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月神香耶side
千景君は布団の脇に座り、半身を起こす私に対峙した。
「お前を眠っている間に医師にみせたが」
「ただの風邪だったでしょ」
そう言って私は苦笑する。
何を大げさにすることもない。自己の体調管理ができていなかっただけなんだから。
はは、と空笑いしたところで千景君は私の口の中に指を突っ込んできた。
なにか苦いものと一緒に。
「!? うがっごほっ、な、にこれ…まずっ」
「丸薬だ。黙って飲み込め」
「んぅ…」
普通に渡してほしかったよ。
千景君は私の口から引き抜いた指をちろりとなめて、
「……確かに不味い」
おもいっきり顔をしかめた。
「みず……」
「後で天霧が持ってくる。今はこれで我慢しろ」
言って彼は、強引に唇を重ね、唾液を流し込んできた。
い、息が…!
あまりの苦しさで目じりに涙が浮かぶ。なんとか薬を飲み込むのと、私の振り上げた手が千景君の頬をかすめるのが同時だった。
「っ……」
「がはっごほっぜえぜえごほっ!」
私の爪は、彼の白磁の肌に赤い線を刻んだ。
私が息も絶え絶えに悶えている間、彼は己の頬の傷にすっと指を滑らせる。傷は時の間のうちに綺麗に治って消えた。
「ち、かげ…くん」
「俺の顔に傷をつけられる人間など、お前だけだ」
なんとなく、怒るかと思ったけれど、予想に反して彼は薄く笑っていた。
そしてすっと立ち上がって、私に背を向ける。
「部屋からは出るな。お前に新選組へ帰る意思があるのならば」
「……君に私を帰してくれる意思はあるんだ」
「さあな。俺の気分次第だ」
「君は、新選組を試しているの?」
「ふん、そんなことをして俺に何の得がある。……このようなもの、ただの余興に過ぎぬ」
素直じゃないな、千景君。
「薬、ありがとう」
私が少し困ったように微笑むと、千景君は目を見開いて私を凝視した。
そして一瞬、ほんの一瞬だけ、笑ったような気がした。
まるで子供みたいに、嬉しそうに。
そして彼はふすまの向こうに消えていった。
私はその後暫く、彼の見えない後姿を見つめていたけれど、だるさを自覚してもそもそと布団にもぐりこむ。
小刀をぎゅっと握り込んで、眠りについたのだった。
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