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久しぶりに定時に帰れた時。スーツ姿で疲れ切って駅まで向かっていると向かい側から同年代くらいの女子高生が歩いて来た。それを見て思ったのだ。
あれ?私何してるんだ?と。
女子高生たちはス◯バのカップを持ちながらキャッキャキャッキャと楽しげに話しながらこちらとすれ違った。
受験勉強だなんだと言っている声が聞こえたから、たぶん高校三年生。
かく言う私も高校三年生で受験生のはずだが、何故だかESで毎日せかせかと働いている。
ちょ、ちょっと待て。おかしくないか?

確かに私はプロデューサーだ。二年生からプロデュース科に所属して、アイドルの育成をしている。でもそれは成り行きであって、どちらかというと一緒に転校してきたあんずちゃんに着いていっているだけだ。
あんずちゃんは私よりよっぽど社畜だ。仕事が好きだと普段はしないようなキラキラした瞳で昨日も語っていた。あんずちゃんすごいなぁって私は返すくらいである。

私もまぁ仕事は楽しいと思うし、好きだけど、普通の高校生みたいな暮らしもしたい。大学も行きたい。というか、将来は平凡なサラリーマンと結婚して、平々凡々に暮らすのが夢だ。今のままの生活を続けていたら絶対にその夢は叶わないのでは……。
周りの男の人を思い返して、ゲンナリとした。平凡とはかけ離れた容姿に、超個性的な性格。アイドル以外の業界人も曲者だらけ。
このままではいけない。そう思ったが吉日。

「突然すみません。ESを辞めさせてください。」
「わー辞表だ。これ自分で作ったの?」

英智さんはそう言ってケラケラ笑いながら辞表を受け取り、裏表にして見ていた。
こういう相談は、とりあえずはESの生みの親のような存在であり、一応私の上司に当たる英智先輩に行った方が早いだろうと思って彼に持ってきたのだ。これを受け取ってもらったら早々に次の仕事場まで向かわなければならない。今日のツメツメのスケジュールを思い浮かべながら、英智さんを見つめる。
一向に封を開けようとせず、辞表を裏表交互にしながら初めて見たな、とニコニコしている英智さんに、嫌な予感がした。

この笑顔の時は機嫌が良くないからである。

「で、退職理由は?」

彼は辞表を机の上に置き、両手に顎を乗せてこちらを見た。途端に何故かブルリと体が震える。うう、やだな。なんか尋問されてるみたい。

「り、理由は、その、大学受験に専念したいな、と思って。」
「へぇ。他にやりたいことあったんだ。知らなかったな。」
「やりたいこと、っていうか、普通の生活が送りたくなって。」
「普通の生活?ふーん、今が普通の生活でないとでも?」
「い、一般的な生活とはちょっと違うかなぁ、なんて、ははは……。」

ふーん。無機質な英智さんの声が響く。
何?!辞表一枚でこんな拘束される?!
早く次の仕事に行きたいのに……。次はKnightsの番組収録なので、早く行かないと泉さんに怒られるのだ。早く分かった、って言ってくれないかなぁ……。

「こんな簡単に捨てられるものなんだね、僕たち。」

私が言葉に詰まった時、英智さんがポツリと漏らした声に耳を疑った。
す、捨てられ……?誰に?私に……?

「え?!」
「だってそうだろう?今まで苦楽を共にしてきたというのに、簡単に辞めるだなんて言って。君にとって僕たちはそういう取るに足らない存在ってことさ。」
「ち、ちがいますちがいます!そういうわけではないです!」
「大学受験のために辞めるというのなら、別に休暇を取ったって構わないよ。僕は君がここに残るのであればどんな要求だって聞くし。君だって、休暇を取れることは知っていただろう?使えば良いじゃないか。」
「いやぁ、それはですね……。」
「どうせ名前ちゃんのことだ、将来は平凡なサラリーマンと結婚したいとか思ってるから、今のうちに普通の暮らしに戻って、大学に行ってよく分からないような男と付き合えば良いだなんて思ってるんだろう?」

