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*モブドル出ます


「じゃあ今日はここまでということで。」
「はーい。プロデューサーさん、本当にありがとうございます。」

ペコリとお辞儀をする目の前のリズリン新人アイドルを眺める。私と歳が近いものの年上だと聞いていたので、年下にも礼儀正しい振る舞いに感心した。割と失礼な言動が多い先輩アイドルたちに煎じて飲ませたい。いや、まぁ彼らは彼らでそれが魅力だったりするのだが。

今日は彼のデビューシングルのMV撮影日だった。彼がリズリンに入所してからというものの本人にやる気があるのに売れないから協力してほしいと言われてプロデュースを依頼されていたのだ。私の中で使えるもの使って彼をデビューまで導いたのは我ながらあっぱれである。snsの前評判も良い。これはたぶん、きっといけるだろう。何より本人にやる気がある。

「今日のところは撮影は以上なので、今日は帰ってもらって良いですよ。」
「すいません。そうさせてもらいます。プロデューサーさんも帰るんですか?」
「いや、私はこの後面談やらやり残した書類やらでなんだかんだ色々ありまして……」

そう言いながらこの後の予定に遠い目をする。この後は複数の面談やらミーティングやらで溜まっている書類仕事になかなか取り掛かれなさそうなのだ。一体何時に帰れるだろう。ただ今日はリズリンの事務所での仕事が多いのでそこで仕事を済ませるつもりなのだが、リズリンには「シゴトハヤメニオワラセロハヤクカエレ」という呪文を唱える敵が数多くいるのが問題だ。鬼龍さんとか、蓮巳さんとか、アドニスくんとか……。会わないように各人のスケジュールをチェックしておかなければ……。
私が意識を飛ばしていたのを不審に思ったのか、目の前にいた新人アイドルさんがおーいと私の顔の前で手を振った。は、と気付く。いけねえいけねえ。帰って良いですよって言ったのだった。

「大丈夫ですか?」
「はは、すみません。今からの仕事のことを考えてました。」
「そうですかー。やっぱり噂通り仕事熱心ですね!でも気をつけてくださいね?このビル、夜出るって噂ですから。」
「出る?」
「幽霊ですよ、幽霊!」

彼はややニヤニヤしながらそう言った。なんでも、昔リズリンにいた超売れっ子アイドルが周りの陰謀のせいで落ちぶれてしまい、気を病んで自殺をしたらしい。それを恨んで夜な夜なリズリンの事務所を彷徨い歩いているーという噂があるらしい。
そんな話をしたまま、じゃあ今日は帰りますね、と言ってスタジオから去っていった。

そのまま私も面談やミーティングをこなしていく。……噂だ。あくまでも噂。今までリズリンに一人でいたことは何度かあるけど、そんな、お、お化けなんかに遭遇したことないし。うん。た、確かに?最近?リズリンに行ったらやけに視線を感じるな?とか?そんな気がしたりしたことも?あったけど?それとこれとは関係ないと思うし?うん、そうそうそう。お化けなんてないに決まってる。

「名前さん、じゃあ帰るときは事務所の鍵よろしくお願いしますね。」
「はい、お疲れ様です。」

まだ残っていたESスタッフが続々と退勤し、ついに私一人が残された。もう夜になっているので外はすっかり暗い。一人でパソコンを広げてキーボードを叩く。カチャカチャカチャ。静かだから時計の秒針の音も聞こえる。チッチッチッ。他の人の声なんか聞こえない。しーん。

…………………………。



こ、怖ぇーーーーーーーーーーー!


なんだあの新人アイドル。なんてことを教えたんだ。私は根っからホラーが苦手なのだ。出るんですよ、と言われただけでゾワ、と鳥肌が立つのだ。ちょ、もう本当にやめてよー!ただでさえこの事務所に来た時、どこからか視線を感じて怖いというのに。そう、最近リズリンでなにかと視線を感じるのだ。こうなんだろう、なんか、じっとりとしたような、視線……。大体後ろから視線を感じるのでバッと振り返るのだが、何もない。気のせいかと思っていたのだが、あの新人アイドルの話から察するに、それってもしかして、お、お化け……。

「あの……。」
「ぎゃああああああああああああ!」

そんな怖いことを考えてキーボードを打つ手を止めれていれば、後ろから突如声が聞こえた。思わず大きな声を出してのけぞってしまい、バタンと大きな音を立てながら私は椅子から転げ落ちた。思いっきりお尻を打った。痛い。

