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小学校5年生くらいからだろうか、私には好きな人がいた。衣更真緒くんという名の、いつもクラスの中心で笑っていた、太陽のような子であった。その当時私はどちらかというと内気で、真緒くんを眺めるだけでも精一杯だった。しかし、偶然彼と隣の席になった時、真緒くんは私に気さくに話しかけてくれ、何とか挨拶を交わせるようになり、やがて少しずつ目を見て話すことができるようになった。なまえ、と真緒くんが呼ぶだけで、私の心がポカポカしたのを覚えている。

私たちはそのまま地元の中学に進学した。中学生になってからというもの、真緒くんはあっという間に背が伸び、大人っぽくなって、見る見るうちに格好良くなった。同学年の女子のほとんどが、真緒くんを見れば騒つく程度には格好良くなった。周りに頼られるタイプだった真緒くんは、あれよあれよと言う間に人気者になり、またまたクラスの中心になっていた。何だか真緒くんがまた遠くなってしまったような、そんな気がして少し寂しかったけれど、真緒くんはいつも私に話しかけてきてくれた。小学生の時は背丈が近かった真緒くんは、いつの間にか私より目線が高くなっていて、話しかけられるたびにドキドキした。

そんな毎日が続き、私はついに真緒くんに告白することを決心した。叶う算段なんて無かったけれど、真緒くんが誰かの物になる前に伝えたかったし、自分の思いに一区切り付けたかった。その時は、真緒くんの周りで色恋沙汰が絶えなかったからである。そろそろ、真緒くんにも好きな人が出来る頃であろう。その前に、私の思いを伝えたかったのだ。ただ、私は臆病だった。直接自分の胸の内を明かすのは物凄く恥ずかしかった。そこで、恋文を書くことにしたのである。文字にすれば、まだ、恥ずかしくない。そう踏んで、レターセットを家から持ってきて、放課後、誰も教室に居ないことを確認して、自分の想いを書き出した。程なくしてからだっただろう、あの人が教室に入ってきたのは。

「あれ、ま〜くん居ないの〜……? 」

突然の侵入者に一瞬驚いたが、姿を見てすぐに誰か判断できた。確か、二年生の。名前は忘れたけれど、いつも真緒くんと一緒の先輩だ、とその時私は他人事のように考えていた。どうしよう、何でここにいるんだろう、と考えているうちに、眠そうにしながら、その先輩は私の所までゆったりと歩いた。あ、この人に見られたら駄目だ、そう思って、書いていた手紙を机の下に咄嗟に隠した。

「ねぇ、あんた、ま〜くんがどこにいるか知ってる? 」
「ま、真緒くんは、たぶん、部活に。」
「え? あれ、今日部活だったっけ〜。忘れてた。もういいや、一人で帰ろ……。」

ふわぁ、と欠伸しながら先輩は後ろを振り向いた。良かった、何とかバレずに済んだ、と私が一息ついて手紙を出した時であった。先輩が突然振り向いたと思えば、私から手紙を奪ったのである。突然のことで咄嗟に動けなかった私は、勢いで椅子から転げ落ちた。ガチャン、と椅子が倒れる音がする。尻もちをついた私は、呆然と先輩を見上げた。先輩は、じっと私の手紙を見ていた。恥ずかしくなって、顔に熱が集まる。やめて、見ないで、そう言って先輩から手紙を取り戻そうと手を伸ばした時であった。

「……馬鹿馬鹿しい。」

ビリッと音がしたかと思えば、紙切れが上から降ってきた。手紙を破られたのだ、と判断したのは紙切れが床に全て落ちた頃だった。しばらくしたら、勝手に涙が溢れた。何故、とか、そんなことは考える暇が無かった。私の頭の中は完全にキャパオーバーしていた。ただ、この人の前で泣きたくなくて、下を向いて唇を噛んだ。

「最近ほんっとま〜くんに近づいてくる意味の分かんない女が多すぎるんだよね……。お陰で最近周りがわーわーうるさくて眠れないから最悪。ま〜くんは優しいから言わないけどさぁ……。」

先輩が何やらブツブツ言っていたが、私には何も頭に入って来なかった。ただでさえ知らない人と話すだけでも苦労するタイプだったのに、この異様な空気間に耐えられそうも無かった。怖かったのである。単純に、初対面の人にこんなことされれば、誰だって怖いだろう。体が震える。膝より長いスカートの上に、涙が落ちた。止まれ、そう思っても涙が止まらなかった。無意識に唇を噛みすぎていたのだろう、口には少し血の味が広がっていた。

「……ねぇ、ちょっと、あんた。」

不意に声をかけられ、先輩の方を向こうとすると、いつの前にかすぐ目の前に先輩がしゃがみこんでいた。驚いて体が大げさに震えた。初めて先輩と目が合った。顔をきちんと見ていなかったが、彼の赤い瞳が何だか不気味に見えた。私は尻もちをついたまま、無意識に後ろへ下がった。すると何故か、先輩も私の方へと来た。怖くなってズルズル、と後方へ行くも、気づけば壁に背が当たった。先輩はすぐに私の前まで来て、壁に手をついた。ずい、と顔を近づけられた。先程あんなに酷いことをされたばかりだというのに、今度は何をされるのだろう、と目線を床まで落とした。たらり、と汗が出る。すると、先輩が不意に私の唇を触った。

