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沖田総司side



必ずしも、時渡りで見たように、僕が労咳になると決まったわけではない。
なぜなら、世界は、香耶さんでさえ分からないくらい、たくさん、たくさんあって。
あの時見た世界は“もしも”の世界であって、僕の未来だったとは限らないんだ。

そう、香耶さんは言っていた。
彼女が言うなら、僕は信じる。

僕だけの未来があると。
僕には、掴み取ることができると。

そのための知恵と勇気は、香耶さんにもう貰ってるはずだから。



僕は香耶さんの計らいで、個別に診察を受けることになった。
医師の松本良順先生を探しながら屯所をぶらぶらしていると、奥から深刻な話し声が聞こえてくる。

「羅刹……変若水……。どうして、どうして父様は、そんな研究を……」

そこにいたのは千鶴ちゃんと、近藤さん、そしてくだんの松本先生だった。
こんなところで新選組の機密に関する話をしているらしい。
僕はしばらく気配を殺して様子をうかがうことにした。

「だからこそ、良心の呵責に耐えかねた綱道さんはここを去ったんだろう」

「しかし……あれは幕府が、新選組の戦力増強のために与えてくれた知恵だ」

「あの計画は失敗だ。行わないほうが良い。幕府も見切りをつけているはずだ」

「むう……」

松本先生の言葉に近藤さんが唸る。
たしか香耶さんも、羅刹の研究にはいい顔をしていなかった。
あれはいずれ、僕達を破滅へと導く物かもしれない、って。



「部外者に文句を言われる筋合いはありません」

重い空気を憮然とした声が貫いた。

「我々は我々の裁量で、例の薬を有効に活用させていただいています」

言いながら、ふらりとどこかから現れたのは山南さんだった。



「しかし危険だ。あの薬は強すぎる」

「研究は続いています。そしてすでに、この私という成功例もあります」

「確かにそうかもしれん。だが君の場合は…」

「ええ、香耶君の力添えあってものもでしたが。でもあの薬も研究と改良を重ね、少しずつこの成功例に近づきつつあるのです」

「今までと比べて犠牲者が減れば良い、という話ではない。無駄死にするものは、もうこれ以上、ひとりとして増やすべきではないだろう」

松本先生と山南さん。
薬を否定する者と、薬を追究する者。両者の言い分は一歩もゆずらない。

僕だって、近藤さんと香耶さんのためだったら、迷わずあの薬を呷ると思う。
けれど……



「まあまあふたりとも。計画の話は後日改めて……ということにせんか」

「……そうですね、わかりました」

「……近藤さんがそうおっしゃるなら」

終わりの見えない押し問答も、近藤さんのとりなしでお開きになった。
山南さんは来たときと同じように、ふらりと去っていった。
話が一段楽したところで、僕は建物の影からひょいと顔をのぞかせる。

「こんなところで機密の話なんて、ちょっと無用心じゃないですか?」

「お、沖田さん!?」

「おお、総司か。松本先生、そういえば総司のことを特別に診察したと聞いたのだが、いかがだっただろうか」

「ふむ。月神君の話では、沖田君には大病の疑いがあるかもしれないとの事だったが……。君は健康だよ。心配しなくていい」

「そうですか…」

その言葉には、僕だけじゃなく、近藤さんと千鶴ちゃんまでほっと胸をなでおろした。

みんな、香耶さんが未来から来たことを知ってから、彼女の言葉には気をつけるようになっている。
僕が病にかかるかもしれないと言えば、みんなが重く受け止めた。

でもよかった。僕はまだ戦える。
健康だと言われたことで、胸につかえていた大きなものが、すっと降りていったようだった。



「ただなぁ……」

しかし、松本先生の次の言葉で、僕らの穏やかな空気は再び凍りつくことになる。



「月神君の身体のほうが深刻だぞ。もう長くない」

「「「え?」」」

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