「っつ……。」
「え?!ちょっと待って名前ちゃん大丈夫?!俺のせいだよね、ごめんね驚かして!」

私が涙目でお尻をさすっていると、頭上から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。顔をあげて声の方を見ると、やはりそれは見知った顔だった。

「あ、薫さん。こんばんは。」
「こ、こんばんは。じゃないよ!大丈夫?立てる?」

そう言って薫さんが心配そうに私に手を伸ばす。勝手に誤解して転げ落ちたというのに、お優しい……。ご厚意に甘えて、彼の手を取ろうとして指が触れた瞬間だった。

「わ、」

そう言って彼は瞬時に腕を引っ込めた。やり場のない私の手が宙に浮く。え、いやなに?薫さんが手を出したんでしょうが。

「……何かすみません。」
「ち、違う違う!ごめん名前ちゃん、ちょっとびっくりして!はい、俺の手使って!」
「……ありがとうございます。」

今度こそ薫さんの手を取った。薫さんは私の体を起こしてくれたのだが、少しモヤモヤする。
さっき手を引っ込められて思い出したのだが、そういえば私薫さんに避けられているんだった。こうやって対面で会って話するのも、ESに入ってから本当に久しぶりじゃないかな?グループで仕事する時は普通に話すけど、薫さんが夢ノ咲にいた頃とは考えられないほどの頻度だ。私なんかしたかな?

「本当にごめんね?そんな驚かすつもりじゃなくて……。」
「いや、こっちこそ本当にすみません。ちょっとさっき山田さんに怖い話聞いちゃって。」
「……山田さん?って新人アイドルの山田くん?」
「そうです、この前までプロデュースしてて。もうすぐデビューなんですよね。」

そう言って思い出して少し顔が綻んでしまった。先ほど私に怖い話を言うだけ言って去っていった新人アイドル・山田くんはデビューまで本当に苦労していたみたいなので、ようやく報われると思うと嬉しい。私も大残業をしまくった甲斐があるというもんよ。何かこうやってせかせか働いているのも英智さんの思い通りと思うと癪だが、やはりデビューまで導けると嬉しいのだ。

「……そうなんだ。」
「あ、で薫さんも何か用があって声かけていただいたんですよね。何かありました?」
「いや、俺は名前ちゃんがこんな時間まで働いてるのが見えて。頑張ってるな、って思ったからはい、差し入れ!」
「え!これ駅前の超人気店のシュークリームじゃないですか!すみません良いんですか?」
「うん、良いよ。それ食べて元気出してね。」
「やったー!ありがとうございます!」

薫さんが差し出したシュークリームが入っている箱を迷わず受け取る。こういう時は遠慮しない方がいいというのはESに入ってから学んだ。素直なのが一番なんだよ、と英智さんが言っていたのだ。わーい、これ欲しかったんだけどいつも並んでて買えなかったんだよね。それにほら、私が帰る時にはお店、閉まってることが多いし……。薫さんは私の顔を見てピタリ止まったかと思えばふい、と顔を逸らされた。うーん。いよいよ本当に何かしたかな?

薫さんは一年前とは間違えるほど真面目になった。一年前は転校したてで追いかけられて怖かったを覚えている。その後も校内でちょこちょこ話しかけてはデートに誘ってくるわ練習さぼるわでめちゃくちゃ苦手なタイプだったのだが、きちんと夢や目標を見つけてからは女の子との関係も切って、返礼祭で私に立派なアイドルになることを宣言してくれて、今や零さんと並び立って超人気アイドルだ。リズリンのお偉い先輩たちも上手いこと使っているらしく、周りからの評価も良い。この前リズリンの大御所と仕事をしたのだが、えらく薫さんのことを褒めていた。そんなことを聞くと私も嬉しくなる。なるのだが。

私がESに所属してから何故か避けられている。話しかけても目が合わないし、ひどい時は声をかけようとした時に別方向に逃げられる時がある。何かしたのかもしれないが、本当に心当たりがない。

