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- ナノ -
15歳


※2章ネタバレ有




王様の子どもが誕生し、国では盛大な宴が開幕された。私の家も朝から大騒ぎで、私自身も準備に駆り出された。各国から届いたプレゼントを仕分ける作業だ。

「そういえばファレナ様のお子様って男の子だったの?」
「そうよ。お父さんと見せてもらったのだけど、とってもかわいらしい子だったわ!ナマエ、遊んであげなさいよ。」

母はそう言いながらおもちゃを箱に入れた。抜かりない。レオナくんに媚を売りなさいと仕切りに繰り返された日々を思い出す。今度は私よりうんと歳下の子に媚ろってか。
レオナくんといえば、今日は臣下の人がレオナくんの部屋の前で彼のことを呼んでいた。どうやら式典に出ようとしないらしい。臣下の人は数回呼んだ後、気難しい人だ、おめでたい日だというのに、ファレナ様と大違いだ、と口々に言って扉から離れた。式典の時間が迫っていたため、私もレオナくんに声をかけることはなかったけれど。
レオナくんは、ファレナ様の奥様がご懐妊されてから、部屋の外に出ることがうんと減った。いつも居たはずの書斎は、いつ行っても人気がなく、レオナくんが勉強するために積んでいた本には埃が溜まっていた。私もしばらくレオナくんには会っていない。奥様がご懐妊したということは、レオナくんの王位継承権がまた一位下り、二位になったことの証明だった。レオナくんはよく私に王になりたいと言っていたから、彼の心中は計り知れない。私が余計なことをしたところで彼の心が癒えることなんてないのだから、しばらくレオナくんには会わないようにしていた。母も忙しくなって、私に特に口出しをしてこなかったから、ちょうど良かった。
ナマエ、ちょっと来てー、と使用人さんに呼ばれた。向かうと、ファレナ様の部屋に連れて来られた。赤ちゃんの湯浴みの時間だったらしい。周りにはメイドさんがきゃ、きゃ、と言いながら王子様に湯をかけていた。

「おおナマエ!すまないね、バタバタさせてしまって。」
「いえいえ。私こそお声がけできずすみません。ファレナ様、王妃様、おめでとうございます。」
「うふふ、ありがとう。」

奥様はまだ安静に、ということで、今日の宴には出ずベッドで休んでいた。ファレナ様は先程まで大広間で各国の王族や貴族と話していたが、今は少し休憩しているのだろう。疲れるもんね、分かる。私は父の付き合いで何度かパーティーに出たけれど、知らない家族の子と話さないといけないのがとても嫌だった。レオナくんは第二王子だからこの時ばかりは近付けなかったし。

「ナマエ、その…レオナには、会ったかい?」
「……いえ。今日は部屋から出てきてないようですよ。部屋の前を通りがかった時に、使用人が呼んでいましたが。」
「……そうか。」
「お子様も、見られてないんですか?」
「いや、出産直後は顔を出したんだけどね。それからはさっぱりで。…ちょっとレオナのところへ行ってくるよ。」

ファレナ様は引きつったように笑って、そのまま部屋を出て行った。こんな時でもレオナくんのことを気にしているようだ。メイドが王子様の湯浴みを終えて奥様のところへ来た。王子様はタオルにくるまれている。ちょっと明るい茶色の髪が、ふわふわしていてかわいい。

「ナマエさん、だっこして頂戴。」
「え、良いのですか。」
「ええ、勿論!」

奥様はメイドに一声かけ、メイドが私に王子様を渡してくれた。かなり小さい。手足がちょっと動いた。私は獣人ではないから、獣人の赤ちゃんを見る機会なんてなかなかないものだから、ふわふわの耳だとか尻尾だとかが可愛くてまじまじと見てしまった。うう、触りたい。
ずっと抱っこしているのは申し訳なかったので、すぐに奥様に渡す。赤ん坊は奥様の腕の中で身動いだ。奥様はふふ、と赤ん坊を見て微笑んだ。
レオナくんのお母様もよくファレナさんやレオナくんを見てこんな顔をしていた気がする。そうか、王妃様も母親になったのか。
レオナくん、本当にこのまま式典も出ないつもりかな。赤ちゃん、抱っこしないのかな。

