Sta calma, fa finta di niente e sorridi

(落ち着け、何でもないフリをして笑っていろ)



ナミに言われた場所にやって来たゾロ、サンジ、チョッパーは、ウソップの姿が見えないことと地面に点々と残る血に焦りを覚えていた。責任を感じて1人で乗り込みに行ったのだろう、という考えに至ったまさにそのとき、空から、悲鳴を上げて人間が2人降ってきた。その2人は勢いよく壁に激突すると、それだけでは落下の衝撃を殺せなかったようで、呻き声を漏らしながらそのままコロコロと水路に転げ落ちた。

「ルフィ!?ミリア!?」
「ミリアさん!?」

突然のことで思考が追いついておらず見ているだけだった3人は、漸く2人の正体がルフィとミリアであることに気が付き、ゾロとサンジが慌てて飛び込み救出した。2人とも能力者であるため、自力で這い上がることは出来ないだろうと判断したためだ。
何をやっていたのか、どこに行っていたのか。サンジの問いに、ルフィは噎せながら船大工ーーカクのマネをして飛び回りながらウソップを探していたのだと答えた。ミリアは咳き込みながら、それに巻き込まれただけであることを説明した。
思い出したようにウソップが大変なのだと話すルフィに対し、3人は今から行くところだと言って歩き出す。

「ナミさんが船で待ってるから、ミリアさんは、」
「ええ。わたしは船に戻るわ。……ウソップのこと、お願いね」

ミリアの言葉に、4人が力強く頷き返した。



4人の背を見送ったミリアは、心細く思いながら船で待っているであろうナミの元へ帰るため、3人の乗ってきたヤガラブルに乗り込んだ。ウソップのことは、あの4人に任せれば大丈夫。ルフィ、ゾロ、サンジは一味の"三強"であるし、チョッパーもまた本気のときはそこらの海賊など目ではないほど強いのだ。
船への道中は何事もなく、静かな水路を進んで行った。
異常が起きたのは、船まであと少し、というところだった。まるでミリアを待ち構えるかの如く、水路のど真ん中にヤガラブルが。上には、町中で見掛けたような仮面を被り仮装をした人。
一体この人物は何が目的なのか、と訝しみながら、通れそうにないので仕方なくヤガラブルを停止させる。警戒を怠らず睨むように見た。

「ーーCP9です」

直後、低い声が囁くように告げた単語に瞠目する。

「今、なんて……」
「CP9。サイファーポールNo.9です」

聞き間違いであってくれ。その願いは、もう一度繰り返されたことで儚く砕け散った。途端に血の気の引いたミリアは、震える声で問うた。

「政府の暗躍機関が、わたしに、なんの用……?」
「……貴女の父君ーー大将青キジと、我々の実質的リーダーである男より、伝言を預かっております」
「伝、言……」

ミリアが大将青キジーークザンの一人娘である事実を知る者は少ない。ルフィを除く一味のメンバーでさえ、クザンとの邂逅時に初めて知ったのだ。それを知っている時点で、彼もしくは彼女がタチの悪いイタズラを仕掛けているわけではないと悟る。
目を大きく見開いていくミリアと、淡々とその伝言を話す者との間に、場違いなほど爽やかな風が吹く。呆然とするミリアの髪を巻き上げ、建物の向こうへ消えていった。

「ーーでは、確かにお伝えしました」

最後にそう告げると、仮面の人物は何事もなかったかのように水路の端に寄り、真っ青な顔で固まるミリアの横を通り過ぎて行く。やがてその人物の姿が完全に見えなくなった頃、ミリアは自身の体を抱き締めるようにして崩れ落ちた。尚も顔は青褪めたまま。



たった1人で舟と1億ベリーを守っていたナミは、歩いてくるミリアの姿を見つけ嬉々として名を叫んだ。が、足取りがどこかふらふらとしていることに気付き、首を傾げた。

「どうしたのよミリア、そんなふらふらで……顔も真っ青よ?」
「……大丈夫」

船に上がってきたミリアにそう問い掛けるも、弱々しく微笑みちょっと疲れちゃっただけだからと手を振られてしまっては、それ以上何も言うことは出来なかった。何より、本人がそっとしておいてほしそうで、こういった場ではルフィのような強引さを発揮できないナミは、柵に凭れ俯くミリアに声など掛けられなかった。
程なくして、ウソップを担架で運びながら4人が帰ってきた。4人とも全くの無傷だったが、気を失っているウソップの怪我はあまりに酷いものだった。医務室に連れて行きチョッパーがもう一度処置を施し寝かせると、ルフィが全員を呼んだ。いつになく真剣な声音に、ナミとミリアは顔を見合わせた。

「メリー号とは、ここで別れる」
「そう……」

覚悟を決めたその顔は、幼いながらも確かに船長のもの。全員悲しみはあるものの納得しているようで、不平を言う者はいなかった。けれども、今は眠っているウソップに関しては、こう穏便に話は進まないだろう。彼が一味の中で最もメリー号を愛し、愛着を持っているのだから。ミリアは、波乱の予感をひしひしと感じていた。

「ウソップが目を覚ましたぞ!」

チョッパーのその声に、全員が顔を明るくして室内へ入っていく。一悶着の可能性があるにせよ、まずは目覚めたことを祝おう。そんな思いを胸に最後に入ったミリアを待ち受けていたのは、ウソップの豪快な土下座と涙混じりの謝罪だった。自分のせいでと責める彼に対し、ルフィは元来の明るさで気にするなと声を掛ける。咄嗟にお金は良くないと言い掛けたナミの口を、ミリアは慌てて塞いだ。
1億でメリー号は直せるのか。心配するウソップに、変わらず明るい声で、ルフィは乗り換えることを宣言した。次いでカリファに貰ったカタログをパラパラと捲り、新しく買う船のことを話し始める。金が足りないせいかと問うウソップと、そのせいではないと主張するルフィ。2人は熱くなり、次第に怒鳴り合いへと発展してしまっていた。

「メリー号はもう、直せねェんだよ!!」

ついに叫ぶように告げられたその事実に、ウソップが目を見開いたまま固まった。この船はもう沈む。ルフィの言葉に、ウソップは冷静に言葉を紡いでいく。だが、頭が冷えたかのように見えたのもほんの一瞬で、さらに大きな声で訴えた。仲間を見殺しにする気かーーその言葉は、ルフィの胸に、全員の胸に、深く深く突き刺さった。
ああ、とミリアは目を覆った。この先の展開を、予想出来てしまったからだ。メリー号がもう直すことが出来ないというのは、紛れもない真実だ。確かに本職の人間にそう告げられた。乗り換えないなどという選択肢は存在しない。しかし、この様子ではウソップを説得することは不可能に近いだろう。恐らく頭では理解出来ても、心がそれを拒絶する。
ルフィが無意識にか故意にか、悲しみを隠そうと笑顔で話したことも火に油を注ぐ結果となったのかもしれない。胸倉を掴み合い、ルフィが押し倒し、怒鳴り合いの喧嘩のようになった2人を、これ以上は見ていられないとばかりに部屋を出ようとした。そんなミリアの耳に、ウソップの悲痛な叫びが届いた。
外に出たミリアの後を追うように出てきたウソップは、そのまま船を降りると、皆の制止を振り切ってずんずん歩いていく。そして、ルフィにーー

「おれと決闘しろォ!!」

決闘を、申し込んだ。