柔らかな優しさに寒気がする/ルッチ

いつだったか、目が似ている、と言われたことがあった。二次元のキャラに似ていると言われても正直あまりピンとは来なかったが、そう言われれば確かに、瞳の色だったり切れ長だったりするところは似ている、のかもしれない。ウェーブ掛かった黒髪も揃いと言えば揃いだ。だからなんだという話だが、それを切っ掛けに少年漫画どころか少女漫画にすら全く興味のなかった私が、ワンピースという日本を代表する超長期連載少年漫画に手を出したのだから、人生何が起こるか分からない。今ではマニアと呼ばれる方々ほどではないもののそこそこのファンである。ちなみに推しは我らが船長ルフィ。圧倒的主人公感にハートを撃ち抜かれた。守りたい、あの笑顔。天使かな?まあ実際あの世界でルフィと出会えたなら確実に守られる側だろうけれど。非力なもので。
そんな私だったが、この度無事に成人式を終え、まあなんというか、大人になりまして。二次会ではそれはもう大いに盛り上がって、簡単に言ってしまえば、調子に乗ってしまったわけだ。終わったら連絡すること、という親との約束も忘れて、何を思ったかほろ酔い状態で近所の砂浜をフラフラ、防波堤の上をフラフラくるくる、そんなことをしていればどんな結末を迎えるかなど想像に難くない。濡れた地面にうっかり足を滑らせて、あっと声を出す間もなく寄せては返す波間へと叩き付けられた。洋服ですら着ながら泳ぐことは難しいのに、今の私は豪奢な着物。当然まともな動きなどできる筈もなく、手足をばたつかせ藻掻いてみるも体は引っ張られるように下へ向かう。浮かれ新成人、死す。そんなニュースタイトルを頭に浮かべ、血の繋がらない子どもをここまで育ててくれた両親への親不孝っぷりを嘆きながら、私は光届かぬ暗い海底へと沈んでいったのだった。
ーーぱちり、と瞼を開ける。見覚えのない天井。私は行儀良く揃えられていた手をふかふかな掛け布団の下から抜き出し、そっと眼前に広げてみる。握る。広げる。握る。暫くグーパーの動作を繰り返したあと、額に手を当てた。どうやら助かったらしい。幸運にも近くを通り掛かった人がいて、その人がそれなりの着衣泳の技術を持っていたようだ。九死に一生。もしや一生分の運を使い果たしたのでは?
それにしてもここはどこだろう。起き上がりながら部屋を見回す。質素な部屋だった。彩りも少ない、というかほぼない。しかしながら、お世話になったことはないので確定はできないが、恐らく病院ではない。服も着替えさせられてはいるものの、普通の私服という感じで患者服ではないし。えっこういうのって普通入院させられるもんじゃないの?自宅に運び込まれたの?私の頭上には大量のクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。体感的にはほとんどーー眠り過ぎた時のような体のだるさ以外にはーー異常を感じられないとは言え、一応の検査とか、診察とか、受けなくてもいいのだろうか。
まあなるようになるか、と半ば思考放棄し、再び寝転ぼうとしたその瞬間、

「わ、なに!?」

ばさばさと猛烈な羽ばたき音。今更気が付いたのだが窓が開いている。不用心すぎるだろう。泥棒が入ったりしたらどうするんだ。いや、今はそんなことより、窓枠に止まった一羽の鳥だ。真っ白な鳩。ふわふわな体にくりっとしたお目目が非常にかわいらしい。……ではなくて。この鳩、とても見覚えがある。全身真っ白な鳩なんてそうそういない、加えてネクタイをしているとなれば尚更。私の知る限り、ネクタイをした純白の鳩なんて……

