く強そうだという。海賊をねじ伏せてしまうほど強い船大工達による護衛であるから、そう簡単には侵入できないはずである。ゾロの気を抜くなという言葉に全員が頷く。今夜のチャンスを逃すことが、ロビンを追えなくなることと同義であることを、全員理解していた。

「絶対捕まえてやるさ!!」

勢い込むルフィの背をじっと見つめ、ミリアはそっと目を伏せた。たとえロビンを捕まえることができたとしても、真の意味での"真実"を明かしてはくれないのだろう。ロビンはもう戻ってきてはくれないし、自分も去らなければならないのだ。そんな"未来"から目を逸らすように。
暫くして、突然に屋敷で大爆発が起こった。間違いなく事が始まった印である。巨木からでは見えないが、誰かがもうすでに侵入を図ったのだろう。騒がしく動き回る護衛達を眺め、チョッパーがふと隣を見れば、そこに先程までは確かにいたはずの船長の姿は、どこにもなかった。誰も気付かないうちに、恐らくは屋敷へ行ってしまったのだ。ミリアは困ったように笑う。まあ、ルフィだものね。そんな呟きは、ゾロとナミの絶叫に掻き消された。
仕方ないとばかりに4人は駆け出した。目的地は勿論、ガレーラの屋敷。文句を言いつつ冷静に事態を受け止め、ルフィが飛び込んで行ったことは自分達が侵入するチャンスだと分析するナミ。ゾロとチョッパーもまたそれに同意した。

「そう上手くいくかしら」

3人に少し遅れて走るミリアの呟きは、誰の耳にも拾われなかった。飛び越えられそうな塀を見つけ、同時に勢いよく飛び込むーーが、屋敷の前には、ずらりと並ぶ武器を持った船大工達。どこが手薄だと叫ぶ3人に対し、ミリアはやっぱりと溜め息を吐いた。
途端に激流の如く追いかけてくる船大工達に、4人は慌てて走り出す。捕まればどうなるか分からない。怒号を背に、なんとか逃げ切ろうとする。しかし、急に立ち止まり船大工達と向き合ったゾロが、正面突破を宣言し刀を構えた。チョッパーが敵ではないと訴えるが、あくまでも峰打ちだと言って集団に突っ込んで行った。

「致命傷与えてますけど!」

3人の突っ込みが見事に重なった。
ややあってふうと息を吐き出したゾロの周りには、伸された船大工達が転がっていた。結局全員を気絶させてしまったのだ。仕方がないとはいえ少し申し訳ない気持ちになりながら、連れて行こうとミリアはゾロの腕を掴んだ。

「こっちよ」

ところが、ゾロの方が力が強いため、引き摺られるように正反対の方へ進んでしまう。

「ちょ、ちょっとゾロ!反対!反対だから!」
「あ?こっちか」
「先導してるしミリアに腕引っ張られてるのにどうやって間違ったの今!?奇跡!?」

ナミの悲鳴のような突っ込みが響いた。



かなりの頻度でゾロが迷子になりかけ、その度に悲鳴のような突っ込みを入れつつ屋敷内を走っていたナミが、階段を上って見えた正面の扉を指差した。あそこがアイスバーグの部屋で間違いないと言う。廊下にも扉の前にもたくさんの人が血みどろで倒れており、充満する鉄の匂いにミリアは思わず顔を顰めた。

「さァ!!前行きなさい前っ!!扉斬って突進よ!!」

どうぞ!と息ぴったりに3人はゾロへ先頭を譲った。命令すんなと叫びつつもすらりと刀を抜いたゾロは、勢いそのままに扉を斬りつけた。そして、部屋に飛び込むーー

「うりゃああああ!!ロビンはどこだ〜!!」
「ルフィ!!」
「えっルフィ!?」

偶然か必然か、はたまた奇跡か。4人とほぼ同じタイミングで、ルフィもまた部屋に飛び込んできたのだった。

「邪魔を」

そちらに気を取られたミリアだったが、室内にいた先客の苦々しげな呟きを拾い、その人物に目をやってーー零れんばかりに目を見開く。そして、

「いっ!!」

頭を押さえて崩れ落ちてしまった。呟いた人物ーールッチは、そんなミリアの姿に軽く目を見張った。

「何故来たんだ、ミリア」
「る、ち……あなたが、そう、あなたは……」

ルッチの、ミリアを呼ぶ声にはまるで旧知の仲であるかのような響きがあった。そして、ミリアは言う。

「思い、出したの……あなたのこと」

依然として頭を押さえながら、それでも、ふわりと微笑んでみせた。