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雪村千鶴side
「そういえば香耶さん、松本先生に診てもらったんですよね。どうでしたか?」
「それは、ええと……」
私の問いに、香耶さんは明らかに目を泳がせた。
「そう言や、総司よりおまえのほうがよっぽど悪いって聞いたぜ」
「そうなのか!?」
「おい、出てきても大丈夫なんだろうな」
「も、もっちろん! 私だってなんともなかったんだから」
みんなの視線が注目すると、香耶さんは硬い表情で笑ってうなずいた。
「嘘だな」
「嘘だ」
「ああ、嘘だ」
「ちょっとちょっと!」
平助君、原田さん、土方さんと畳みかけられて、香耶さんは頬をひきつらせる。
香耶さん、隠し事は多いけれど嘘はつけないんだよね。
沖田さんがにっこり笑いながら、挙動不審な彼女の肩をがっちり掴んだ。
「香耶さんは虚弱体質のため些細な病でも命取りになるという診断でした。特に今は病み上がりで体力が落ちてるから絶対安静。部屋から出ないようにと松本先生から厳命されてます」
「そ、総司くーん」
みんなの白い視線が再び香耶さんに集中した。
何でだろう。
へたりと耳の垂れた白いうさぎが、怖い狼に囲まれてるみたいに見える。
それにしても。
虚弱体質……それで父様が香耶さんのことを重い病だと言うだろうか。
私は心の中で首をひねった。
みんな、沖田さんの言葉はすんなりと受け入れたみたいだったけれど、あの時話を聞いていた私にはどうしてもひっかかった。
香耶さんの嘘と違って、沖田さんの嘘は私には見破ることはできない。
でも……
沖田さんがついているなら大丈夫だよね。
だって、見ているこっちまで切なくなるくらい、沖田さんは香耶さんのことを想っているもの。
そして香耶さんも……
すこし、うらやましい。
私にもいつか、あんなふうに想いあえる人が現れるといいな。
たくさんの願いを胸にいだいて。
私も、先を歩む香耶さんの背中を見つめながら、歩き出したのだった。
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