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レオナさんが就職先斡旋してくれる


監督生





「魔法が使えない人間?ダメダメ、お断り!こっちは優秀な魔法使いをいっぱい雇ってるから、いくらナイトレイブンカレッジの学生でも魔法使えないんだったら要らないよ!」

何度目かの断り文句を言われ、社長さんは私をポイッと外へ放り出した。
ツイステッドワンダーランドへ来て早四年。私はついに帰る方法が見つからないまま卒業を迎えようとしていた。普通の生徒はもうとっくに向こうで言う就活のようなものを終わらせて、今はお気楽に残りの学園を謳歌しているが、私はというと、魔法が使えない人間というこちらの世界ではイレギュラーな存在故、全く進路が決まっていなかった。今まで猛獣使いだのなんだの言われてきた私でも、流石にこうなってくると焦ってくることもある。学園長からは、学園の席を用意すると言ってもらえてるけれど、それは本当に最終手段にしたい。四年間、食費に生活費にそれはそれはお世話になったのに、その後もお世話になるだなんて図々しいだろう。今後も今みたいにチクチク文句言われるのも嫌だし……。とにかく、何でも良いから早く就職先を見つけなければならない。いつも冒頭で言われたように、魔法使えないやつはお断りだ、って言われるから、全くうまくいかないんだけれど。未だに元の世界に帰れないのはすごく辛いけれど、ウダウダ言っていたって何も変わらないんだから、少しでもこの世界に馴染めるように頑張ろう。そう思いながら、携帯を覗くと、見知った人から連絡が入っていた。

今日夜空けとけ。

レオナさんだった。レオナさんは今や夕焼けの草原の第二王子として、公務に忙しいようで、以前のようにグータラできる機会もなく働いているらしい。らしいっていうのは全部ラギー先輩から聞いたからだ。卒業した先輩は皆それぞれの進路へ行ったものの、ちょこちょこ連絡をくれて、何度か会っていた。レオナさんも、卒業後一年ほどは数度会ったけれど、それ以来パッタリと連絡が途切れていた。その代わり、それなりの大企業に就職したラギー先輩とは会っていたので、レオナさんの話はよく先輩から聞いた。あのレオナさんがあくせく働いている話は、私からすると衝撃的だったので、よく覚えている。しかし、ラギー先輩がたまに遊びに行った際にはものすごくこき使われるそうだ。ラギー先輩のゲンナリした顔を思い出しながら、携帯をタップする。空けとけって、まるで私が何も予定がないみたいな言い方だな、レオナさん。まぁ何もないんだけどさ。わかりました、と返信を打ち、オンボロ寮へと戻る。帰ったら一度荷物を置こう。グリムに今日の成果も報告しなくちゃな。何も得たものはないから、これといって報告することは無いんだけどさ。そう考えていたら少し気分が落ち込んだ。私はいつになったらこの世界に受け入れられるのだろうか。


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「帰ってくんのが遅ぇ。」

オンボロ寮に戻ると、もう先にレオナさんが談話室のソファでくつろいでいた。すみません、と言って慌てて鞄を置く。グリムは何故かいなかった。いつもこの時間にはいるのにな、そう思って周りを見渡したが、グリムの気配はなかった。

「あいつならラギーと出かけて行った。今日はお前に話があるんだよ。」
「話?」
「ああ。とりあえず早く着替えろ。これ持ってきたから。」

そう言うとレオナさん私に布切れを投げた。慌てて掴んだそれを見れば、謂わゆるドレスである。それも自分が着たこともないような。見た目はシンプルだけど、触り心地が柔らかくて、襟のところに宝石が散りばめられている。これを持ってきたから、ということは、私にこの服を着れということなのか。狼狽る私に、レオナさんは、早く着替えろという目線を送ってきたので、急いで部屋に戻ってドレスを袖に通した。着替えたのは良いが、こんな高価なドレスなんて着たことがないから、妙に落ち着かない。部屋を出ても尚ぎこちない動きの私に、レオナさんはフハっと笑ったかと思えば、私の手を取ってくれた。すごい。流石本物の王子様だ。

その後はあっという間で、オンボロ寮の前に黒くて長いピカピカの車が止まっていたかと思えば、お付きの人が出てきてあれよあれよと車に詰め込まれ、景色の良いレストランに連れてこられた。レオナさんの手に引かれて中に入れば、かなり愛想の良い店員さんがテキパキと案内して、私たちはいつの間にか食事を取っていた。ドレスもそうだったけれど、こんなところで食事を取ることも初めてだったので、緊張して食事がなかなか喉を通らない。このいっぱいあるフォーク、一応これから使い始めたけどこれで良かったんだよね?スープって音立てて啜っちゃダメなんだよね?チラッとレオナさんを見れば、これまた見たこともないようにお行儀よく料理を食べていた。な、慣れていらっしゃる……。レオナさんの所作を見よう見真似で行ってみたが、合っている気がしない。そうこうしているうちに、メインは一通り終わり、今はデザートを待っていた。レオナさんはワインをグビっと飲んだ後、こちらをじっと見つめて口を開いた。

