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きみの不幸を食べるバケモノ


※ケーキバース




バイト先によく来てくれる彼女。
いつもニコニコしていて、ご馳走様でした、って声をかけてくれる。かわいい。
この前はいつものお礼に、ってチョコをくれた。優しい。
おまけに何かいい匂いするし。

彼女に対する認識はその程度。向こうも仕事の昼休憩にここを利用するだけだから、ただの顔見知りだ。……そう思っていたのだけれど。

「あ、椎名さん。こんにちは。」
「なまえさん!チーッス!……って、お隣の方は……。」
「仕事の同僚です。今日は打ち合わせがあって、ここを利用させてもらうことになりました。」
「……そ、そうなんすね。いらっしゃいませ、注文うけるっすね。」

いつも来てくれる常連のなまえさん。と、一緒に来た見知らぬ男の人。いつもなまえさんは食堂に一人か、女の同僚の人と数人で来るのだけれど、その日は違った。あくまで仕事の打ち合わせで来たって分かってるはずなのに、その日はなかなか料理に集中できなかった。ちょっと焦がして怒られた。厨房から何度もなまえさんの方を確認したけれど、彼女が楽しそうに笑っているのを見て後悔した。何で見ちゃったかな〜……。ああ嫌だ。


レッスンが終わり、自宅に戻って今日の出来事を思い出していた。また蘇るなまえさんのあの笑顔。胸がなんだか気持ち悪い。お腹が空いているんだろう、と思い込み、彼女から貰ったチョコを口に放り込んだ。
……ハァ、味がしない。己の体質を呪いながらチョコレートを溶かして飲み込んだ。お腹がずっと満たされないだけでなく、味がしないなんて最悪だ。

「ギャハハ、ニキくんたっだいまぁ〜!」
「うわ出た!燐音くん酒臭いっすよ!またこんな時間まで何してたんすか!」

ウチにたまに居座る燐音くんがご機嫌で帰ってきた。急に騒がしくなる。あ〜最悪だ……。ちらりと時計を見れば、もう針は深夜1時を指していた。先に寝るべきだったな……。燐音くんは俺のベッドにどかっと腰掛けた。このまま寝るんじゃねぇの?この人。まじで最悪。

「あん?ケーキんとこ行ってた。最近仲良くなった子がケーキだったんだよな〜。本当ラッキーだわ。」
「ケーキ……。」

俺が一言発せば、燐音くんはちらりと俺を見たかと思えば今度はベッドに寝転んだ。こいつにはマナーというものはないのか。

「お前も早くケーキ見つけろよ。探せばすぐ見つかるっしょ。」
「いや、なんかそういう適当に、とか嫌なんすよ。燐音くんと違って不特定の子と会うの面倒だし。」
「ずっと味がしねぇのって拷問じゃね?満たされないとストレス溜まんだろが。向こうが嫌がってなけりゃあ良いんだよ。何だったら俺っちのオトモダチ何人か紹介しようかァ?」
「余計なお世話っす!燐音くんのお下がりとか死んでもごめん!」

燐音くんのニヤケ面に腹が立ち、頭をはたいた。何すんだよ、と言いながら抵抗しない。お酒が入っているからぼんやりとしているらしい。これはもう風呂に入らずこのまま寝るな……。僕も歯磨きして寝よう。立ち上がった時に、燐音くんが呟いた。

