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静かな眠りを与え給え


零くんは私の神さまだ。
初めて会った時から、喋り方とか態度とか随分変わってしまったけれども、昔から変わらず、周りの人へ深い愛を注ぎ続ける。本当に優しく、強く、美しい人なのだ。
零くんの周りにはいつも人がいた。零くんはその周りの人たちのために走り回った。いつも余裕そうな顔をしているけれど、心の中は愛情でいっぱいだった。だから人が集まるのだ。


だから私が汚すわけにはいかないのだ。


「なまえちゃんのことを愛している。心から。ずっと我輩の側にいて欲しい。」

そう真剣な眼差しで私を射抜いてくる目と、私は目を合わすことができなかった。嫌な汗が流れる。零くんに告白された。ずっと憧れて止まない人に。嬉しくないわけがない。ずっとずっと追いかけていたのだから。でも、零くんの周りに集まっている人の顔が思い浮かぶ。もし私が零くんの手を取ったとして、あの人たちはどう思うだろうか。神様みたいな人の横に、私は果たして並べるのだろうか。

「ごめんなさい。」

そう言った時、零くんはただただ微笑んでいた。



-------



「朔間さん振るとか最低だな。」
「何様のつもりなんだろうね。」

確かその日からだっただろうか。周りが私に対して嫌がらせをするようになった。最初はシャーペンなどの小物がなくなる程度だったけれど、最近は靴がなくなったり、鞄を隠されたり、ついには分かりやすくなじってくるようになった。今日も私を非難する声が聞こえて、俯く。下品な笑い声が横を通り過ぎて行った。
あの朔間零を振った人物がいる、というのは瞬く間に事務所で広がったようで、零くんの周りに集まってくるような人たちによくこのようなことをされた。何様のつもり、だなんてそんなの一番私が分かっている。私と零くんは住む世界が違うのだ。零くんは私の神様だから。中学の時から鈍臭い私をずっと気にかけてくれて、こうやって高校を卒業した今もリズリンで働かせてくれている。失敗してもしょうがないの〜と言いながら笑い飛ばして、私の頭を撫でてくれるのだ。そんな綺麗な人と付き合って、私が汚せるわけがないのだ。私は零くんと対等に並べる存在ではない。

「お疲れ様でした…。」
「お疲れ様でしたー。なまえさん、会議室片付けといてくれる?」
「あ、分かりました…。」

一緒に打ち合わせをしていた上司にそう言われ、机の上にあるコップやら資料やらを片付ける。上司はおそらく次の打ち合わせに向かうのだろう。慌てていた様子だった。私は今日特にこの後は何もないから、書類仕事終わらせてから帰ろうかな。
片付けが一通り終わり、会議室のドアを前へ押し出そうとしたが、何故か扉がビクともしない。ガチャ、ガチャとドアノブを何度か回したけれど、扉が開くことはなかった。何度も何度も前へ押し出す。ダメだった。え、と思わず困惑して声を漏らすと、扉の向こうからクスクス、と笑い声が聞こえた。その瞬間にサッと顔色がなくなった心地がした。
ああやられた。どうやら部屋に閉じ込められたらしい。この部屋は事務所の奥の方にあるから、たまに扉の前に大きな荷物が置かれることがあったから、置いていたところで誰も不自然に思わない。携帯はすぐ終わる打ち合わせだから、と思って自分のデスクに置いてきてしまった。
不甲斐ない。そう思うとぽろりと涙が零れ落ちた。どうしてこうなるのか。私は零くんと並び立てる人間じゃないからとあの告白をお断りしたのに、何故こうも嫌がらせを受けるのか。私があの人の愛を一心に受けているとでも思っているのか。そんなわけがない。零くんだってきっと気まぐれで私にそう言っただけだ。あの時零くんはそっと微笑んだまま去っていたのだから。
ずるずる、と座り込む。もう扉を叩いて助けを呼ぶ元気もなかった。夜になったら戸締りの警備の人が確認で室内を見るから、それまで待とう。

