90
月神香耶side
翌朝。自室の布団の中で目を覚ます。
なんだか髪を撫でられているような感触が、心地いい。
意識がゆるやかに、明るいところへと浮上していく。
「……くぁっ、ふあぁ」
いつものように遅い持間。掛布を抱き込んで寝返りを打ち、うっすら目を開けた。
働き者の千鶴ちゃんは、もう朝餉の支度を手伝いに行っただろう。隣の布団はすでに綺麗に上げられている。
二度寝でもしようと思って再び瞳を閉じると…
「おはよう香耶さん」
「どぅわ!?」
枕元に座る総司君に、至近距離で覗き込まれて一瞬で目が覚めた。
寝乱れている寝巻きの衿をとっさに掻き合わせる。
私の髪を撫でていたのは総司君だったようだ。
「なんでここに……朝稽古の時間じゃないのかな」
新選組隊士たちの屯所の生活は、八木邸にいた頃とあまり変わりはない。
朝、起床と共に一斉に床を上げて清掃が行われ、その後は道場や野外などで早朝稽古が始まる。そして朝食はその後で。
「自主的に休憩をとってるんだよ」
それって……さぼってるんだよね。
私は布団から身を起こし、彼に背を向けて開いた衿を整える。総司君は私の肩に羽織をかけてくれた。
「で、自主的な休憩の間にわざわざ私に何の用かな?」
「うん、まぁ馬鹿な話なんだけどさ。昨日の晩、境内で幽霊を見たって隊士がいて」
「うん?」
「しかも二匹」
「ほう…」
「抱き合ってたんだって」
「へ、へぇー…」
「そのうちの一人が、長くて白い髪の幽霊で」
「………」
「背がこのくらいで……そうそう、屋根にいたのを見たってやつもいたかな」
「……ごめんなさい」
「だよね」
総司君……笑顔が黒い。
「抱き合ってたって?」
「いや、あれに深い意味は無くて、ただ暖を取ってたというか、友情を交わし合ってたというか」
「そう。誰と?」
「……敬助君」
「山南さん……」
総司君は難しい顔をして黙り込む。私は眉尻を下げて上目遣いで彼の顔をうかがった。
すると。
「わ、ぇ」
強引に布団に押し倒された。
「ちょ」
「とりあえず君にはお仕置きが必要だね」
「お仕置き!?」
なんとか離れてもらおうと、彼の筋肉質の肩を押すと、総司君はそれに逆らってさらに顔を近づける。
「ぅくっ、力強いな! 前は振りほどけたのにっ」
それに一分の隙もない。
「そりゃあ鍛え方が違うもん。もうこんなふわふわの香耶さんに負けるはずないでしょ」
「ふわふわ……ってこら二の腕を揉むなっ! 私が脂肪だらけって言いたいのかあんたは!?」
「さわり心地は最高だよ?」
フォローになってないよ!
そのまま帯を解こうとする彼の手を、思いっきりつねって阻止した。
「このまま私を襲ったら実家に帰ってやる」
「うわ、それは困る。一生迎えに行けないよ」
私の実家は遥か未来だからね。
総司君は名残惜しそうに身を起こす。
「仕方ないなぁ。じゃあ朝餉の時間までには別のお仕置きを用意しとくから」
「いやあの」
「逃げたら今晩部屋に連れ込むよ」
「君どんだけ欲求不満なの」
じゃ、早く着替えてきてね〜、なんて言いながら総司君は部屋を出て行った。
私は再び布団の上に身を起こし、重いため息を吐く。
確かに、最近は部屋からもろくに出てなかった。……正確には出してもらえなかった。
一ヶ月以上木刀も握ってない。運動不足は否めなかった。
「………鍛えなおそうかな」
二の腕を掴みながら独りごちる私の声は、部屋にむなしく響き渡って消えたのだった。
← | pagelist | →