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沖田総司side
「香耶さーん、もうすぐ夕餉の時間だよ」
みんなが大掃除の仕上げをしている中、僕は香耶さんを探して、屯所の廊下を歩いていた。
香耶さんが掃除する場所って言ったら、自分と千鶴ちゃんの部屋か、もしくは僕の部屋だよね。
香耶さんはいつも僕の身体のことを心配してるから。
僕が巡察でいない間に、彼女がこっそり部屋を掃除しに来てる事だって、僕は知ってる。
好きな女の子に心配してもらえるのって、すごく嬉しいけれど……
逆に心配するほうは、気が気じゃないんだよね。
僕の部屋の近くまで来ると、ふすまが半分開いていることに気づく。
やっぱり、ここに来てるんだ。
そっと部屋をのぞくと……
「──香耶さん!?」
彼女は畳の上に倒れていた。
さっきあんな話を聞いたせいか、僕は酷く動揺する。
弾かれるように駆け寄って、彼女の肩を抱き起こした。
「ふぁ……? 総司くん……?」
「はぁ……寝てただけか」
腕の中で香耶さんが目を覚まし、僕は深く息をついて脱力した。
「ふふっ…今日は茶殻で畳を拭いたんだよ。畳きれいでしょ」
「……ああ、うん。たしかにね」
寝起きの調子でふわふわとしゃべる香耶さんに、僕もすこし笑った。
君は知っているかな。
畳はもちろん綺麗だけど
……香耶さんが部屋にいるってだけで、もう違うんだよ。
香耶さんのやわらかい気配とか、いい匂いとかが、空気を浄化してくれてる気がして。
僕は彼女を抱いてる腕に力をこめて、彼女が纏うあったかい空気を吸い込んだ。
香耶さんは、僕のいつもと違う雰囲気に首をかしげる。
「総司君、何かあったの? 診察の結果、良くなかった……?」
「ううん。僕の身体は健康だってさ」
「なんだ。そっか、よかった」
香耶さんは、ほわっと微笑んで僕の身体を抱き返した。
優しいぬくもりに包まれて、涙が出そうなくらい、心が震える。
僕はもう、香耶さんがいなければ、息さえできなくなるのかもしれない。
「香耶さん、明日は僕と一緒にいて。絶対離れないで」
「明日? ……うん、わかった」
彼女の手が、僕の頭や背中を撫でてくれる。
香耶さんは強いね。
こんな小さくて細い身体で、どんなに酷いことも受け入れて。
いつでも幸せになる努力をしてる。
だから僕も、もっと、もっと強くなって、香耶さんのそばに立ちたい。
先を見すえて生きる香耶さんと、肩を並べて歩きたい。
ただ祈るように、僕はその身体をずっと抱きしめていた。
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