92
月神香耶side
こんな過剰なスキンシップもいずれは慣れるんだろうか。
否、私には耐えられない。
逃げたら夜が怖いので、こうなったら最後の手段に出ることにした。
「……なにやってるの」
総司君が午前中の巡察から帰ってきたところを狙って…
「すみませんでした総司様! もう二度とあんなことしないから許してください!!」
秘技、謝り倒し。
「君って人前でべたべたされるのは嫌でも、土下座して謝るのは平気なの?」
彼がそう言うのも無理はない。
だってここは玄関だもの。私たちの横を一番組の隊士たちが、ちらちらと横目でこちらを見ながら通り過ぎていく。
「平気なわけあるか! 恥を忍んでやってるんだよ!!」
謝るなら一時の恥!
がばっと顔を上げると、総司君は私の顔を見て、一瞬目を見開いた。
そして。
「うわぁ!!?」
彼はおもむろに私を肩に担ぎ上げて、まっすぐ部屋にむかって疾走した。
総司君の部屋に着くと、彼は後ろ手でぴしゃりとふすまを閉めて、私を畳に降ろした。
「総司君?」
「香耶さん……それ、他の男の前でやらないでよ」
「は?」
私は目を瞬かせる。
総司君は私に視線をあわせて、ほっぺたをぷにぷにとつついてきた。
「紅潮して涙目になって、可愛い顔」
そう言われて私は、あわてて頬に手をあてる。
けれど総司君の大きな手が、私の手をそっとどけた。
「香耶さんの珍しい顔が見られたから、特別に許してあげようかな」
「ほんと?」
「はぁ。香耶さんの可愛い表情がみんな僕のせいだったらいいのに」
「無茶言わないでよ。大所帯なのに」
「やっぱり閉じ込めときたい」
ここでそれ言うとシャレにならないよ。
「そんなんされたら家出する」
「それはだめ」
「はぁ…私はどうしたらいいのかな」
「他の男と喋らないで。笑いかけたりしないで。目もあわせないで。……って、本当は言いたいけど、そんなお願い事は現実的じゃないよね」
「まあ、ね……」
「ならみんなに香耶さんが僕のものだって知らしめておきたい」
「総司君……」
彼の深緑の瞳の奥には、不満とか不安とかがくすぶっていた。
「……じゃあ、百歩ゆずってさ、女々しいお願いかもしれないけど……」
「うん」
「僕に“好き”って言ってよ。香耶さんは一度も言ってくれたことないじゃないか」
あれ、そうだったっけ……?
ひと月前からの記憶を反芻してみるけれど、確かに……ないな。
「……わかった」
私は姿勢を正して総司君に向き直った。
うん。いざ言うとなると緊張する。
「私、ちゃんと総司君が好きだよ」
「香耶さん……」
総司君は破顔した。
「僕も君が好き」
どちらからともなくお互いの身体を抱きしめれば。
温かくて、安心して、ほら。
「…嬉しいな」
「うん。僕も」
「私、生きてる」
「当たり前でしょ」
腕にぎゅっと力をこめて。
「僕は香耶さんがなんだっていいんだ。今、僕の腕の中にいるのが、君なら」
「………」
「……あ、照れてる?」
「照れてなんかない」
「あはは照れてるじゃない」
真っ赤になった耳を髪で隠してよそに目を向けると、総司君に両手で頬を挟まれて視線を戻される。
それから、ふわっと唇を重ねて。
「この顔も、僕のものだよ」
憎体に笑う彼の顔は、もうすっかり“沖田総司”らしい笑顔だった。
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