「なまえ、進路は決まったか?仕事を探してるとラギーから聞いたが。」
「あー……その話ですか。残念ながら、決まってませんね。どこも魔法が使えないってなると門前払いなんです。」

そう言って、私も目の前やドリンクを一口飲む。こちらの世界の果実を使ったジュースだ。柑橘の類の一つらしく、飲んだ瞬間は甘いが、後味が少し苦い。就活の話をされた瞬間、今日言われた言葉を思い出して、少し気が沈んだ。グラスの取手をスリスリ、となぞって、気を紛らわす。

「学園長は、学園で働けば良いって、言ってくれてるんですけどね。なんだか甘え辛くって。」
「甘えればいいじゃねぇかよ。もっと楽に生きねーと損するだけだろ。」
「分かってはいるんですけどね……。」

レオナさんの言うことは最もで、それが損だということはこの学校に四年間いると嫌というほど分かった。何かあるとすぐに対価を要求してくるし、協力して欲しいって言っても自分に利益がないと手伝いもしない同級生や先輩方を思い出して苦笑する。そうこうしているうちにデザートが運ばれてきた。シンプルなバニラアイスだった。

「……まぁ、そんな真面目ちゃんなお前に良い話があるんだよ。今日はそれを伝えに来た。」
「え、そうなんですか?良い話?」
「仕事のことだ。俺が紹介してやるよ。」

そう言うとレオナさんは数枚の紙を私に手渡した。どうやら契約書の類らしい。条件や概要などがそこに記されていた。驚いて思わず書類を突き返す。

「え、これ、何でしょうか。」
「あ?王宮での仕事だよ。困ってるんだろ?」
「そうですけど……。で、でも頼るわけには。」
「甘えろって言ってんだろ。条件は悪くねーぞ?とりあえず見てみろよ。」

レオナさんはまた私に書類を渡した。その拍子に紙の端がクシャッと潰れる。仕方なく書類を受け取ったが、レオナさんに就職を頼るのも申し訳ないし、どうしたものだろうか。チラリ、と流し見していたら、条件の欄を見て二度見した。レオナさんからニヤニヤした視線を感じる。見間違いかもしれない、と思ってもう一度見たけれど、やっぱり見間違いじゃなかった。だってマドルの値段がおかしい。しかも住み込みで個人部屋、三食付きで王宮の仕事ができるなんてこれはかなり高待遇じゃなかろうか。こんな魔法が使えない奴に護身はできると思えないし、できても家事くらいだろうから多分お手伝いとかだろうけど、他のお手伝いと比べても圧倒的に待遇が良い。やはり王宮だから…?いや、こんなのおかしい。絶対ブラックに決まっている。

「どうだ?悪くねーだろ?」
「確かにすごく良い……。で、でもこんなの、何か裏があるとしか。」
「スキャンダルが命取りの王家だぞ?裏なんかねーよ」
「だ、だってこんな、おかしいですよ、」
「ボーナス弾むぞ」
「?!」
「休みもたんまりくれてやる。」
「ど、どれぐらいでしょうか。」

私が喉をゴクリ、としながらレオナさんを見つめると、レオナさんはウェイトレスを呼び出してペンを持って来させた。サラサラ、とメモに何やら書き、そっと私の方へその紙を置いた。おそるおそる紙切れを取ってそれを見ると、書類に書いていない条件が記されている。その瞬間に衝撃が走った。……え?こんな条件で本当に私を雇ってくださるの?良いの?紙を持つ手が震える。さっきまで誰かに頼るのは…とか甘えるのは…とか思っていた私の考えがガラガラと崩れ落ちていく感覚がした。だってただでさえ未知の世界の就活に苦労しているのに、この条件を目の前にぶら下げられて落ちない人なんていないと思う。学園長の出した条件が悪いとかではなく、なくて!

