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月神香耶side



二条城警護からひと月ほどすぎたある日。
深夜、西本願寺の境内に人影を発見した。

「あ、けーすっけくーん!」

「香耶君ですか……こんな時間にそんなところで何をしているのです」

「あ、はは、怒らないでよ」

私がいることころは高い屋根の上。敬助君の姿を屋根の淵から見おろしている。

「月光浴だよ。君だってそうでしょ」

「……そうですね」

私は棟の繋がる渡り廊下の屋根から地面に飛び降りて、再び境内に戻った。

「さすがに本堂の屋根からは飛び降りられないようですね」

「ここはちょっと高すぎるからね」

「しかしあんなに端によっていては、いつ落ちるともわからないでしょう? せめて大屋根に登るのは止めたほうがいいですよ」

「それ、幹部みんなに言われたよ。だからこんな時間なら誰にも見つからないと思ったのだけど。敬助君こそすっかり夜型生活みたいだね」

「羅刹の研究をするのには夜に起きていたほうが都合がいいのですよ」

「知ってる? 今、西本願寺の境内では幽霊が出るって噂になってるんだよ。さて、噂の正体は私か君か、どちらだろうね」

「まさか、貴女も毎日出歩いているのですか?」

「おっと、今君は墓穴を掘ったね。私は今日、たまたま寝付けなくてあそこにいただけだよ」

「ああ、なるほど。では幽霊の正体は私で決まりですね」

私たちはくすっと笑いあった。
そして、敬助君は自嘲的な笑みを浮かべて境内に視線をやった。

「幽霊でも羅刹でも、夜にしか動けないのは変わらないですからね」

「そうだね。私たち吸血鬼同士だからねー」

「貴女というひとは……」

「まあ、散歩くらい大目に見てもらおうよ」

「だからと言って屋根の上はどうかと思いますが」

「あれ、そこに話を持ってくの? 屋根うんぬんの話はもう終わってるんじゃ…」

「終わってなどいませんよ。先ほど幹部達に再三注意されているにもかかわらず、あいかわらず改善していないと言ったでしょう」

「いやーだってせっかく絶対安静という名の自室軟禁から解放されたんだよ」

少し自由にさせてくれたっていいじゃない。


「ああ、沖田君と雪村君は大変だったようですね」

「いや大変だったの私だっつの」

「しかし引き続き安静にしていなければならないと松本先生には言われたはずでしょう?」

「も、もうその話はいいじゃない。私だっていっぱい我慢してるんだよ」

「……しかたありませんね。今日だけですよ」

「ありがと敬助君!」

「はぁ…貴女はいつも何事でも楽しそうなんですね」

「もちろん、私だって悩むことくらいあるさ」

「それはすみません。嫌味で言ったつもりではないのですが」

「ふふ、君と話してるとやっぱり面白いなあ」

「そう、ですか……」



私はおもむろに敬助君の瞳をひたと見つめる。



「傷を負うたびに、自分が奇異なものだと自覚する。私は化け物で、でも人間で……人間だといつも自分に言い聞かせてるけれど。
本当は自分が何者なのか。生きているのか死んでいるのかさえ、今でも不安に思うときがあるんだ」

「───!」

私は敬助君の右手をそっと取る。

「私の手、どうかな」

「……温かいですね」

「敬助君の手も、温かいよ」

そして、どちらともなくふわりと微笑みあった。

「……すこしわかりました。貴女の言いたいことが」

「うん」

手を離そうとすると、敬助君のほうからぎゅっと握ってきて、離せなかった。



「例え私たちが化け物だとしても……、こうして、今ここにいるという、私たちの存在は変わりません」

「うん」

私はもう一度、彼の手を握り返す。

「大事なものはきっと変わらない。例え、血が、姿かたちが変わろうとも。私たちは私たちだ」

「ええ……」



敬助君は、私の手を引いた。
バランスを崩した私の身体を抱きとめて、そしてぎゅっと抱きしめた。

「けい、すけくん」

「……ほんの少しで良いので、このままでいさせてください」

私は小さくうなずいた。
とくとくと、敬助君の生きてる音が聞こえる。



「……温かいですね」

「敬助君も、温かいよ」

そして静かに笑いあった。

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