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「しばらく遊びませんってどういうこと?」

目の前には頬を膨らませてむすっとしている日和さんがいた。分かりやすく拗ねている。チラ…とパソコンを見た。まだあまり終わっていない次の企画書類。一応明日までの提出なのだが進捗がよろしくない。だが無視するわけにもいかなかった。日和さんは一度ヘソを曲げると次の現場でも引きずってくる。プロ意識がものすごく高いので、本番は完璧にこなすし周りのスタッフにも迷惑をかけるわけではないが、あからさまに私に態度に出してくるのでやりにくいのだ。一旦パソコンを閉じるしかない。

「何ですっけそれ。」
「すっとぼけるの?昨日の夜にあんな返信送りつけたくせに?」
「返信…………?」
「覚えてないの?!この僕がわざわざ名前ちゃんをオフの日に遊びに誘ったというのに君は断ってきたね!それだけじゃなくて代替え案を出すこともなくしばらく遊ばないとか言ってきたね!」
「……………………ああ!返信しましたそうでした!」
「そ、その反応は言われるまで覚えてなかったってことだね!僕は名前ちゃんに何でそんなこと言われたのか分からなくてイライラして8時間しか眠れてないというのに!悪い日和!」

プン、と拗ねた女子のように日和さんは顔を背けた。いや8時間も寝てんじゃん。仕方ないでしょ、昨日は疲れてて意識半分で日和さんに返信したのだから。

「茨くんから聞いてないですか?この前またしても誤解を生んでしまうような写真を撮られてしまったのでしばらくアイドルの方とは遊ばないようにします。茨くんに迷惑かけまくってるし。」
「あの子は勝手に仕事増やしてるところがあるから気にしなくて良いね!それに別に付き合ってるわけじゃないから勝手に撮らせておけば良いね!」
「そういうわけにはいきませんよ。今が大事って人もたくさんいるし……。いくら学校の友だちだからって、ファンの方には分からないですし。あと彼氏感で売ってる人もいるじゃないですか?ほら、薫さんとか夏目くんとか。」
「でも僕はそういう色恋営業で売ってるわけじゃないね!」
「いやそうかもしれませんけど……。」

本人はそう思ってるかもしれないが、巴日和というアイドルは今や絶大な人気を誇っており、いわゆる「ガチ恋」という勢力も多い。万が一茨くんの揉み消しも失敗して記事が流出したら全人類が涙を流すだろう。そして刺される。私が。付き合ってもないのに……。恋人でもないのにあらぬ噂が流されて怪我を負うのは勘弁願いたい。

「ほら、熱愛報道とかされたら英智さんが黙ってないじゃないですか。一応雇用主みたいなものなのでそこは気にしないとなって。今日和さん大人気だから変に誤解を与えるのは良くないですし。」
「……何でそこで英智くんの名前が出てくるの?」

明らかに日和さんの声のトーンが下がった。あ、やば。何かをミスしてしまったかもしれない。

「何でって、その……さっきも言いましたけど雇用主だし……。」
「それが僕と遊ばない理由に関係あるの?」
「いや、関係あるっちゃあるし、ないっちゃない……のか?」
「ないよね。」
「ないですね。」

日和さんが完全にめんどくさい彼女モードに入ったのでもう話を合わせることにした。泉さんがワーワー言う系の人だとしたら日和さんは無言の訴えをしてくる感じの彼女なのだ。何故私は彼氏がいないのに、彼女みたいな人はこんなにいっぱいいるんだろう。付き合ってるわけでもないのに。

「英智くんのことがそんなに大事?」
「いやまぁどっちが大事とかそういう話ではないですよ。」
「そこはお世辞でも僕の方が大事っていうとこじゃない?」
「……まぁ、確かに……。」
「……。」
「……。」
「もういい!名前ちゃんなんて知らないね!」
「え?日和さん?日和さんごめんなさい!なんか分からないけど本当にごめんなさい!」
「僕が怒ってる本当の理由も分からない癖に!もう名前ちゃんとは口利かない!」

そう言って日和さんは事務所から出て行ってしまった。ああなると長い。前回ああなった時は3日は口を利いてくれなかった。前回は日和さんが耐え切れなくなって私に話しかけてきたので良かったのだが、今回はどうだろう。日和さんと話せないとなっても、茨くんやジュンくんに色々聞いてなんとかなるのだが、いかんせん現場に行くと、とにかくやりにくい。わざとらしく無視してくるのではらわたが煮えくり返りそうになるのだ。自分の心の平穏のためにも、なんとかして解決したいのだが、私は日和さんが怒っている理由もよく分からない。どうも遊びを断ったということに対してではないらしい。彼もプロだから、スキャンダル写真を撮られるという私の怯えの気持ちは理解してくれていると思う。
では何故?英智さんの名前を出したのがよくなかったのか?あの二人があまりよろしくない関係なのはなんとなく知っているが。う〜ん。それだけで怒るのかな?