「ナマエさん?」
「あ、王妃様、も、申し訳ありません。何かおっしゃいました?」
「いえ何も? 何だかぼんやりとしていたみたいだったからどうしたのかと思って。」
「す、すみません。」
「……朝からずっと式典でバタバタしていたものね。少し休んでいらっしゃい。」

王妃様はふんわりと微笑んだ。私よりずっと忙しいだろうに、私の体を気遣ってくださるなんて、なんとお優しい人だろうか。そりゃあキングスカラー家に嫁いでから年数が浅いのに、ほとんどの人に好かれているだけはある。下手をするとレオナくんより馴染んでいるだろう。
確かに疲れているのかもしれない。式典はその日だけでなくその前から下準備で忙しく、家族総出でバタバタしていた。ファレナ様と同い年の兄は、いつのまにかファレナ様の側近になっていたことから、最近は全然帰ってこない。私は手伝い程度だから、弱音を吐いている場合ではなかったが、普段やらない仕事が増えていて睡眠不足になっているのは否めない。

頭を下げて王妃様の部屋から出た。私の家族の部屋はここから遠く、いくつもの扉の前を通っていかないといけない。あと二つ扉を通り過ぎればレオナくんの部屋の扉だ。扉の前は、午前は呼び出しに来た使用人でいっぱいだったが、今はもう兵士一人しかいなかった。この兵士の人はよく顔を合わせている人なので、扉を通り過ぎる前に立ち止まって頭を下げた。向こうも私に気付いて敬礼する。そのまま通り過ぎようとした時だった。

ガチャ、扉が空いたかと思えば、ぬっと手が私の方へ伸びた。そのまま口を塞がれて部屋に引きずり込まれる。

「ナマエ。」

バクバクバク。私の心臓の音が鳴り響く。この部屋にいて、この声で、この匂いは、ただ一人しかいないとわかっていたけれど、突然部屋に引き入れられたことに、妙な緊張感を抱いてしまった。レオナくんは扉に私を押し付けたまま、後ろから私の首に腕を回した。

「最近なんで来ないんだよ。」

レオナくんが後ろからすり、と私の頬を撫でた。途端にタラリと汗が伝う感覚がする。レオナくんの尻尾が体に巻きついた。

「なぁナマエ。楽しいことしようぜ。」
「レ、レオナくん。今日は式典だから、」
「お前一人が消えたところでどうにもならねえよ。チッ、ただ赤子が一人生まれただけで浮かれやがって。」

頬を撫でていた手が首元に伸びる。ゆっくりとした動きに変な声が出そうになり、ギュッと口を閉じて耐えた。一年ほど前に取り乱したレオナくんと成り行きで体を重ねてから、数回…うーん…す、数十回…そういうことをした。正直王子と体を重ねるなんて大罪を犯しているのが本当に嫌だったので、私は頑張って避けるようにしていたのに、レオナくんお得意の屁理屈を捏ねられて流されて今に至るのだ。
王子誕生の式典準備の忙しさに乗じて、レオナくんには極力会わないようにしていたのにこのザマだ。まさかレオナくんに引っ張られるなんて予想外だった。よく分かったな、私が前を通るのを。獣人の嗅覚を舐めていた。

「ナマエ…」

レオナくんが私の首元をすんすんと嗅ぐ。時折ハァ、と熱っぽい声が漏れている。どうしてこうなっているんだろう。レオナくんの周りのはセクシーな同級生だってたくさんいるし、好きだって言ってくる子だって沢山いるのに。
レオナくんはあの日私しかいないって言った。レオナくんが私を求めるのはいつだって王位絡みで何かあった日だ。
他国への王妃様の御披露目パーティーの日、ファレナ様に付いていき他国の王家と交流した日、クラスメイトの貴族の後継儀式に出席した日、そしてこの前はファレナ様の子が生まれたその日だった。もう私を利用して忘れようとしているとしか思えない。最初の方はすすり泣く声が聞こえていたけれど、最近はそうでもなかった。まるで全てを諦めたみたいな顔をしている。今だってどうせ王子の式典が気に食わないから、こうやって私に構っているだけだろう。
すんすん、と匂いを嗅いでいたレオナくんの体が止まった。片腕がバン!と扉を叩く。思わずびく、と体が震えた。そろ、と見ると、レオナくんと目が合う。しかし、私は目を合わせたのを後悔した。レオナくんの目が、見たこともないくらいドロドロに濁っている。一年前に見たあの目とも、諦めたようなあの目とも違った。そこには怒りのような感情が漏れている。

