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君の居場所は


美味しく食べてねの続き




ナイトレイブンカレッジでは一年生からでも進路希望調査や面談をする。優秀な魔法士達が集う学校ということもあり、早めに就職への意識を高めていく狙いがあるらしい。私も一応はこの学園の生徒であるため、先生にしっかりと希望調査票をもらった。しかし、いまいちピンと来ない。何故なら私はいつまでもこの世界にいるわけにもいかないし、もし万が一ここに留まることになっても、果たして私に居場所はあるのか。

「おーいなまえ、帰るぞー。」
「あ、ご、ごめん。すぐ行く!」

エースに呼ばれ、進路希望調査の紙をグシャッと鞄に適当に放り込んだ。






「ふ、」
「んぅ…なまえちゃんもっと口開けて。」
「ん…ぅ?!ふ、ちゅ、」

放課後にラギー先輩と、こういうことをするのは本当に数十回目だが、未だに慣れる気がしない。ラギー先輩に言われた通り口を少し開けると、ニュル、と舌が入ってきた。先輩の右手が私の後頭部に当たる。思わず逃げそうになったが、右手に阻止されてそれは叶わなかった。口内の舌が動くたびにチュクチュクと音を立てるのが恥ずかしく、ギュッと目を瞑れば、ラギー先輩が私の耳を手で塞いだ。すると、先ほどまでしていた音が頭にまで響いているような気がして、思わず顔が紅潮するのが分かった。それでも、先輩はまだキスを止めない。だんだん自分の手の行き場がなくなって、先輩の服を両手でギュッと掴んだ。先輩の服にシワができる。

「…っは、んむ」
「ッい、た」

ラギー先輩はようやく唇を離したが、最後に私のそれを噛んだ。プツリ、血が出る感覚がする。先輩はそれを舐めとった。先輩の噛み癖は今に始まったことではなかったが、最近は回数が増えてきていた。私も口を指で拭うと、そこに少量の血が付く。勿体ない、と言って先輩は私の指につく血をも舐めとった。チュル、とまた音を立てる。だんだん先輩が興奮してきているのが分かったが、気がついたときには押し倒されていた。フー、フー、と荒い呼吸を繰り返す先輩の瞳孔は開いている。私は最近ずっと先輩が怖い。先輩に言われてからずっと他の男の人とは連絡も取ってないし、必要最低限の人としか会話もしない。なまえは変わってしまった、とクラスメイトがぼやいていたのも聞いた。だから先輩は、ずっと上機嫌だった。私をずっと甘やかしてくれる。私のことを好きだって、愛してるって言ってくれる。だけど、私は先輩の愛が深まっていくのが何故だかすごく怖かった。なんだか、底知れぬ穴に落ちていくようで。彼の目を見るのが怖くなって、再びギュッと目を瞑る。

「こっち見て。」

する、先輩が私の頬を撫ぜる。甘くて、優しい声。でもどこか張り詰めたような冷たさがある。怖くなって、そろ、と目を開けると、先輩の顔がすぐそこにあった。バチリと目と目が合う。いつもだったら先輩の可愛らしい目。こういう時に彼の目はドロリと情欲で濁る。思わず逸らそうとすると、片手で顔をガッチリと掴まれてしまった。

「見ろ。」

その一言で、私は従わざるを得なかった。以前に、食べてやろうかと脅された日から、私とラギー先輩の関係は変わった気がする。彼の声一つで、私の体は動いてしまうのだ。

「ん、良い子っスね。ねぇ、なまえちゃん、今から良いっスよね?」
「っ……。」
「ね、早く答えて?俺なまえちゃんが良いって言わないとできないッスから。ね?良いっスよね?」
「……。」

ラギー先輩はいつもこうやって私から言わせようとする。一応ハイエナの習性上、こうやって女の人に許可を得てから行わないといけないらしい。

「何で答えないんスか?俺とするの嫌?」
「っいや、嫌とかでは、」
「じゃあ何で良いって言ってくれないんスか?」
「そ、れは……。」
「俺が怖い?」

先輩は曇りない目で私を見つめる。空いていた片方の手が私の腰の方をなぞった。怖い。その一言がラギー先輩に言えない。あの日から、正直怯えない日は一日もなかった。

「ふふ、ビクビクしちゃって…かぁ〜わいい。」
「あ、ラギー、先輩。違います、怖いとかでは、」
「じゃあダメな理由ないじゃん。何?そんなに前みたいに噛んで欲しいッスか?」
「っそ、れは……」
「へぇーなまえちゃんって痛い方が良いんスね。それだったらそうしてあげるッス。」
「…っ、あ、あの、い、良いです。良いですから……。痛くしない、で。」

そう言ってラギー先輩の腕を縋るように掴めば、先輩は私の頬にキスを落とした。ちゅ、ちゅと何度も繰り返される。先輩の手が私の服に手をかけた。そこからしばらくシーツの布切れを擦る音が部屋に響いた。




