75
月神香耶side
男達の会話をぼそぼそと聞きながら、私は目を覚ました。
「なるほど。要注意なのは沖田と」
『あと土方さんでしょうかね』
何の話だろう。
私はふすまからもれる夕日が眩しくて、目が開けられない。
『香耶さんって、そういうことに無頓着ですからねぇ。でもそのかわり、一度自覚すると、とことんのめりこむタイプなんです』
え、私の話?
『まぁあんまり警戒しすぎもよくないと思いますが。人間不信になっちゃいますし』
「俺に指図するなよ、ゼロ。煤の分際で」
『ひどっ! 僕は力の使いすぎでこんな姿になってるだけですぅ!!』
私がごそごそと目を擦って寝返りを打つと、ふたりが一斉にこちらを見た。
「起きたのか」
「ん…かおるくん……?」
「まったく手のかかる。年増が無茶するな」
「……年増言うな。この餓鬼」
そこにいたのは、十年以上ぶりに会う、小生意気な少年、薫君だった。
「だってお前、初めて会ったときに歳、」
「ぎゃああああ!! それ以上はだめえええ!!!」
私は布団から飛び起きて、薫君に飛びかかる。
けれどひょいと避けられて、私は畳に突っ伏した。
「別に、誰も聞いてないだろ」
「誰もいなくてもだめ。私の歳は生涯口にしないで」
そう、これが薫君をみんなに会わせたくなかった、その理由。
薫君、私の年齢を覚えてるんだよね……
「そこまで命令される筋合いはないね」
「それでも!」
『まあまあ香耶さん。そうだ、体調、よくなりました?』
ゼロの執り成しに、私は初めて、身体の熱もだるさも治まっていることに気づいた。
「あ、身体はすごく楽。すごいな、鬼の風邪薬」
「ふん、鬼の薬は凡そ人間には強すぎるものなんだよ。そんなことより、あそこから助けてやった礼はないのか」
「は、え?」
私はようやく周りを見渡した。
「ここ、私の部屋……」
私たちがいるのは、新選組の屯所の、私が千鶴ちゃんと一緒に使ってる部屋だった。
「連れて帰ってくれたんだ……ありがとう」
みんなが助けに来てくれることになってたはずだけど……うん、まあこれはこれで、結果おーらい、とゆうやつだよね。
「……香耶さん」
薫君は急に声のトーンを落とす。
眉尻を下げ、上目遣いで私をうかがう彼の様子は、千鶴ちゃんを見てるみたいで。
「どうしたの」
「香耶さん、あの時……あの後どうなったの?」
「あの時?」
ずいぶん深刻そうな表情をするものだから、私は思わず背筋を伸ばした。
あの時というと…まさか、
『まさか、雪村の里が襲われたときのことでは…』
ゼロが私の心中を代弁した。
私はゼロを見て、そして薫君の顔を見る。
薫君は、神妙な顔で頷いた。
それは、十余年前の話になる。
私は、燃え盛る村の中、逃げ遅れた薫君を捜して走った。
← | pagelist | →