「……名前ちゃん、今日残るの?」
「え、ああ、はい。あともうちょっとで仕事終わりそうなので。」
「駄目だよ。もうこんな時間だし。最近いつも残ってるでしょ?体壊しちゃうよ。それに外はもう暗いから、早く帰って。お願い。」
「……でも明日までにやらないといけないことが」
「駄目。」
「…………。」
「…………じゃあ俺も残るから、終わったら言って。」
「え?」
「駅まで送るよ。危ないから。」
「え、ええ?それはダメですよ!明日も朝早いでしょ?」
「名前ちゃんだって早いでしょ。いつも朝7時半とかに来てるじゃん。俺はいいから。」
「…………ま、待たせるの申し訳ないので支度します。ちょっと待っててください。」
「そう?良かった。じゃあ待ってるね。」

このまま薫さんを用もないのに待たせてしまうのも申し訳がない。仕方ないので帰ることにする。まぁ明日までの書類も、なんとかなるだろうし……。チッ。薫さんも「シゴトハヤメニオワラセロハヤクカエレ」の呪文を唱えてくる敵だったか……。リズリンに来る時は要チェックだな。零さんとかはむしろ帰ろうとしてたら「我輩ともうちょっと一緒にいてー。」と邪魔してくるのだが。二枚看板でこうも違うか。

結局薫さんにはESの最寄り駅まで着いてきてもらった。駅までたわいのない会話をしたが、薫さんはやはりこちらの顔を全然見ようとしないし、隣で歩いているものの何故か少し距離を取られていた。なんだってんだ。

「じゃあここで。気をつけてね。」
「はい。すみません、気を遣ってもらって。」
「……あ、あの、名前ちゃんさ、」
「どうしました?」
「あの時の、ことだけどさ……。」
「あの時?」

あの時ってどの時だ?最近薫さんと単独で話した記憶が本当にないのでどの時か分からない。薫さんは私の怪訝そうな顔に気付いたのか、固まってしまい、ついには顔が真っ赤に染まっていった。やばい。思い出さなければ。

「お!覚えてなかったらいいんだ!うん!お、俺!明日早朝に仕事あるから!じゃあ!」
「え、薫さん、あの時って、って薫さーん?」

薫さんは顔を真っ赤にしたまま駅と逆方向に向かって走り出してしまった。やばい。恥をかかせてしまったかもしれない。何だろう、何が言いたかったのか。

翌日もリズリンに用事があったので時間がある時にUNDEADの現場を覗いたのだが、薫さんは私の顔を見るなりそそくさとどこかへ行ってしまった。ついに嫌われたか。

「嬢ちゃんから来てくれるなんて、嬉しい!」
「おい吸血鬼ヤロー!名前にくっついてんじゃねーぞ!」
「名前どうした、顔色が悪い。ちゃんと朝ごはんは食べたのか。」
「薫さん、私のこと嫌いなんですかね……。」
「「「え……………………。」」」

ついに慣れ親しんだアイドルに嫌われてしまったか。やはり仕事は辞めるしかない。



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「零くんやばいやばい!昨日名前ちゃんとほんっとに久しぶりに話して、駅まで送るとか言っちゃって、並んで歩いちゃった!!!」
「ふーん。」
「でも俺さぁうっかり口が滑っちゃって!返礼祭の俺の、告白?した時のことを聞きそうになっちゃって!」
「うんうん。」
「焦ってパニックになっちゃって逃げてきたんだけど、失礼だったよね?!絶対失礼だった!!!」
「どうかのう。」
「どうしよう?!最近名前ちゃんと会ったら焦っちゃうからついつい逃げちゃうんだけど、昨日は遅くまで残ってたから、本当に心配で、ついお節介を……!だって毎日毎日朝から晩まで働いてるんだよ?!朝は7時半にデスクについてそこから昼までずっと仕事してるんだけど、たまに昼ごはんも抜いてる時あるの!!!夜は定時回ってることばっかりだし、たまにめちゃくちゃ遅くなってるな、って思ったら、事務所で学校の宿題やってるんだよ?!心配じゃない?!それに、ここ最近はずっと山田くんデビュー関係のための仕事ばっかりやっててずーっと残業してるし!……それにしても山田くんの話してる時楽しそうにしてたなぁ。なにあの山田くんの話してる時の可愛い笑顔!あ、でもシュークリームあげた時の顔も、本当に可愛かった。……どうしよう、俺、こんなんじゃないのに!名前ちゃんと目もちゃんと合わせられないなんて!いつも陰で名前ちゃんに話しかけるタイミング伺ってるのに話しかけられないし!」
「うーん、間違えても四六時中嬢ちゃんを見守ってることは口を滑らさぬようにな。あと嬢ちゃんは薫くんに嫌われてると思っておるよ。」
「え…………?」
「いや顔怖。」