「っていうことを考えて答えが出ずに一週間。」
「それは……お疲れさまです。」

ジュンくんが私に缶コーヒーを渡してきたので受け取る。楽屋に置いてあったものをくれたらしい。日和さんに無視され続け一週間。私の心の疲労はピークに達していた。Edenの現場に行けば日和さんと一回も目が合わないわ話しかけたらあからさまにスルーされるわで地味に降り積もるイライラ。誰だプロ意識高いって言ったの。私だよ。

「子どもっぽいと思ってたけどあんな子どもっぽいとは思わなかった!」
「まぁボンボンですからね〜。甘えられる人には甘えるんですよ。」
「ジュンくんのこと尊敬した……偉すぎる。」
「まぁオレもそこまで怒らしたことはないんで。」

あまりにイライラしたので、そろそろ解決しないといけないと思ってジュンくんを呼び出した。彼のスケジュール上難しいのは分かっていたので電話で……と思っていたのだが、メシ食いましょと言われたので食堂でお昼を一緒に取ることになった。ジュンくんほんと優しいなぁ。共演女優さんとか勘違いしそうだよね、こんな優しかったら。

「ジュンくん若いのにほんと偉い……良い子だし……」
「いや、同い年ですよねえ?」
「そうだけどさ……。ほんと忙しいのにごめんね。」
「こっちこそですよ。名前さんめっちゃ忙しいんでしょ?俺がこうやって名前さんの話聞いてるのはこうでもしないと会えねーからですよ。」
「う、嬉しい……!ありがとう……!」

まさかジュンくんがそんなことを言ってくれるだなんて……!サマーライブで出会った頃の刺々しい感じを思い出すと心を開いてくれた気がする。

「それにしてもさぁ。どうやったら機嫌治ると思う?」
「そーっすねー。たぶんあの調子じゃしばらくあんな感じなんじゃないですかね。」
「えぇ、やだなぁ。さすがにこんな長期的に無視されたことなくて、単純に悲しい。やりにくいのもあるけどさぁ。」
「普通に謝っても無理そうですよねぇーあれ。」
「どうしよっかなぁ。」

うんうんと考え込むものの、全く良いアイデアが思いつかない。日和さんがヘソを曲げると長いのをジュンくんは知っているので長期戦にするしかないと言うけど、ずっと無視されるのも心にくるというもの。元々日和さんには良くしてもらっている。一緒にお買い物に行ったら何かしら買ってくれる。それはもう申し訳ないほどに。その時の日和さんの顔はピカピカの笑顔なので、どうにもこうにも今とギャップがある。差が激しすぎて普通に落ち込む……。はぁ、と思い溜息を吐いた私を気遣ったのか、ジュンくんは「うーん、そうですね〜……」と言葉を発した。

「もういっそのこと後ろからおひいさんに抱きついてさっきまで名前さんが言ってたことそのまま言えば良いんじゃないですかねえー。そうすれば機嫌なんてイチコロで直りそうですけど……。」
「……。」

なるほど。
一理ある。

「なーんて冗談ですけど……って名前さん?」

そうと決まれば次の日和さんのスケジュールは……直近だと13時か。私も今からだったら行けないことはない。日和さんに泣き落としが利くとは思えないが、流石に彼も人間だし、私が真剣に謝っているのが分かったら許してくれるかもしれない。……何に怒ってるか分かってないけど。でもそれすらも正直に言おう。きっとバカみたいなことをすれば笑ってくれるだろう。何してるの?!哀れだね!っていつもみたいな調子で言われて、そのまま仲直り、とかになれば良い。

「ジュンくん、仕事を思い出したので私ちょっと急ぎで向かいます。」
「え?嫌な予感するの俺だけ?」
「じゃ!またランチしようね!この借りは必ずいつか!」
「え、ちょ、ちょちょ、名前さん!」

もう日和さんは現場に入っている頃だろう。楽屋でのんびりするのが好きだから、多分楽屋にいるはず。「巴日和様」と貼り付けてある扉の前に立つ。じっとしていると、人の気配がする。コンコン、と扉をノックすると、はーい、と軽快な声が中から聞こえた。

「すみません、日和さん。今ちょっと良いですか。」
「……んー、残念ながら今とっても忙しいね!」
「いや明らか携帯見てたでしょ今。」
「携帯でもやることあるでしょ?次の予定確認、写真で台本なんかも撮ってあるからそれをチェックしたりするよね?そんなことも分からずによくそんなことが言えるね。忙しすぎてわけわからなくなってるんじゃないの?」

早口で私にありったけの嫌味をぶつけた日和さんは、はぁ、とわざとらしくため息をつきながら、私の横を通って楽屋を出ていこうとした。日和さんの怒りもここまで来ているらしい。これはもうジュンくんが言ったことをこのまま実行するしかない。おっしゃる通り、仕事ばっかりしてきた私には、人間関係が拗れた時の対処法なんて分からない。ましてや日和さんなんて。