「で、どうする?正直他の国でもこんな条件の所なんてねーぞ?」
「う、うう……。お、お願いします……。」
「よし、じゃあ契約も確認したろ?ここにサインしろ。」

レオナさんは書類のサイン欄を指でトントン、と叩いた。そう言われて二枚目が契約書であったことに今更気付く。見ていなかったな、と思って見ようとした瞬間に、レオナさんに「内容なんて何時間働くとかいつ給料払うとかそんなんだからそんなマジマジ見るもんでもねーぞ」と言われたので、それもそうか、と思って最初の方だけ軽く見た。レオナさんにペンを渡されたのでサインを書く。…何かレオナさんめっちゃ見てるな。いや、周りのお付きの人とかウェイトレスの人も見ている気がする。怖いからサッサと終わらせよう。

「はい、書けましたよ。」
「よし。じゃあ、これからよろしく。卒業まではちゃんとしたやつは待ってやるけど、明日王宮来い。」
「え?!明日?!」
「ああ。一応王家は順番にはうるせえからな……。明日朝に迎えに来るから準備しておけよ。服は適当に見繕ってやる。」

レオナさんは面倒臭そうに頭を掻いた。お手伝いといえど、王家ってやっぱり礼儀とかにしっかりされているんだな……。これから頑張らないといけないな、と身が引き締まる思いがした。
食事が終わり、レオナさんの手に引かれながらお店を出た。帰り際に、ドア付近にいたウェイトレスさんが、レオナさんに向かっておめでとうございます、と深く頭を下げ、レオナさんはそれを見て、ああ、と声を掛けていた。ここは王家御用達なんだろうな。こんな高価なお店の人に顔を覚えられているなんてやはり住む世界が違うなぁ。


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朝になると、レオナさんは本当に来た。しかし、昨日とは連れてきている従者の人の数が圧倒的に多かった。昨日にはいなかった女の人が何人かいる。扉を開けて狼狽えていると、レオナさんは入るぞ、と言って中に入っていく。それに伴い、御付きの人はどんどん中に入っていき、私も女の人に「ささっ急いでくださいなまえ様!」と言って部屋に連れて行かれた。一応私の部屋なんだけれどな、と思っている間に、何の説明もなく服を着替えさせれ、化粧を施され、髪を整えられた。着せ替え人形のような気分を味わい、ゲンナリしていると、レオナさんが見たこともないような綺麗な格好をされていた。昨日の格好も綺麗めなフォーマルだったけれど、今日は民族衣装のような格好をしている。そういえばルーク先輩が夕焼けの草原の正装について教えてくれたのを思い出した。目を丸くしている私の手を、レオナさんが握った。

「ホラ、行くぞ。」

そのまま鏡を通り、王宮へ行くと、ズラッと従者の人が私たちを待ち構えていた。ヒェ、夕焼けの草原って、お手伝いにもこんな対応しているの。何だか落ち着かないから普通にして欲しいんだけど、と思っていると、奥から今まで通ってきて見た中で、一番大きな扉が見えてきた。多分大広間だろうなぁと思っていたら、従者の人が扉を開けてくれた。本当に、ただの庶民なのでここまでしないで欲しい……。
中を覗くと、やはり王様に謁見できる広間であった。王様や王妃様らしき人が奥の方で座っているのが見える。部屋が広すぎて奥があまり見えない。あ、あの駆け寄ってくる小さいのは…。

「おじたんっ!おかえりなさい!ねぇねぇ、今日はおしごといつまでやるの?僕今日は魔法教えて欲しい!」
「おい、チェカ、グルグル周りを回るんじゃねぇ。」
「あのね、さっき火の魔法ちょっと使えるようになったんだよ!おじたんに早く見せたくてがんばったの!」

は、話を全く聞いていない。やはりこの甥、初めて会った時から思っていたけど只者じゃないな……。レオナさんの周りを物凄い速さで駆け回るチェカくんを見て硬直してしまった。レオナさんは手をおでこにつけながら、はぁ、と溜息を吐いた。

「チェカ、落ち着け。こいつが困ってんだろ。」
「だって僕すっごくうれしいんだもん。今日おじたんがおよめさんつれてくるって聞いたから!」

え、そんな大事な日だったの、って思っていると、レオナさんを見ていたチェカくんの輝く視線がこちらに移った。ん?

「お姉たんがおじたんのお嫁さん?」

チェカくんがそう言った瞬間、シーンと広間に沈黙が広がった。そんなわけないでしょ、と言おうとしたが、言葉が出てこない。だってどう考えてもおかしい。レオナさんがそんな大事な日にお手伝いの挨拶のために時間を割くわけがないし、私がこんなきらびやかな格好をしていて良いわけがないし、御付きの人があんな大勢で出迎えるわけがない。おまけにレオナさんが一言も否定の言葉を発しない。何でだよ。間違えたって言ってくれ。私が黙ったのを不思議そうな顔をして見ているチェカくんに居た堪れなくなり、フッと奥に目線を移した時であった。

「なまえさん!」

何と座っていた王様夫婦が揃ってこちらまで来た。やってしまった。王自らに出迎えに行かせるなんて。顔が青ざめる感覚がした。す、すみません、と謝罪の言葉を述べながら王様に近付いた瞬間である。

