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「うぇ、ううう……あ、あんまりだぁあああああ。」
「あれ、名前ちゃん。どうしたの、よしよし。」

英智さんと無駄な問答を繰り広げ、いくつか仕事をこなした後。事務所に帰ってきて一人悔し涙を流していたところ、スーツをビシリと着こなしているあんずちゃんが帰ってきた。あんずちゃんは私を見るなり頭を撫でてくれる。ああ、女神だ……。

「ううう、あんず様、お優しい……。」
「何かあった?現場監督とかに意地悪でもされてる?それともあのディレクターにセクハラでもされてる?それとも」
「待って話めっちゃ広がってるな、そんな深刻なことでもないから。」

あんずちゃんが濁った目をしながら早口で捲し立ててきたので急いで止める。あんずちゃんは時々こうやって暴走する時があるのだ。

「……ああ、今日Knightsの撮影だったっけ。瀬名先輩にまた何か言われたの?」

あんずちゃんが出したその名前に、また涙がこみ上げてくる。
私が悔し涙を流している原因はまさにその瀬名さんだったからだ。

英智さんに退職届を華麗に破られてすぐのこと。今日はKnightsのスタジオ撮影の付き添いの日だったので私はかなり焦っていた。英智さんとの無駄なやり取りのおかげで遅刻しかけだったからだ。Knightsは割と平気で遅刻してくるメンバーがいるにも関わらず、遅刻に厳しい瀬名さんがいるので私は1分も遅刻ができない。

そもそもこのスタジオ撮影はツメツメのスケジュールの中に無理やり突っ込まれたものだというのに、時間に厳しいのもどうかと思う。スタジオ撮影にただのアイドルのプロデューサーが毎回付き添っているのもどうなのだろう。他のアイドルの管理だってしてるしさぁ……。スタジオの撮影なんて私はほとんど見てるだけなのにさぁ……。前にこのことをKnightsのメンバーにやんわりと言ってみたのだが、なぜか非難轟々だった。終いには司くんに上目遣いで「お姉さま……どうしても、ダメですか……?」と言われて断れなかった。だから今日もこんなツメツメスケジュールになってしまったのだが、結局今日のスタジオ撮影には1分ほど遅刻した。そして不幸にも、なぜか今日はメンバーが全員揃っていた。凛月くんとか、レオさんとかどうした?なんでなの。そして、走って汗だくだくになっている私に、鬼が待ち構えていた。

「1分遅刻だけど。」

珍しく静かで冷静な声だった。安心するかと思うだろうが、この声の時は最悪だ。私はただ小さく「す、スイマセン……」と言うしかなかった。そのままスタジオ撮影は順調に進んだ。当たり前だ。私はただの付き添いで、撮影のために必要なメンバーも、メイクさんスタイリストさんなどの裏方は揃っていたからだ。現場のディレクターにも「名前ちゃんまた来てくれたの?仕事好きだねぇ」って言われた。え?私要るんか?これ。

しかしそれでも撮影終了後に鬼が待ち構えていた。

「あ……瀬名さん、さっきはすみませんでした……。」
「名前。俺この後仕事ないから。」
「え?あ、ハイ……。会議室用意します……。」

なぜこんな会話になったかというと、瀬名さんが「この後仕事ないから。」って言った時は、彼が私に説教をする時なのだ。だからなるべく人の目につかないように会議室を借りるのだ。人目につくところで瀬名さんを怒らせるも忍びない。彼は一応ニューディーが絶賛売り出し中のアイドルだからな……。

会議室を借りた後は、もう最悪だった。遅刻ってどういうこと?1分だけじゃんとか思ってないよね?自分がいなくても平気だとかちょっとでも思ってるからそうなるんじゃないの?そもそも前から思ってたけどスケジュール管理ちゃんとできてないんじゃないの?なんなのそのクマ?これも前から気になってたことだけどさぁー
これのエンドレスである。勘弁してほしい。あと的確に私のダメなところも突いてくるのはやめてください。言い返せない。仮に言い返したとしてもその100倍言われるのが目に見えるので言わない。

結局1時間ほど瀬名さんに叱られてこの謎の反省会は終了した。が、やはり悔しすぎて事務所に戻りシクシクと泣いていたところにあんずちゃんが帰ってきたのが冒頭である。

「もうあんまり気にしすぎない方が良いよ?私から瀬名先輩にあんまり言いすぎないでって言っとくから。」
「うう、言っても無駄な気もするけど……あんずちゃんありがとう……。」

