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そして大人になる


物心ついた時から、私は英智くんの許嫁ということになっていた。それに特に文句もなかった。私の姉だって、私が生まれた頃には既に決まった相手の方がいたと聞いていたし、それはもう当たり前のことだった。英智くんとは何度か会う機会があったけれど、物腰の柔らかいとても素敵な人だった。気も合って会話も弾んだ。体が弱いことだけは気がかりだったけど、私は英智くんと結婚することに何の疑問も抱かなかった。

「なまえちゃん、紹介したい人がいるんだけど。」

そう、その時が来るまでは、そう思っていた。


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「おい。」

こっそり抜け出して、いつもの河川敷の芝生に腰掛けて、夜空を眺めていた時、後ろから声を掛けられて大げさに驚く。恐る恐る後ろを見れば、そこには呆れ顔の見知った顔が立っていた。学校帰りだろうか、彼は制服姿のままだった。

「け、敬人くん。何故にここに……。」
「それは俺の台詞だ。こんな夜に何故お前がここにいるんだ、早く帰れ。ご両親が心配するだろう。」
「だ、大丈夫だよ。たぶん。」

相変わらず保護者みたいにピーピーうるさい。敬人くんは昔からお小言が多くて、説教がうんと長いのだ。今もお前は危機感が足りん、とか言ってブツブツ言いだした。こうなったら止まらないので、私はいつも聞き流すことにしている。彼の周りにいる人は尊敬する、こんなお説教にずっと付き合っているだなんて、私だったらたぶん気がおかしくなる。

「おい、聞いてるのか。」
「へ、あ、はい、聞いてます。」
「じゃあさっさと帰るぞ。ほら、送るから立て。」
「え、い、嫌だ。私だったら大丈夫だから、先帰ってよ。……まだ、帰りたくない。」

敬人くんが私の腕を掴んで引っ張ろうとしたため、その腕を引き剥がそうとしたが、ビクともしない。せめてもの抵抗に、俯くと、彼は動きを止めて、私の腕からスルリと手を離した。

「……またご両親と喧嘩をしたのか。」
「……。」
「はぁ……。相変わらずだな。今度は何で喧嘩したんだ。」
「……べ、別に、大したことじゃ、」
「お前からしたら大したことなんだろう。意地を張るな。話してみろ。」

そう言って敬人くんは座り込んだ。私も、少ししてから座る。敬人くんは、黙ってじっと空を見ていた。私が話し出すまで待っていてくれているのだろう。昔から、私が元気のない時、すぐ見抜いてはこうやって隣にいてくれたな、とぼんやり彼を横目で見つめた。今日はよく月が出ていて、周りを照らしている。水面がキラキラしていて綺麗だ。

「……お父さんがさ、高校卒業したら結婚しろって。」
「……。」
「何だか、最近私の家も、うまくいってないみたいで、しかも英智くんも病弱で、いつ死ぬか分からないからって。でも、私は、大学行きたいな、とか思ってたから、まだ早いかなって思って、したくないって言ったんだけど、でも、お母さんもお父さんも駄目だって。」
「……そうか。」

昔は英智くんと結婚することなんて当たり前の道筋だと思っていた。だけど、その考えは大人になるごとに変わっていった。そもそも、どうして親に自分の道筋を決められているんだ、私にだって、やりたいことがあるのに、そう思うようになった。大人になって、より定期的に英智くんと会うようになって、ますますその思いは膨らんだ。英智くんのことは好きだ。でもそれは、お友達としてである。英智くんのような人と結ばれれば、幸せな未来が描けるという理屈も勿論分かっている。でも、そういう、理屈では片付けることができない気持ちが湧いてきた。

ーーなまえちゃん、こいつは敬人だよ。僕の幼馴染なんだ。

あの時、英智くんの隣に立っていた男の子と出会って、私の世界が変化した。

ーーおい、なまえ! お前また抜け出したんだろう!
ーーうわ、敬人くん! やめて、お説教しないで!
ーーいや、家に帰るまでみっちり説教してやる。ほら、帰るぞ。

厳しいけど、優しい男の子。不思議な感覚がした。一緒に過ごすのがすごく楽しかった。隣に立つとドキドキした。それとともに、沸々と、どうして私には決められた道筋があるのか、という疑問が沸き立つようになった。英智くんのことは嫌いではない。でも、英智くんにはこんな感情が出てこなかった。分からなくなった。私は、この先このままで良いのか? そう考えるようになった。そう思うようになってから、両親との喧嘩が増えてきたのである。

「……英智は、」
「え、」
「あいつは、お前と一緒にいる時はすごく楽しそうだ。」
「……。」
「あいつにとって、お前は特別な存在なんだろう。いつもお前が英智と会う日、あいつは体調が悪くても無理してお前と会おうとしている。なまえに、会いたいと思っているんだろうな。」
「……そ、そうなんだ。」
「別に無理にとは言わん。なまえにだってやりたいことがあるというのは分かっている。でも、いつかは、英智の側にいてやって欲しい。」

敬人くんの顔を見る。相変わらず彼は空を見ていると思っていたら、じっとこちらを見つめていた。敬人くん、そう言うけれど、何でそんな顔してるの、そう口を開こうとした。でも、それを言っては駄目な気がして私は口を噤んだ。

「そ、そうだ、ね。はは、駄目だな。私いつまでも子どもだな……。」
「……。」
「思い通りにならないことだってあるって、ちゃんと、理解しなきゃならないのにな……。」
「……そうだな。俺も、そうするべき場面には度々出会ってきた。それが、正しいと信じるしかないんだ。」

ポツリ、敬人くんが呟く。何だか泣きなくなって、私は空を見上げた。
夜空には、月が雲に隠れることなく、綺麗に出ている。

「ねぇ、敬人くん。」
「……どうした。」
「月が綺麗だね。」

彼が私に言葉に返すことはなかった。