「なまえちゃん。」

突然頭上から声が聞こえてきたのでそっと顔を上げると、あの時と同じように微笑んでいる零くんがそこにいた。
扉が開く音が聞こえなかったけれど、彼は扉を開けて中に入ってきていたらしい。驚きとともに安堵が胸を襲う。もしかして、零くんはこの会議室に用があったのかもしれない。

カチャ、静かに音が聞こえた。
見ると、零くんが後ろ手で鍵を閉めていた。それを見ながら、そういえばこの会議室は防音だったよな、とぼんやり思い出す。何故かタラリと背中に汗が伝う感触がした。

「れ、零くん、久しぶり…、その、」
「なまえちゃん。泣いていたのか?可哀想に。目が腫れておる。」

零くんは私の前にしゃがみ込んで、私の頬を両手でで掴み、親指で私の目元を軽く擦った。ドキリ、とする。美しい零くんの赤い目が近い。

「零くん、その、な、泣いてないです。大丈夫だから手を、離して…。」
「…………。」

零くんは真顔になったかと思えばまたニコリと微笑んだ。

「何故早く助けてって言わない?」

顔は優しいはずなのに声が鋭い。零くんの手が私の顔を上に上げた。ばっちり零くんと目が合う。神様みたいな人とこんなに近い。恐怖でドッと汗が吹き出した。

「え、あ、あの、ど、どういう、その、顔が、近いです、だ、だめ、」
「なまえちゃんが我輩に助けを求めれば一発で解決するのに、どうして助けてって言えないんじゃ?まーだ我輩に遠慮してる?その可愛いお口でたった一言言えば良いだけじゃというのに、そんな簡単なこともできないのかのう。」

零くんが私にずいと顔を近づけて親指で私の唇を撫ぜる。離れようとしても零くんの手が私の顔をガッチリと固定していて、離れることができなかった。零くんの目が熱っぽくなる。触れられている。近い。その事実に頭が混乱した。駄目だ、汚れてしまう。汚してはいけない。零くんが神様でなくなってしまう。

「、さ、触らないで、」

パシ、と片手で、零くんが唇を触っていた方の手を払う。零くんは目を見開いていた。その隙に体をそっと離す。
グルグル、頭が回る感覚がする。近付いてしまった。神様なのに。零くんが何故わざわざ鍵を閉めて私に近付いてきたかなんて分からないけれど、とにかく今はあまりここにいてはいけない気がする。立ち上がろうとした瞬間であった。

「いつまで我輩のことを綺麗な人間だと思ってるのかのう。」

零くんがポツリと言葉を発したかと思ったら、私の腕をグイと引っ張って、壁に押し付けた。背中に壁がついている。零くんはまた微笑んでいた。

「なまえちゃん。なまえちゃんが今嫌がらせされてるのはな、みーんな我輩がそういう風に仕向けたからなんじゃよ。」
「は…………」
「なまえちゃん、我輩のこと好きじゃろう?それなのに断るから、ちょっと我輩も混乱しちゃって、まぁでもお灸を据えてやろうかと思ったんじゃよ。周りに告白して振られた〜とか言って相談したら、皆上手いこと動いてくれてのう。それでなまえちゃんが助けてって一言言ってくれたら、我輩もなまえちゃんのこと助けてあげようかのうって思ったら全然言わないからもう心配で……。もう強硬手段に出るしかないかと思った次第じゃ。」

零くんはそう言って私に顔を近付けた。今はもうそれ以上近付いてはいけない、などと思う余裕もない。零くんの真っ赤な美しい目が、今はなんだか赤黒く濁っているように見える。

「で?なまえちゃん。助けてと言わんのか?まさかこのままが良いとは言わんじゃろう。」
「で、でも…」
「でも?このままずっと周りに陰口を言われ嫌がらせをされる方が良いと?選択肢なんてないものじゃろう。ほら、早く言わんか。」