「日和さん!」
「なぁに、まだなんかあるの?言っとくけど僕も暇じゃないんだね、」
「日和さん!」

私の顔を見ようともせず楽屋のドアに向かっていた日和さんの背中に腕を回す。え、ちょっと待って……細。私より細いんじゃない?背中。脳内が日和さんの線の細さへの驚きに支配されそうになったのを、無理矢理消す。いけないいけない。今はそんなことをやってる場合ではない。えーっと、なんで言えば良いんだったかな……。

「あ、あの、えっと。」
「…………………………。」
「あ、そうだ!日和さん、話聞いて。」
「え、」
「さすがにこんな長期的に無視されたことなくて、私、悲しいです。」
「え、え?」
「えーっと、その、私が何かしたのであれば謝るから、許してください。私、えっと、日和さんと話せなくなるは、辛い。単純に悲しい、です。」

日和さんの様子が見えない。私に見えているのは日和さんの今日のTシャツである。黒いTシャツなので一面真っ黒である。何故だかさっきから一言も日和さんは発さない。もしかしたら気持ち悪がってるかもしれない。私は初めて己の行動に後悔した。いくら無視されてるのが辛いからって、急に抱きつくとか何考えてんだろ。どうやらしばらくあまり睡眠が取れずずっと仕事をしてきたのが効いてきたようである。嫌な効能を持ってるな、残業って……。しかし、行動をしてしまった後はもう変えることができないので、私はこのわざとらしい演技を続けなければならなかった。

「あ、あのー。えっと。あ、ひ、日和さんとお買い物できなくるのも嫌です、その、欲しいものがあるからって、意味ではなく。あ!そう!日和さんの笑ってる顔が好きなので!」

日和さんにありったけの今思っていることをぶつけた。今思いついたものもあるとは言え、全部私の本心である。日和さんと一緒に遊んでいる時に見せる笑顔は、まぁ可愛らしいのだ。仕事の疲れが残る中連れ回されるので勘弁して欲しい時もあるのだが、日和さんの笑顔を見るとまぁいっかーとなる。今や日和さんは私に冷たい顔しか見せないので怖い存在だ。何回も言うけど、美人の真顔は怖いのだ。

「……名前ちゃん。」
「え。」
「んもうっ!そう思ってるんだったらさっさと言ってくれたら良かったね!僕もわざと無視するのは辛かったね!でもどうしても許せなかったからね!」

そう言って日和さんはくるりと向きを変えて正面から私に抱きついてきた。ぐえ、と変な声が出る。日和さんはそのまま私の頭を撫でながら続けた。

「それにしても名前ちゃんよく謝ってきたね、えらいえらい!」
「は、はぁ。」
「まぁたぶん何に対して謝ってるかよく分かってないと思うけど、今回に関しては可愛い可愛い名前ちゃんに免じて許してあげるね!」
「ほ、ほんとですか、じゃあ遊べなくても大丈夫ですか?」
「ん?」
「な、なーんてうっそー……。」

油断してしばらく遊ばないって言ったことをぶり返してみたら、目が笑ってなかったので急いで訂正した。駄目らしい。何で。許したんじゃないのか。

「あ、あのー。日和さん。そろそろ離してくれないですかね……。」
「やだね!名前ちゃんとずっと話してなかったから名前ちゃん不足だね!早くに謝ってこなかったから名前ちゃんが悪い!」
「そ、そんなぁ。日和さんそろそろ出番ですし誰か絶対来ますって。誤解されたら大変ですから、」
「……その方が都合良いね。」
「なんと?」

日和さんから体を離そうとしたが、全く歯が立たない。あんな細いのに一体どこからそんな力が……。しかし、こんなところを誰かに見られたらそれこそあらぬ噂が立つ。現場は身内ばっかりだけど、最近は身内の方が怖かったりするのだ。

「やぁ日和くん。今日は一緒の現場だね。ここ最近機嫌が良くないって聞いてたけど何かあったかな?」
「英智くん、今忙しいから後にしてくれない?」
「へ……………………。」
「…………………………へー楽しそうで何より。」
「え、えええええええ英智さん?!」

やばい、英智さん!こんなん見られたらどんな嫌味言われるか分かったもんじゃない、そう思って日和さんから離れようとしたが、なんと奴はより強く抱きしめてきた。おい!やめろ!何してくれるんだ!

「ひひ日和さん!」
「ああ名前ちゃん、気にしないで。僕挨拶しにきただけだから。すぐ戻るよ。」
「そうだね、人の逢瀬の邪魔するなんて相変わらずだね、英智くん!」
「ははは、仕事前に逢瀬だなんて随分と余裕だね。まぁいいけど。じゃあ戻るよ。あ、そうだ名前ちゃん。」
「は、はい!」
「後でこの現場終わったら、僕の執務室に来るように。」
「…………………………。」
「返事。」
「はい………………………………。」

終わった、終わったよ。