「ああ、起きたのか」

突然の開閉音に体を大きく震わせ、まさかまさかと思いつつそちらを見遣った。ここが漫画の世界だなんて、トリップとかいう現象が自分の身に起きただなんて、そんなわけない。白鳩にネクタイがイコールでワンピースのキャラに結ばれるとは、全くオタクの悪い癖だ、いやあ参った参った。そんな風に逃避していた脳内はしかし、飛び込んできた聞き覚えのありすぎる声によって引き戻された。せ、関智ヴォイス……。驚きで目をかっぴらいてしまった。視界に写ったのは黒スーツにシルクハットを被った男。眉毛とお髭が特徴的なイケメンである。確実にロブ・ルッチですありがとうございません。
彼が近付いてくると、窓枠の鳩ーーハットリは慣れた様子で肩に止まった。今が原作軸のどの辺りなのかはわからないが、髪の長さや若さからしてウォーターセブン編以前のような気がする。腹話術は使っていないようだが、それでもやっぱりハットリの定位置はずっと彼の肩なのだな。そう思うとなんだかほっこりした。

「ええっと……」
「気分はどうだ?体の具合は?」
「だ、大丈夫です……」

いくらほっこりしようと彼が恐ろしい種類の人間であることに変わりはない。殺戮兵器なんて呼ばれる血を見るのが好きな暗殺者。どうやら助けてくれたのは彼らしいが、選択を間違えれば機嫌を損ねて殺されかねない、と思う。というか、一般人ひとり死んでも現実のように騒がれることがないくらいには人の死に慣れていそうで、ワンピースの世界ってわりと倫理観ない気がする。海賊漫画なのだからさもありなん。

「あの……どうして、助けて下さったんですか」

沈黙。

「生き別れの妹が死にかけてたんだ。そりゃ助けるだろう」
「生き別れ……いもうと、って」
「憶えちゃいねェか。もう15年も前だからな……お前はまだ5歳だった」

あまりにも突拍子のない話だった。何を根拠に、と思う。生きてきた世界が違うというのに。比喩などではなく文字通り。物心ついた時から、私の生きる世界はアニメ映像を流すテレビ画面の外だった。物語の描かれた紙面を眺める側だった。だいたい物語上に"ロブ・ルッチの妹"なんて登場しない。そういう設定はない。……夢小説でもあるまいし。
そんな私の疑念を感じ取ったのか、

「目だ」

彼はとんとん、と自身の目尻を軽く叩いた。

「目、」
「昔から、目がよく似ていると言われていた」

彼の言葉に背筋が凍った。それは、私がワンピースにはまるきっかけの言葉。なまえの目ってロブ・ルッチに似てるよね、無邪気な声が脳裏に蘇る。そうだ、今思い出した。私にそう告げたのは、中二のときに同じクラスだった女の子。まさか、そんな、本当にーー

「お前はおれが守るさ。大切な妹だからな」



大波に攫われた、と誰かが言った。命はないだろう、とも。目の前が真っ暗になった。立っている筈の地面が崩れ落ち、無限の闇の中へ吸い込まれていくような感覚。
唯一の家族だった。喃語を発し始めたばかりの彼奴を腕に抱いている、それがおれの思い出せる一番古い記憶であるくらいなのだ。親の顔などわからない、わかるのは腕の中の温もりは決して手放してはいけないということだけ。大切だった。かわいい妹だった。それなのにーーこれが海賊なりに殺されたのであれば復讐の仕様もあるが、相手は自然、何をすることもできず、ただ流されるままに生きてきた。強さを求め、血に悦びを見出し、必要悪を掲げ、世界政府に従う。そこに疑問などない、不自由もない、けれど、ぽっかりと空いた穴だけは、どれ程の月日が経とうと幾人の血を浴びようと、埋められることなく鎮座し続けていた。
浜辺に打ち上げられている彼奴を見つけた時、あの日で止まったままだったおれの中の何かが再び動き出す音が聞こえた。あの頃より随分と成長していてーーもう15年と経っているのだーーぱっと見ただけでは確信に至れなかったが、直感を信じることにした。ぐったりと力なく倒れている此奴を抱え上げ、この島での自宅に連れ帰る。ベッドへ寝かしながら、腕に掛かる重さが遠い記憶とは異なることに違和感を覚え、小さく苦笑いを零した。もう15年、赤ん坊だって大人になる。さっきも思ったことだ。きっと何度だって思うのだろう。
扉を開ければ、目が覚めたらしい、体を起こした彼奴が開閉音に反応してこちらを凝視していた。何に驚いたのか、大きく見開かれている。が、やはり……あの目はおれと同じ目、愛しい妹の眼だ。
もう絶対に離さない。今度こそおれが守ってやる。


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