短編 | ナノ


 気付けば1ヶ月が過ぎていた。

 相変わらず岡本はバイトを辞めずにメキメキと働き、店長も俺の脅し(俺の血と涙の結晶やぞコラ)が効いたおかげか、今では岡本に対しても普通だった。

これがいわゆる平穏ってやつ。
だけど、あの日から、俺の昼休みに岡本が居座るようになった。



「いっつも思うんやけどさ、光武の弁当って手作り? めっちゃうまそうやなあって思っとったんよ」

 ふわふわの茶髪が風に揺れる。岡本は手に持った菓子パンの袋を開けながら、俺の弁当を覗き込んだ。

「作ったのお母さん?」

「…そうやけど」

「お母さん料理上手いんやな〜。俺の母ちゃんこんな凝ったの作れんよ」

爽やかに笑う岡本に、思わずドキッとしてしまう。
ああ違う、だから違うんやって。岡本があんまり笑わんから、不意打ちに弱いだけで。

 急いで頭を振ったら、岡本が心配そうな声を上げた。余計いろいろ頭がアレになった。

「…そう言う岡本は、なんで菓子パンひとつなん」

苦し紛れに言った言葉だったが、よく考えたら岡本はいつも菓子パンひとつとペットボトルのお茶だけだ。しかも綾鷹オンリー。

「俺の母ちゃん、料理壊滅的なの。やけん、いつも購買」

晩ご飯はお父さんの仕事なんよ、と言う岡本に、俺はなんとなしに納得した。

「…やけん、岡本はそんな細いんか」

岡本は、だいたいの背はあるわりに細い。だからといってひょろくてなよっとしているわけではないが、同じ男としていろいろ不安になる。学ランの捲られた袖から見える腕も、男子にしてはやたらほっそりとしていた。

「え、俺細いの」

「お前細いよ。腕とか」

「光武も細いやん」

「俺は平均体重や」

「えっ嘘」

 そう言ってるうちに、岡本はまた笑った。本当、岡本はよく笑う。それでいて、岡本も笑顔はとても綺麗だった。

「光武ってやっぱおもしろいわ!」



 俺は知ってる。

 岡本はクラスでは笑わないけど、違う場所だとすごく笑うこと。岡本のお母さんは料理が壊滅的なこと。いつもはやる気ない態度だが、バイト先では真面目なこと。

 みんなの知らない岡本を、地味で根暗な俺が知っている。
これは、俺が密かに自慢出来る、唯一のこと。



「俺的には、岡本が一番おもしろいわ」

「え、なにそれすげぇ嬉しい」



 俺が岡本に思わずドキッとするのも、気のせいではないのは知っとるけどな。




END

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