70

月神香耶side



目が覚めると、ちゃんと布団に寝かされていた。

「は…ぁ、何かに追いかけられる夢見た…」

横になったまま、周りを見渡す。
質素に見えて、細部に贅を凝らされた、趣味のいい部屋。
行灯も寝具も高級なもの。

「……どこ?」



私……さらわれて来たんだよね。

汗ばんだ顔を、絹の寝巻きの袖でぬぐって、頭をわしゃわしゃ掻きむしる。
頭痛をごまかすようにこめかみを叩きながら起き上がった。

「ゼロ…動ける?」

『いえ……このお屋敷は、なにか強力な結界に守られているようですね。僕は香耶さんの精神世界から出られません』

「うーん……結局自力で逃げるしかないのか」

『無理しないほうがいいですよ。きっと沖田さんたちが助けに来るんじゃないんですか』

「君、小さくなってから他力本願になったよね。……まあいいや。それはそうと誰が私を着替えさせたんだろう」

『あ、それは中老の女性でしたよ。お手伝いさんみたいな感じの』

「なんだ。意外に堅気な男だね。千景君」

『僕は結構好きですよ、あの鬼。だからって香耶さんをあげられませんけど』

「君は私の父親か」

とにかく少し様子を見てみるか。いい加減身体だるいし。

「……ゼロ、私少し寝る。誰か近づいてきたら起こして」

『はい、おやすみなさい』

そうやって再び眠りについたが、すぐに起こされることになる。



『香耶さん、起きてください』

「むぅぅ…起こすの早くない?」

『ええ二十分くらいしか経ってませんね。部屋の外から気配が近づいてきますよ』

「ん、わかった。ありがと」

はぁ、と熱い息を吐いてのろのろと身を起こす。
小さな水墨画をあしらったふすまがすっと開いたので、私は視線だけをそちらにやった。
はじめに視界に入ってきたのは優雅な男の足さばき。


「起きたか」

「……千景君」

気だるげな私の布団の傍に、彼は腰を下ろす。
そして白木の小刀を一本、私に差し出した。私はそれに瞬いて、そして千景君へと目線を上げた。

「……くれるの?」

「護身用だ。とっておけ。ひとつ忠告しておくが、これは“狂桜”と違って普通の刀だ」

ああ、“狂桜”なら刃こぼれも錆びも気にしなくてよかったけれど……。

「ひょっとしてここは戦場になるのかな」

「ふん、やつらがここまで辿り着けるとは思えんが」

なるほど。誰か助けに来てくれることになってるんだ。



「それじゃあ、私……、ホントに寝て待ってればいいんだ」

ゼロの言ったとおりだ。先走って無茶やんなくてよかった。
きっと彼らは来てくれる。

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