-------



「あ、なまえちゃんおはようッス。」

目が覚めたら、先輩はきちんと服を纏って準備を終えていた。手には紙切れを持っている。私だけが未だに何も身に纏っていない。ぼんやりとしていると、先輩がグラスを渡してきた。水だった。行為をした朝の先輩は、いつだって優しい。いつだって、こうやって私に水を与え、甘やかしてくれるのだ。私が怯えている先輩の姿とは全くの別人であった。グラスを受け取る。私が水を飲んでいる間に、先輩が髪を梳かしてくれる。その間に先輩は私に色々な話をするのだ。

「さっきレオナさんのとこ行ってきたんスけどね、全然起きねーの。まぁ今日は休みだから別に良いんスけど。ただお義姉さんから連絡があるらしいから早めに起こせって言われたのに。ありえないっスよ。」
「今日の食堂の朝食美味かったっスよ。今度一緒に食べに行きましょうね。」
「そういえば、ジャックくんから聞いたんすけど。一年生進路希望調査があったらしいっスね。」

その言葉に、一瞬ドキリとした。別に先輩からしたら何てことないお喋りなのかもしれないけれど。でもなんとなくこのことについて話しては行けない気がした。無意識にシーツを握りしめる。

「オレたちの学年も進路希望調査あったんスよ。まぁまだピンとはきてねーけど。でも適当に書いて出したっス。」
「で、ですよね。」
「なまえちゃんもなんて書いたんだろーって気になっちゃって。さっき鞄の中見ちゃったっス。」
「え、」

ピラリ、ラギー先輩は髪を梳かしている手を止め、真っ白な紙を眺めた。進路希望調査だった。乱雑に入れてあったからか紙がグチャグチャで、それは間違いなく私の物だった。

「書かないんスか?」
「思いつかなくて……。」
「こんなん適当で良いっスよ。別に先生もまじで真剣に考えて欲しいわけじゃないだろうし。」
「で、でも…。何か書く気になれなくて。」
「書いたら帰れなくなりそうだから?」

そう先輩に言われて体が固まる。黙ってしまったことを先輩はどう思っただろう。あ、水全部飲んだんスね。片付けてあげる。不自然なくらい明るい声が部屋に響いた。先輩は私からグラスを取り、部屋を出た。ジャー、と水の音が聞こえる。オンボロ寮も壁が薄いが、サバナクローはどちらかというと防音というには不親切な作りだった。私は未だに裸であることを思い出し、床に散らばった服を取ろうと腰を上げた。しかし、腰が痛くてバタンと床に転げる。そのまま立ち上がることができず、ずりずり、床を這った。

「何してんスか!」

先輩の驚いた声が部屋中に響く。慌てて彼は私の元へ来た。服を着ようと、と言うと、先輩は苦笑しながら、散らばった私の服を集めた。

「オレが着せてあげるッス。」
「あ、あの、一人で着替えます。毎回、恥ずかしい。」
「そんなんでできないでしょ。はい、バンザーイ。」

そう言われた体が勝手に動く。先輩がユニーク魔法を発動したらしい。先輩は固まったままの私に上の服を着せた。そのまま、下着やスカートも履かせる。最近朝はずっとこのような状態だ。

「なまえちゃんは」
「……?」
「なまえちゃんはずっと、ここで甘えてて良いんスよ。」

ラギー先輩は私をそっと抱きしめた。骨っぽいが、意外と大きい体に包まれて、今はラギー先輩の匂いしかしない。

「帰りたいんスか?」
「……。」

ラギー先輩の問いに答えることができない。しかし、返答はただ一つだった。ここの世界にもだいぶと慣れてきたが、私は慣れ親しんだ元の世界へ帰りたい。いつかは、帰らなくちゃいけないと思う。ラギー先輩の腕の力が強くなった。

「元の世界へ戻ってどうするんスか?なまえちゃんはこーんなに弱いのに。今だって、オレがいないと水を飲むことも服を着替えることもできやしない。」
「それは、」
「戻ったって、何にもできないなまえちゃんは悪いやつに捕まってパクって食べられちゃうのがオチ。だからって、きっとだーれも助けてくれないッスよ。ここに留まって、自立したとしても。魔法の使えない人間なんて、必要とされるッスかね?でもオレなら、なまえちゃんを守ってあげられる。」
「……。」
「甘やかしてあげる。なまえちゃんが何も考えられないくらい。だから、どこにも行かないで。」

ラギー先輩は私の頭をすりすりと撫でる。彼の顔が見えないから、今どういう表情をしているのか分からないけれど、きっと見ない方が良いのだろう。

「なまえちゃんの居場所は、オレだけで良いんスよ。」

ラギー先輩と私は、しばらくずっとそのままでいた。
先輩の心臓の音が、トク、トクと規則正しく鳴る。たぶん、きっと、ラギー先輩の言う通りにした方が楽なんだろうな。いっそ受け入れてしまえば、私は楽になるのだろうか。