「まぁまじで溜まりすぎるのは良くねぇから。ちゃんと考えとけよ。」

そしてすぐにイビキをかきだした。殴りてぇ。



この世の人間には性別以外に3種類に分類される。
そう教わったのは小学生くらいの頃か。まずは普通の人間。特にこれといって特徴はない。7割はこいつらだ。二つ目はケーキと呼ばれる奴ら。見た目は普通の人間と変わらないが、彼ら彼女らの皮膚、涙、汗、他諸々、味がするらしい。そしてフォーク。ケーキの味や匂いが分かる奴ら。ケーキの味しか感じられない奴ら。ケーキは誰がフォークとか見分けられないらしいけど、フォークはケーキのことが分かる。味覚が分かんなくなっているから、ケーキに対して異常な執着を見せる奴がいるようで、予備殺人者とも言われている、らしい。僕もあんまり詳しいことは分からない。僕が分かっているのは、今僕はフォークであるということだ。味がしない、と感じたのは割とつい最近のこと。食に拘っている僕にはすごくショックだった。何度も確認したけれど、一向に味がしない。生きていくために仕方がないとは言え、味気ないご飯をずっと食べなければいけないのかと絶望したけれど、数年経ってもう慣れてしまった。人間ってそんなもんっすよね。横でぐーすか寝てる燐音くんもそう。燐音くんは比較的マシな症状らしく、ケーキの女の子と割とライトな付き合いをしている。この人ぐらい吹っ切れたら楽なんだろうな。ずっと美味しいと思ったことがない。いつか運命の人が現れて、その人がケーキだったなら、僕はどうなってしまうのだろうか。ケーキってどんな味なんだろう。食べたい。食べたい。食べたい。

(って、何考えてんすか。ダメダメ、相手を苦しめるようなことするなんて。)

そのまますぐに眠りについた。


------


「あ、椎名さん。こんにちは。」
「なまえさん!こんにちはっす!……今日は1人なんすね。」
「そうなんです。仕事してたらいつの間にか昼休憩を過ぎてて。同僚はみんな休憩取った後で置いていかれたんですよね。」

えへへと、恥ずかしそうに笑うなまえさんに、どうしようもなくキュンとする。やっぱりかわいい。僕が照れながらそうなんすね、と言っていたら、厨房の人が気を利かせてくれて、休憩入って来いよ、と言ってくれた。

「あ、あの、なまえさん。僕も休憩なんすけど、良かったら一緒に食べませんか?」
「良いんですか?嬉しいです。椎名さんとゆっくりお話ししてみたかったので。」
「ほんとっすか?!あ、エプロン置いていくんで、先に席取って待っててくださいっす!」
「分かりました。」

僕は急いでエプロンをしまった。急ぎすぎてぐちゃぐちゃにしてしまったかもしれない。少しでも長くなまえさんと一緒にいたいから、急いで支度した。賄いを持って食堂へ向かうと、なまえさんがヒラヒラと手を振った。2人がけの席だった。向かいの席に腰かける。なまえさんは定食ランチを食べていた。

「椎名さんってこの後も厨房なんですか?」
「はいっす。今日は燐音くんから連絡もないから、たぶん予定とかも入ってないんじゃないっすかね。」
「そうなんですね。最近すごい勢いですよね、Crazy:B。」
「ん〜、でも燐音くんのやり方が結構強引だから恨まれることも多いっすよ。僕はあんまりアイドルに拘っているわけじゃないから別いいけど……。」
「でも椎名さん、ダンス上手ですよね。ライブ映像見て感動しました。」
「え、見たんすか……。恥ずかしいっす。」
「事務所が動画サイトに何個かアップしてしましたよ。ほら、見ます?」

なまえさんが椅子を僕の近くまで持ってきて、スマートフォンの画面を見せに来てくれた。ち、近い。画面には、僕たちがライブで踊っている姿が映っていた。正直、僕は自分のライブのこととか本当にどうでも良かったけれど、黙って見ることにした。……それにしても、なまえさん本当にいい匂いだなぁ。なんだろ、チョコみたいな甘い匂いというか。チラッ、となまえさんを見た瞬間だった。

ドクンッ。

心臓が大きく揺れた。食堂はあまり空調が効いていない。今の時期は、空調をする必要もあまりないため、少し中は暑かった。だから、なまえさんが汗をかくのは普通なのである。だけど、僕は、何故かそれから目が離せなかった。汗、なまえさんの汗。いい匂いだ食べたいいや駄目だろ何考えてんだあ、落ちる勿体ない勿体ない勿体ない勿体ない!
ベロリ。
気づいた時にはなまえさんの汗を舐めていた。なまえさんは驚いて固まっているらしい。逃げ腰になっていたけれど、僕は無意識になまえさんの腕を掴んでいた。彼女は逃げることが出来ず呆然として僕を見ていた。僕は全くなまえさんの顔を見る余裕はなくなっていた。甘い。美味しい。最近感じたことのない味覚。さっきの賄いも全く味がしなかったのに。なまえさんに貰ったチョコも全く味がしなかったのに。なまえさんの汗は最高に美味しかった。いや、汗だけじゃない。たぶん、なまえさんの汗が伝った皮膚。そこも味がする。そうか。なまえさんは。

