永久凍土のゆめ/クザン

白い。目に映る全てが一切の色彩なく、果てのない寂寞に覆われていた。
はあっと吐き出した息の白さに生を感じる。生きている、からこそ温もりを宿し、肺で温められた空気は外気との温度差で濁る。私はまだ生きている。そして、彼もまた、失ったものは大きいが、生きている。だから私はここにいるのだ。
十日も続いた決闘の末、敗北を喫した彼は海軍から姿を消した。その行方は誰も知らない。前元帥殿や尊敬していたガープ中将にさえ行き先を告げず出て行った。が、この世界には真に便利なものが存在している。そう、命の紙ーービブルカードだ。決闘の直後はかなり小さな、爪の先程の欠片となっていたそれは、今や貰った時とほぼ同じだけの大きさにまで再生していた。私はこれの指し示す場所を目指して船を乗り継ぎ、時に自ら漕ぎ、この島まで辿り着いたのだった。何を言われたわけではないが、彼の方から切れ端を渡してきたのだ。探してくれという意味だと、そう受け取ったとて責められる謂れもないだろう。散々自由にーーその実誰より雁字搦めになっていたことは知っていたがーー振舞ってきたのだ、このくらいのことは許されてしかるべきである。
歩みを進める度、ざくざくと音を立てる。今は止んでいるが、空模様からしていつまた降りだしても不思議はなかった。散らつく程度なら構わないが、吹雪にでもなれば厄介だ。そうなる前に見付けてしまおうと、私は速度を早めた。
あまり豊かとは言えない島。旅行者の立ち寄りもほとんどなく、訪問者と言えば定期的に物資を運んでくる商船くらい。そんなわけで、ホテルの類いは一件しかなかった。部屋数も多くない。旧マリンフォードや栄えた街に比べて粗末なものだ。けれど、彼らしいなと思う。
からんからんとベルが鳴る。受付で新聞を読んでいたおじさんは、ちらりとこちらを見たあと、見ない顔だね、と呟いた。商船が来る時期ではない上に見知らぬ女がひとり、それだけでいろいろと察したらしかった。ノッポな兄ちゃんなら二階の奥だよ。それだけ告げるとまた視線は紙面に戻っていった。
詮索がないのは有り難かった。煩わしい説明をしなくて済む。面倒くさがりというわけではないはずだが、手続きは少ないに限る。否、もしかしたら彼の怠惰が幾らか移ったかもしれない。それだけの時間を彼の下で過ごしたのだ。
閑話休題。
足を乗せる度にぎしりと音を立てる階段を上る。二階の奥、と言っていたが、気配を探ってみればそもそもその部屋以外に宿泊客はいないようだ。狭い廊下。彼にとっては通るのも一苦労ではないだろうか。そんなことを思いながら一歩、また一歩と近づいていく。風も雪も邪魔をしない、遮るものなど何もないはずなのに、不思議と外を歩いていたときより歩みは重かった。こわい、と思う。いざ手の届くところまで来てみると、急に臆病風が吹き始める。とうとう部屋の前まで到達した。対面して、もしも拒絶を示されたら?こわくて握り締めた拳が小さく震える。
逡巡したあと、静かに扉を叩いた。
返ってきたのは間の抜けた声。どうやらここでもだらけきっているらしい。まさか私とは思っていないのだろう。入室の許可はもらったので遠慮なく扉を開かせてもらう。

「捜しましたよ」

上司はーー元上司は、サングラスの奥の目を大きく見開かせた。随分と懐かしい格好をしている。中将時代以来、20年ぶりくらいだろうか?私はまだ10代の新兵だった。はじめて恋をした、当時を色鮮やかに思い出す。
おまえ、と何やら言いかけた彼を遮って、胸元へ飛び込んだ。驚いた様子だったが、難なく受け止められる。露出が増えた格好のせいで右側にできた火傷が嫌でも目に入って、そのせいなのかはたまたずっと心に溜まっていたものが爆発してしまったのか、私はぼろぼろと涙を溢れさせてしまっていた。困惑が伝わってくるが、私にもどうして泣いているのかわからないのだから、どうしようもなかった。ただ、トクトクと聞こえてくる心臓の音が、能力のせいで普通よりは低いけれども確かに温もりの宿る体が、彼の生を実感させて、次から次へと涙腺を刺激してくるのだった。

「くざ、んさ……会いたか、った……会いたかったです……」

心中はぐちゃぐちゃだったが漸くそれだけを言葉にすると、頭上から溜め息が降ってくる。途端に固くなる体は、力強く抱き締められた。

「折角手放してやろうと思ってたのにな」

もう離してやれねえわ。私は彼の服をぎゅうと握り締めた。もう離したりしないで。そんな意味を込めて。



「……正気とは、思えませんよね……ええ、全く」
「ならなんで追いかけて来たのよ」
「それを訊くのは、野暮ってものじゃあないですか」
「……はは、それァそうだな」

頭に置かれた手。ゆっくりと頭頂から後頭部へ向かい、肩甲骨まで伸びた髪を掬う。大きくて、冷たい。時に氷を生み出し時に自ら氷となる。この世の誰よりも冷えきった人。表面は。
私はこの人の、内に燃え盛る正義に惚れたのだ。

「そうだ、クザンさん、ペンギンを仲間にしましょう」
「ええ〜ペンギンを?なんで?」
「似合いそうですもの。いいじゃないですか、件の海賊だってトナカイが仲間にいるんですから」
「それ関係なくない?」

うふふ、悪戯っぽく笑えば彼は困ったように頬を掻いた。


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