「ありがとう!」
「へ」
「レオナは、本当に、気難しいやつで、このままどうなるかと……。でもなまえさんの話を聞いてすごく安心した!レオナが学生の時に初めて貴方のことを聞いた時には本当に感動して……。どうかこれからよろしく頼みます!」
「義妹ができるなんて嬉しいわ。夕焼けの草原の女は強いから、レオナに何かされたらすぐに女性の従者に頼ってね。勿論、私にいつでも相談してくれて良いから!」
「おい、やめろよ夫婦揃って。暑苦しくて見てらんねー。」
「お姉たん!僕お姉たんの世界のこと知りたい!教えて、ねぇねぇお姉たん!」

頭がクラクラする。どうしてそうなってるの。しかし、否定の言葉を挟む余裕がない。ファレナさんは涙ぐんでるし、王妃様はとても嬉しそうだし、チェカくんは私の服を掴んでずっと喋りかけてくる。この親子、全く人の話を聞く気がないらしい。レオナさんはレオナさんで、呆れているけど口を挟んでくれる様子はないし。一体どういうことなんだ。

「もういいだろ。ったく、来るのはこいつの卒業後って言ったのに会わせろってうるせーから会わせてやったのに困らせてんじゃねぇよ。」
「だって素晴らしいことじゃないか!相手を選ぶことなく公務に励んでいるのも全部なまえさんと結婚するためだったんだろう?」
「え」
「レオナがそこまでするなんて……会いたいに決まってるじゃないか!そしてお礼を言いたかった!本当にありがとう、なまえさん!」

ファレナさんは私の両手を掴み、おいおいと泣いた。い、言えない。私そんなつもりなかったんですなんて。ファレナさんってこんな人だったのか。レオナさんと真逆じゃないか。ファレナさんは、私の部屋を用意しており、今夜は泊まって欲しい、ということを泣きながら私に話した。その話を聞いて、チェカくんは大いに喜び、私は泣いた。心の中で。こんな状況の中で泊まって行かないという選択肢は不可能である。そのままファレナさんと王妃様としばらくお話しし、それが終わると引きずるようにレオナさんに部屋に連れて行かれた。一人部屋にしては広い。ベットもフカフカそうだ。普通に来ただけだったら嬉しかったんだろうな、普通だったら……。

「荷物その辺に置いとけ。後、替えの服はここに入ってる。後はー……」
「レオナさん。どういうことですか。」
「どうもこうもそういうことだよ。」
「いや、一ミリも理解できません。わかりやすく教えてください。私に何が起きてるんですか。絶対お兄さん達間違えてますよね。」
「間違いじゃねぇよ」

そう言うと、レオナさんはニヤリとしながら見覚えのある紙を私に掲げてきた。それには紛れも無く私のサインがある。しかし、その横にはあの時は一切なかったレオナさんのサインが記されていた。驚いてレオナさんから紙を受け取って、契約書のページを食い入るように見つめた。あの時はきちんと見なかったけれど、契約書の最後の方には紛れもなく婚姻時に結ぶような内容が書いてあった。焦りが募り、紙を持つ手が強まる。グシャリ、紙が潰れる。

「これは紛れも無い婚姻届ってやつだよ。契約書はちゃんと読まなきゃなぁ、なまえちゃん?アズールの時に学んだはずだろ?まあ協力してくれたのはアイツだがな。」
「いや、契約書なんか見るもんじゃないって言ったの、レオナさんじゃないですか、」
「んなこと言ったけなぁ。全く覚えてねえ。」
「そ、そんな。私、まだ結婚とか考えたことない、です。」
「兄貴の顔見たか?俺でもあんな顔見たことなかったぞ。ああ、よっぽど嬉しかったんだろうなぁ。チェカもお前に会えるのをずっと楽しみにしてたんだぜ?お前が家に来たらいっぱい遊んでもらうってな。」

そう言うとレオナさんは私を抱きしめた。レオナさんの匂いに包まれる。私は体を動かすことができず、硬直したままだった。その中で、先程のファレナさん達の様子を思い出す。私がここで騙されたとか、違うとか否定の言葉を投げかけたら彼らはきっと悲しむだろう。私に彼らの喜びを潰す心はない。でもまだ元の世界に帰れるかも、って思っていたからこの世界で結婚するつもりなんてないのに。そもそもレオナさんと私は恋人ではないのだ。悶々と考えていると、レオナさんが私の頭を撫でた。びっくりするほど優しい力である。今はそれがむしろ怖い。

「永久就職おめでとう、なまえ」

嵌められた。レオナさんの腕の中で、目を瞑りながらそう思うのであった。