「どこ行ってたんだ、さっきまで。」
「どこ、って…式典だけど…。」
「分かってんだよそんなこと。お前、あのガキに会ったのか?」
「ガキ…って、そうだよ、そうだけどどうしたの?」

レオナくんの様子がおかしい。今まで感じたことのない恐怖の感情が湧き上がってきた。底から冷えるような感覚がする。レオナくんは私の言葉を聞いた後、ふは、ハハハ、ハハハハハ、と笑った。あまりにも不釣り合いな笑いだった。

「俺の次はアイツか。笑わせやがる。お前、あんな赤ん坊に媚びへつらう気か?」
「え、何言って……。」
「知ってるぞ?お前とお前の母親のこと。全部。」
「え………。」
「お前が俺の後ろに付いてくるのも、優しくするのも、全部お前の家のためだってこと、もう結構前から知ってるんだよ。楽しかったか?今まで俺に媚びながら、家の地位を守っていくのは。」
「そ、それは、」
「もう良い。何も聞きたくねえ。別に謝って欲しいわけじゃない。」

レオナくんは私の二の腕を掴んだ。ギリギリ、あまりの力の強さに顔が歪む。そのまま私を引っ張って、ベッドの上まで連れていかれた。そのままレオナくんが私の上に跨った。恐怖でガクガクと体が震える。今まで何度か体を重ねたが、ここまで明確に恐怖を覚えることはなかった。レオナくんの唇がゆっくりと弧を描く。何故この状況で笑っているのか私には理解できなかった。

「でも言ったよな?俺にはお前だけなんだよ。」
「レオナ、くん」
「媚でも何でも、どんな形でもお前が側にいてくれるならそれで良い。」
「ご、ごめんなさい、レオナくん。」
「赤子に嫉妬するなんざ可笑しな話だよなぁ。ほら、笑えよナマエ。」

レオナくんはポン、と私の頬に手を置いた後、ゆっくりと顔を近づけていった。
皮肉にも、私たちはそれが初めての口付けだった。






「ファレナ様がな、レオナ様の部屋に行ったんだけど、口論になったらしいんだ。」
「そうなんだ。」
「何で式典に出席しなかったんだ、って言ったらつい二度寝したって言ったらしい。すごいよな、ハートが強いんだか何だか…。仮にも甥っ子のお披露目会だぜ?」
「そうなんだ。」
「おい聞いてんのかナマエ?久しぶりに兄が帰ってきたというのに!」

兄が後ろでプンプンと怒っていたが、それどころではないので無視して式典の片付けを始めた。途中で抜けた私を母は必死で探していたらしい。フラフラ、と廊下を歩く私を見て驚いていたけれど、私の表情を見てそれ以上追求することはなかった。あの口うるさい人が珍しい。

あの後、少しの間気を失っていたらしい私は、レオナくんのベッドの上で目が覚めた。横ではザリザリ、とレオナくんが私の首辺りを舌で舐めていた。
そのまま帰してくれたけれど、また来いよ、と耳元で言われ、携帯の画面を見せられた。そこにはバッチリと先ほどの光景が写っていた。青い顔でコクリ、と頷くと、レオナくんは満足そうに笑っていた。

兄の話から察するに、ファレナ様に式典に出ないのを叱られたのだろう。それで私を呼び出したということか。

「ナマエ、何かあったの?何でも良いから話してみて。」

そう心配そうに見る母に、冗談でも、言う通り媚びていたら思っていたより執着されてしまった、なんてとても言えなかった。