Perdonatemi per guello che ho fatto

(私のしたことをお許し下さい)



怒鳴り合うゾロとサンジ。普段の戯れのような喧嘩とは明らかに違うもので、船内の空気は過去最悪だった。
そんな2人を横目に机に突っ伏していたミリアの肩を、ルフィの説得に失敗したナミが掴んだ。痛かったのか、ゆっくりと上げられた顔は少しばかり顰められていた。目の前には、怒りと悲しみと混乱が綯い交ぜとなった、今にも泣き出しそうなナミの顔。

「あの2人を止められるのはあんただけよミリア!!」
「……むりよ、ナミ。ウソップはバカじゃないし、ルフィだって、決闘が意味することくらい理解してる。2人の決意は、固いから」
「そんな……」

これ以上の問答は無用とばかりにナミを押し退けると、とぼとぼと入ってきたチョッパーと入れ違いで出ていった。
船首までやって来ると、いつもルフィが特等席だと言って座っている位置に座り込む。そして、肩を震わせぼろぼろと大粒の涙を零した。

「ごめん、ごめんね、メリーちゃん……大好きなのに……あなたも、皆も……ごめんなさい、不甲斐ないわたしを、どうか、許して……」

それは、ルフィとウソップの決闘を止められないこと。メリーを直してあげられないこと。今まで負担を掛けてしまったこと。そしてーー

「崩壊の危機にあるこの一味を放って、いなくなってしまうわたしを、どうか、どうか、許して下さい……」

顔を覆って泣き崩れたミリアの懺悔を聞いていたのは、メリー号だけだった。



約束の10時を迎えた。船から降りてくるなという船長命令もあって、ルフィ以外は全員が決闘の理由であり原因であるメリー号の上で見守っていた。
巫山戯ているとも思える戦闘に翻弄されるルフィと、力技では敵わないと理解しているからこそどんな手を使ってでも勝とうとするウソップ。真っ直ぐな戦闘スタイルのルフィにとって、手の内を知られており、なおかつ大量の小細工を用いるウソップとの闘いは、はっきり言って相性が悪かった。

「そこにガスが充満してるなんて」

ウソップのその言葉に、全員が顔色を変える。まさか、そう思った次の瞬間、放たれた何かがルフィのすぐ傍で大爆発を起こした。爆風で大きな波が立ち、煽られた船が揺れる。波を被ったメリー号は、ちょうど泣いているかのように見えた。
メリー号にしがみつき腕で顔を覆ってやり過ごしたミリアは、2人の姿を探す。煙で見えないが、ルフィはまだ倒れていないだろうという確信があった。果たしてルフィは立ち上がり、ウソップも再びパチンコを構えた。そして再開される、決闘。お互いぼろぼろになりながら、それでも両者一歩も引かぬ攻防の末。ついに衝撃貝まで用いたウソップだったが、息を切らしながらも膝をつかなかったルフィの"ゴムゴムの銃弾"によって、前のめりに倒れ込んだ。そしてーーそのまま、動かない。勝負あったな、ゾロの低い呟きが聞こえたのか偶然か、ルフィもまた膝をついた。

「お前がおれに!!勝てるわけねェだろうが!!」

その叫びは、ミリアの胸を抉った。ウソップがルフィに勝てるわけがないことは、全員わかっていたことだ。それでも、決意が固いからと止めに入ろうとさえしなかった自分がどれほど卑怯であったのかを、思い知らされるようだった。俯くミリアの頬を伝う涙は、メリー号の上に音を立てることなく滴り落ちた。

「新しい船を手に入れて、この先の海へ、おれ達は進む!!じゃあな、ウソップ。今まで……楽しかった」

ルフィがウソップに背を向け歩き出すと、チョッパーが飛び出して行こうとした。が、サンジに押さえつけられる。決闘に負けて同情までされた男がどれだけ惨めになるかーー真剣な声音に、誰もが息を呑んだ。
船の前まで戻ってきたルフィは、立ち止まると、一言、