「ケーキだったんすね。」
「……え。」

僕は掴んでいた彼女の腕を引っ張り、そのまま空いていた会議室に連れ込んだ。鍵をガチャリと閉めれば、彼女は分かりやすく震えた。

「僕ね、今までずーっと味がしなかったんす。もう諦めてたんですけど。」
「し、椎名くん、離して!」
「燐音くんが溜め込んじゃ駄目だからって、何回もケーキの子紹介してくれるって言ってくれて。でも要らないって言ってたんす。でもやっと分かった。」
「し、椎名くん……?」
「なまえさんが運命の人ってことっすよね!」

パァと笑みを浮かべる僕とは対照的に、なまえさんは顔を青ざめて、まるで絶望的です、みたいな顔をしていた。何故そんな顔をするのだろうか。変なフォークに捕まるよりも、僕みたいな穏やかなフォークに見つかった方が絶対に良いのに。ツツ、と彼女の喉に触れれば、彼女はまたビクリと体を震わせた。はぁ〜いい匂い。早く食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。

「し、しい、椎名さ、ん。あの、こ、このことはど、どどどうか内密に、して、くださ、い。」
「ん?なまえさんがケーキってことをっすか?」
「そ、そそそうです。そ、そうすれば、椎名さんが、ふぉ、フォークってこと、もば、バレませんから。」
「え?もしかして僕の心配してくれてるんすか〜?優しいな〜なまえさんは。でも僕の心配は要らないっすよ。」
「ち、違っ……な、な、なんで、もしますから。お願いし、します。」
「怖いんすか?あ、そういえば燐音くんもフォークって勝手に言っちゃったもんな。大丈夫っすよ。燐音くんには指一本触れさせませんから。あ、でも今何でもするって言ってくれたもんな〜。良いっすよ。内緒にしてあげる。だから、とりあえず、今から僕の家に行こ?」
「……え。」
「何でもするって言ったじゃないっすか〜。僕は別になまえさんに触れさせる気は全くないっすけど、なまえさんがケーキって知れば、他のフォークは寄ってくるかもしれないっすよね。ああ、考えただけで嫌っす。ねぇなまえさん、早く行こ?」

返事も聞かず、なまえさんの腕を再び引っ張る。なまえさんは、先ほどよりもさらに汗をかいていた。嗚呼!勿体ない勿体ない!早く家に帰ってたくさん堪能しよう。


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「よぉ、ニキくぅーん!たっだいまぁー!」
「燐音くん相変わらずの図々しさっすね。」
「良いじゃねーかよ別に。お、なまえちゃん久しぶりー。あ?前来た時よりガチガチになってんじゃん。可哀想だろこんなんしたら。」

燐音くんがまたまた酔っ払って僕の家に来た。最悪だ。時計は夜10時を回っている。燐音くんは、僕の家に最近住んでいるなまえちゃんと久しぶりに会ったようで、彼女の姿を見てギョッとしていた。彼女の足には足枷が付いていて、あまり自由に動けなくなっている。

「だって……この前、僕がちょっと仕事で忙しくて遅くなった時に、逃げようとしてたんすよ……。僕びっくりしちゃって。仕方がないから一時的に厳重にしてるっす。」
「はぁ〜。呆れるねぇお前は……。そんなんだからなまえちゃんに好かれねぇんだよ。」
「え?好かれてるっすよ?昨日夜に好きって何回も言ってくれたっす。」
「あらかたお前が好きって言わないなら指でも食いちぎるって言ったんだろ?はー怖い怖い。俺っちみたいなライトな付き合いをしろよ。」
「僕は燐音くんと違って一途なんです!」

ね、なまえちゃん。そう言って彼女を見れば、力なく頷いた。


「……だから溜め込みすぎんなって言ったんだよ。」