先ほどと同じように零くんが私の両頬を手で包む。零くんの手は大きいから、私の顔がすっぽりと包まれてしまう。確かに選択肢なんて無い。けれど、零くんのいう通りにしたら何かがダメな気がする。でも、零くんは私の絶対で、神様で。でもその神様が私に酷い仕打ちをしているというのに?いや、私が絶対に何かしたから、零くんが怒っているのだ。でも、いや、でも。

「なまえちゃん。」
「ぁ、」
「我輩の言うこと、何か難しい?それとも、言うことを聞きたくない、ということかのう?」

零くんは目を細めて笑った。それは彼と出会った頃と変わらない笑み。
私はその瞬間、体がぞわりとした。
私は零くんに逆らおうとしている?私にとっての神様に?そんなのはいけない。神に逆らってはバチが当たる。そうだ、あの告白も断ったから。だから今零くんが自ら、私に罰を与えているのだ。ああ、あの時断ってしまった。今も零くんの言ったことに躊躇してしまった。なんてことだ。なんてことをしてしまったのか。今すぐ、今すぐ返事をしなければ!

「零くん…。」
「ん?」
「ご、ごめんなさい、私、言うこと聞けなくて、あ、その、た、助けてください。」
「ふふふ、勿論。」
「あ、ありがとうございます、あの、それから、あの時、あの時零くんを受け入れられなくてごめんなさい、あの時はどうかしていたの、も、もしまだ間に合うのであれば、私を、側に、側に置いていただけますでしょうか、」
「……あの時、ああ。そのことか。本当に良いのか?」
「も、勿論です。本当です。」
「ふ、ふふ、ハハハ、そうか。ふふ、嬉しいのう。」

零くんは私を壁に押し付けたままきつく私の体を抱きしめた。後ろが壁だから、スッポリと包み込まれているような感じがする。それだというのに、私の体は何故か一向に震えが止まらない。どうしてか涙もボロボロと零れ落ちていく。
止まれ!零くんが私を受け入れてくれたのに!どうして震えが止まらない!
ふと、零くんは私の頭を撫でた。落ち着けてくれようとしているのだろうか。やはり、彼は心の底から優しい人だ。こんな私を受け止めてくれるのだ。神様だ。神様ー、
そこまで思って、思考が停止する。頭を撫でていた零くんの手が、私のうなじの方まです、と落ちてきた。
そのまま手が首を撫ぜたかと思えば、彼が少し体を離し、私の顔をじっと見つめる。熱っぽい目に、嫌な予感がした。そのまま顔が近付き、固まっている間に零くんの唇が私のそれと重なった。
べろ、零くんの舌が私の唇を舐め、少し顔を離した。汚してしまう。このままじゃ零くんを。

「口開けて」
「あ…、で、でも、」
「断ると?」
「っあ…。」
「ずっと、ずっと我慢してきたのに?なまえちゃんは我輩を受け入れてくれるとばかり思っていたんじゃがのう…。」
「、ご、ごめんな、さい、その、ん、」

零くんは私がいう前にまた口付けた。どうしよう、と一瞬迷ってしまったが、先ほどの零くんの言葉が頭の中に流れ、そっと口を開けると、そのまま零くんの舌が捻じ込まれた。グチュグチュと音が響く。私はなんてことをしてしまったのか、と罪悪感で一杯だったけど、零くんが頭をまた撫でてくれたから、これが正解なんだと言われいているような気がした。目を閉じれば、ポロリと涙が溢れた。

「なまえちゃんは我輩のこと汚しちゃう〜とか思ってるんじゃろう?純粋な子じゃからのう。」

長い口付けが終わった後も、零くんはうっとりしたような顔で私の頬を掴んでいた。私はそのまま零くんを見つめる。

「でもそれ間違いじゃから。むしろ汚されるのはなまえちゃんの方じゃから。」

その瞬間、私は冷たい床に押し倒された。