「重い……!!」
「ーーそれが、船長だろ……!!迷うな。お前がフラフラしてやがったら、おれ達は誰を信じりゃいいんだよ!!」

即座に答えたゾロの力強い言葉に、今まで耐えていたのだろう涙が、ルフィの目から溢れ出した。



船を明け渡した一味は裏町に宿を取り、一夜を過ごそうとしていた。眠ることなど、誰一人として出来はしないが。そんな中、ミリアは音を立てないよう戸を開けると、月明かりの下、そっと抜け出した。どこへ行くでもなく、ただ仲間の気配から離れたかった。
フラフラとした足取りで道を進む。ここがどこかなど気にせず、道なりに。この町の人々は誰も今夜の決闘のことを知らない。ふと見上げた空には、綺麗な宵待月が浮かんでいた。

「お前、」

不意に掛けられた、耳慣れないけれど聞き覚えのある声。前方を見ると、こんなところで会うとは思っていなかったのだろう、若干目を見開き口元を押えたルッチがいた。どうやら角を曲がったところだったようだ。
こんばんは、と挨拶すれば訝しげに眉をひそめられ、どうしたのだろうと小首を傾げる。

『随分と顔色が悪いぞ。休んだ方がいいポッポー』
「そう、ですか?おかしいな、体調は悪くないんですけど……」
『何かあったのか?』

被せ気味の問いに思わず口を噤むミリア。それは肯定しているに等しい。何かあったんだな、と断言的に言う彼の真剣な眼差しから逃れられない。ひとつを除いて、別に隠すようなことではない。だが、一度話し出せば止まらないような気がした。今日会ったばかりの相手に延々吐き出し続けるのも如何なものか。そう思うから、ミリアは何も話そうとしなかった。
暫しの沈黙。破ったのは、白ハトの羽ばたく音だった。くるっぽーと鳴いて降り立ったのはミリアの肩。突如加わる重みに驚くミリアは、さらに寸前に迫っていたルッチの姿にわっと声を上げて尻もちをつきそうになる。が、ぐいと腕を引かれて事なきを得た。その拍子に彼の胸に飛び込むこととなって、ミリアは驚くやら恥ずかしいやらで顔を赤く染める。

「す、すみません……!」
『いや……それより、少し付き合ってくれないか』
「へ……?」

その言葉に、ミリアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするのだった。



所変わって、ここはルッチの自宅。あれよあれよという間に連れて来られたミリアは、困惑はそのままにお邪魔しますと中へ入る。殺風景な部屋だった。必要最低限の物しか置いておらず、色彩も地味。らしいと言えばらしいのかもしれないが、それにしたってこれは……とミリアは苦笑する。道中ずっとミリアの肩にいたハットリが飛び立ち、ベッド脇の止まり木へ。
好きに掛けてくれ、と言われ、とりあえず床に座る。ひとつしかないソファは当然家主の彼が、しかし出会ったばかりの人のベッドに座ることも失礼で、ミリアにとっては当然の選択だった。のだが、ルッチは不満らしくぐっと眉を寄せる。

『ここでいいだろう?』
「え、えっと……」

示されたのはソファ。勧められたのに断るのもまた失礼か、とミリアは渋々そこに座る。当然ながらルッチもソファに腰掛け、隣合うこととなった。だからなんだという話なのだが、如何せんミリアは彼といると心臓がうるさくなってしまう。それは、今も。初めての感覚に戸惑うばかりだ。
部屋の隅にある冷蔵庫を開け、中からウイスキーを取り出す。飲めるかと問われ少しはと返すと、机にふたつのグラスが置かれた。海賊ということ、仲間のうち2人が酒豪だということで、ミリアも嗜む程度にはお酒を飲む。それほど好きというわけでもないが、折角注いでもらったのだからとグラスを合わせたあと一口含んだ。いわゆる水割りでだいぶ薄められており、これなら大丈夫かなとミリアは少し安心した。
ちびちびと飲み進めながらちらりと隣を見ると、いつから見ていたのかばっちり合う視線。何か不作法でもあっただろうかと首を傾げてみせた。

『ミリア……だったか。何があったんだ?ポッポー』

眠そうなハットリはそのままにあくまで腹話術の使用はやめないらしい彼の真剣な様子に、逡巡したあと、とうとうミリアは折れた。

「実は、」

思っていた通り、語り出すと止まらない。愚痴も後悔も不安も悲しみも切なさも、胸に蟠っていた全てーーたった一つの事象を除いた全てを、ルッチに吐き出していったのだった。