「あ〜あ……。噛んじゃって……。」
「っ……。」
「血出てるじゃん。ふふ、良い匂い。そのまま、動かないでね。」

グニグニ、と唇を押されたかと思うと、先輩の顔がより近くなった。先輩が私のそれを舐めたということが分かったのは、先輩が私から離れた時であった。何、そう思う前に、先輩は私の瞳から勝手に流れていた涙をも舐め始めた。ひぃ、と口から漏れ出てくる声にも御構い無しで、彼が止める様子が無かった。

「やめ、やめて、やめてください、」
「やだ。だって美味しいんだもん。あんたが血なんて出して俺を誘惑するから悪いんだよ? 」

やめて。気持ち悪い。怖い。頭の中がグルグルとして、吐き気がしてきた。何でこんなことするんだ。私は、ただ真緒くんが好きで、その想いを伝えようとしただけなのに。何故こんなことになっているのか。震える手で彼への抵抗を試みたが、全く歯が立たなかった。

「……お、くん、」
「……? 」
「ま、お、くん……。」
「……。」

ついうっかり真緒くんの口に出してしまったことに気がつき、体が固まった。目の前の先輩は何故か無言になり、教室にはシン、と静寂が広がる。先輩が無言になったのは気になったが、私は今この時こそ抜け出すチャンスだ、と思い、そろりと足を動かそうとした。すると、ガッと先輩に足を掴まれた。喉から小さく悲鳴を漏らす。先輩が、こちらを見ていた。赤い瞳が、怪しく揺れている。彼は足を押さえている方とは逆の方の手で、私の首を掴んだ。何、と思えば、彼は苛立ったような顔をしながら、その顔を首筋に近づけてきた。

「な、何っ」
「動かないでよ。」
「ひっ、や、やめ、」
「あれ、凛月? 何やってんだよこんなとこで。」

彼の息遣いを首筋に感じていた距離感の所で、ガラリ、と教室の扉が開いた。明るい声。太陽みたいな男の子。

「……ま〜くん。」
「って、なまえ?! な、何やってんだお前ら?! 」
「何って見て分からない? もう、ま〜くんって本当に空気読めないよねぇ? 」
「え、お前らってそんな関係だったの? 」
「ち、ちが、違います! 」
「そ、そうか……? ん。あれ、なまえ、口から血出てるぞ。切ったの……って、おい。」

その瞬間、真緒くんが、ジロリと先輩を見た。先輩は真緒くんから目を逸らした。真緒くんはため息を吐きながら、教室の電気を点けた。いつの間にやら教室は暗くなっていたらしい。彼が電気を点けるまで気づかなかった。

「ごめんな? なまえ。こいつも悪気があったわけじゃ……ない、こともないけど、悪い奴じゃないんだよ。ただちょっと変な奴なだけだから。」
「え、あ、うん……? 」
「ていうか、お前部活とか入ってたっけ? こんな遅くまで何してたんだよ。」
「あ、うん、いや、か、課題、課題してました。」

途端に、先輩にラブレターを破かれたことを思い出して、顔が青くなる。いくら真緒くんに近づいて欲しくないからって、あんな、破るなんてことしなくて良いのに、そう思って彼をチロ、と見ると、彼は私に向かって舌を出した。いわゆるあっかんべーである。無性に腹立たしくなって、私は鞄をまとめ出した。

「俺も手伝うよ。」
「い、いいよ、あの、私、もう、帰る、ね。」
「あ、送ろうか? 一人で帰れるか? 」
「だ、だ、大丈夫、です。失礼、しましたっ……! 」

パタパタ、と教室から出た。信じられない、本当にあの人は何なのだ。その日は家に帰って、一日中彼のことを考えていた。何であんな酷いことが出来るのだろう、真緒くんと仲良しじゃなかったら誰かに話せたのに、そうグルグルずうっと考えたのだった。後から知ったことなのだが、その先輩の名は朔間凛月と言い、真緒くんとは幼馴染に当たる人物らしい。また、そのルックスから、二年生の中でもトップクラスの人気だったらしい。(どうやらその一つ上の兄もそんな感じであると、これもまた後日真緒くんから聞いた。)
その後、私は真緒くんへの告白の機会を逃しに逃しまくり、ふと気がつくと中学を卒業していた、というオチだった。

これが私と凛月先輩の出会いである。






「ま〜くんさ、いつから見てたの? 」
「は? 」
「格好良いよねぇ、あのタイミングで出てきたら。俺完全に悪者じゃん。」
「いや、あれは完全にお前が悪いだろ! 」
「こんな遅くまで何してたんだよ? だって。白々しすぎるよ、ま〜くん。」
「……何の話だか分かんないな。」
「ふわぁ……ふ……まぁ俺にはあんま関係ないことだから良いんだけど〜。」
「だったらああいうことすんなよな。」
「ま〜くんに近づく面倒臭い奴だと思ったけど、血は美味しかったなぁ……。良い匂いしたし……。」
「……。」