あんずちゃんは割と瀬名さんのことはスルーできるみたいで、おまけに仕事もしっかりしているため彼とはうまくやっているようだ。そのスルースキル欲しい。

「名前ちゃん明日休みでしょ?たまの休みなんだしゆっくりしなよ。」
「う、うん……。ありがとう。ちなみにあんずちゃんはいつ休みなの?」
「…………。」

あんずちゃんはただただ微笑んでいた。社畜怖ぇ。



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休みの日は目覚ましをかけずにゆっくりと眠るのが至高だ。
ESに所属してから一人暮らしを始めたので、誰にも邪魔されず普段眠れていない分を挽回するのだ。今日の夢は瀬名さんが優しく私に語りかける夢だ。名前、ご飯だよ、早く起きなよ、と優しい声で呼びかけている。そういえば瀬名さん、昨日の説教の最後に確か何か言っていたな……確か……

ー明日俺休みだから。

「もう、名前!いつまで寝てるわけ?!」

先ほどまで夢の中で聞こえていた声が現実に聞こえてきた。驚いてベッドから転げ落ちる。そろ、と顔を上げれば、朝から綺麗な顔をした瀬名さんが立っていた。キッチンの方から良い匂いがする。

「ほら名前!ボーッとしてないで顔洗っておいで。あ、この前来たときに洗顔切れてたのに買ってなかったでしょ?そうだと思って俺のおすすめのやつ買っておいたからそれ使って。」
「ああ、ハイ……。」

言われた通り顔を洗いに洗面所に行くと、確かに洗顔料が置いてあった。これ、嵐ちゃんがイメージモデルやってる高級ブランドのやつじゃん。怖。使いたくない……。でも買い換える時間もないのでありがたく使わせてもらった。顔がツルツルになった。

「今日は和食にしておいたよ。パンでも良いけど、名前最近顔色悪いでしょ?どーせちゃんとしたご飯食べてないだろうし、これでしっかり栄養つけなよ。朝ご飯ちゃんと食べてんの?」
「最近はあんまり……。」
「もう、俺が来ないとすぐにそうなるんだから。今日、作り置き置いて帰るから、一週間はそれ食べてね。あと睡眠ちゃんと取ってんの?最近仕事しすぎみたいだけど。」
「6時間以上寝れたのは今日が久しぶりですね。」
「何やってんの!名前が倒れちゃったら元も子もないんだからね!ちゃんと生活改善して。忙しいのは分かるけど、ちゃんとスケジュール管理見直しなよ?」

ああ……スケジュール管理は昨日も言われたなぁ。あーヤダヤダ。昨日怒られた人と朝から顔合わせるなんて。そう思いながら無言で箸を取ってご飯を口に頬張ると、瀬名さんがおもむろにこちらに寄ってきて、なぜだか私をギュッとして、頬擦りをしてきた。

「昨日はキツく言い過ぎてごめんね?でも名前もプロだから俺の気持ちもわかってくれるでしょ?」
「いつものことなので大丈夫ですよ。」
「あんな言い方したけど、名前のことが心配なんだよ?いつも仕事ばっかりしてるし、ちゃんとご飯も食べない時があるし、顔色も悪いし……。俺が名前に言わないと、言う人いないでしょ?」
「(蓮巳さんとかめっちゃ言ってくるけどな……)そうですね、瀬名さんだけですね。」
「そうでしょ?だからああやってキツい言い方になっちゃったけど、ちゃんと名前のこと心配してんの。だから、あんま心配かけさせないでね?」

そう言ってそのまま私の頭を撫でだした。瀬名さんは私を叱り付けたあと、この謎のアフターケアを後日行うのである。あと彼が休みの日はこうやって私の家にきて甲斐甲斐しくお世話をする。レオさんのお世話もしてるのにすげーなぁ……。

瀬名さんは私のことが心配で……と言うが、私がだらしない生活をしていることを確認しては嬉しそうな顔をするのを隠せていないし、そして何より私は瀬名さんに家の住所を教えたことも、鍵を渡したこともないのである。

「俺が名前のお世話をしてあげるからね。」
「あ、ありがとうございます……。」

ああ、早く退職しよう……。