ツラツラと並び立てられる英智さんの言葉に身震いした。お、お見通しだ……。黙っていたのに、何故それを知っている。
休暇があることは勿論知っていたけれど、それじゃあ意味がない。平凡だ。求めるのは平凡な暮らしなのだ。

「英智さん、そういうことを言っているのではなくてですね?別に皆さんが嫌になって捨てるというわけじゃないんです。まぁ結婚については英智さんが言った通りかな?みたいなとこはありますけどね?それが第一優先っていうわけじゃなくて……」
「いくら欲しい?」
「……ん?」

いくら欲しい?いくら欲しいって聞いた?この人?

「いくらって…」
「え、分からなかった?お金のことだけど。」
「でしょうね!そうだと思いましたよ!」
「それで、毎月いくらだったら検討してくれる?僕は君のためだったら今の5倍でも、10倍でも、それ以上にもしてあげて良いけども。まぁ今の給料でも一般の社会人よりうんと貰ってると思うよ。お互いに若いのに稼いじゃってるよね、ふふふ。」

英智さんが不敵な笑みを浮かべていて気味が悪い。嫌だなぁ。こんな嫌な話してるのに何で笑ってるんだろ、この人……。
確かにESからお給料を貰っているけど、母に初任給の給与明細を見せた時に「こんな大金この歳で一気に渡したらおかしくなる!」って言ってから高校生がアルバイトで稼ぐくらいの額しか貰っていない。基本的にお金のことは母が管理しているから、一体いくら貰っているかも分からない。それに、これはお金の問題じゃないのだ。

「お金じゃないですよ……分かってるんですよね。」
「100万でどう?」
「うっ……要りません。」
「うーんじゃあ500?それか1000?」
「せっ?!」
「え?足りないの?じゃあ1000より増やして」
「や、やめて!!!幼気な私の心をお金で買おうとしないで!!!私は、お金が欲しいんじゃないです!!!英智さんが何と言おうと、絶対に辞めてやりますから!!!」

英智さんが何を言ってもダメだったので、捨て台詞を吐いて扉まで駆け出す。次のKnightsの収録時間が近付いていたのを思い出したというのもあるけど。泉さんの怒号を想像してゲンナリした。あの人いつも集合早いんだよなぁ……。

「名前ちゃん。」
「はい?!何言われても引かないですからね!!!」
「名前ちゃんこの間話したビッグプロジェクトの担当って言うこと、忘れてないよね。」
「……。」
「それ、上の人がぜひ名前ちゃんに任せたいって言って君に託したプロジェクトだから、それは遂行してね。」

そういえば前、半年後にあるビッグプロジェクト任されたんだったわ……。とってもお偉い人と挨拶も済ませたし、美味しいご飯も食べさせてもらったな、確か。
トドメの一言を告げた英智さんをそろりと見ると、彼はニコニコしながら渡した退職届を手に取った。すると、それはビリビリと音を立てて縦に引き裂かれた。……あれ、引き裂かれた?

「え!?!?」
「あ、名前ちゃん次収録の付き添いだよね?大変だね、マネージャーでもないのに毎回呼び出されて他のユニットの収録見に行ったりして……」
「く、シャアシャアと……私絶対負けませんからね!絶対に辞めてやる!」

私がそう行ってドアに手をかけると、英智さんはバイバーイと手を振っていた。くそう、何だってあんな頑ななんだ?!辞めたいって言って辞められないなんてブラック企業にも程がある。辞めたら絶対口コミに出してやる!
英智さんにむちゃくちゃセクシーなグラビアの個人仕事入れてやる〜〜〜〜〜〜〜!う、売れそう。止めよう。







「あーあ。ああ頑なになったら厄介だなぁ。名前ちゃんいなくなったら皆仕事手に付かなくなるだろうからESとして大損害なんだだよねぇ。僕個人としても楽しくないし……。こうなったら皆に知らせちゃお。ホールハンズの知り合い全員に送れば良いよね。えーと……「名前ちゃんが退職届を出してきた件について」っと……。」