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沖田総司side
空が白々と明けてきている。
二条城の警備は、風間の件を除けば、気の抜けるほど穏やかなものだった。
しかし。
「おい、ありゃ千鶴じゃねえか……?」
左之さんがいぶかしげな声をあげた。
千鶴ちゃん? 戻ってきちゃったんだ。
そう思って、僕も彼が指差す方向を見た。
息を切らせながらも、土方さんを見つけて走り出す彼女の姿。
それを見て僕の意識の奥底が警告音を鳴らし始める。
だって、千鶴ちゃんが、その手に持っていたものは……
「大変です、土方さんっ! 香耶さんが、風間さんに連れて行かれてしまいました!!」
「なんだと…いつだ!?」
「っ、眠っていたのではっきりとは分かりません……でも私が目覚めると、天霧さんが来て、新選組が香耶さんを助けられなければ、香耶さんと私を西へ連れて行くと」
必死に説明する千鶴ちゃんに僕はふらりと近づいた。
「ねえ、その、刀は……?」
「これは庭に落ちていました…」
そう。彼女が大事そうに抱えていたのは、香耶さんの“狂桜”だった。
「ってことは、あいつ今、丸腰か?」
「はい……おそらくは。そもそも香耶さんはまだ戦える状態じゃなかったんですけど…」
そうだね。今の彼女は、完全に風邪をこじらせている状態だったから。
「風間千景……あのやろう、なめやがって…!」
「副長、一刻も早く香耶を助けなければ……」
「ああ、やばいんじゃねえのか。男が女を拉致してやることなんか決まってるだろ」
「そ、それって……!?」
「やめろ新八。千鶴がいるんだ」
顔を青くする千鶴ちゃんの頭を左之さんがぽんぽんと撫でた。
風間…っ、香耶さんに手を出したら、香耶さんが止めたって殺す。
「平助君が先に捜しに行ってます。どうか皆さんも手伝ってください!」
千鶴ちゃんの訴えに土方さんは渋い表情で舌打ちした。
「ちっ…今は将軍の警護中だ。こっちの都合で隊を割くわけにゃいかねえ……。
総司、斎藤! てめえらは隊をそれぞれ新八と左之助に預けて平助と合流、香耶の救助に向かえ。それと監察方を連れてけ」
「はい」
「御意」
そこに近藤さんが穏やかに口を開いた。
「トシも行きなさい」
「、だが」
「心配なんだろう? いてもたってもいられないと顔に書いてある」
「そうです。ここは我々に任せてください。香耶君を頼みますよ」
山南さんにまでそう言わて、土方さんはようやく素直に「わかった」とうなずいた。
そうか…
もう、香耶さんは、僕達に…新選組に無くてはならないひとなんだ。
「土方さん、私にも行かせてください!」
「駄目だ。お前は屯所に戻ってろ」
にべもない土方さんの返答に千鶴ちゃんは少しうつむいたけど、ぎゅっと香耶さんの刀を握り締め、顔を上げて覚悟を決めた瞳で前を見据えた。
「これが賢い選択じゃないってわかってます…でも、私は香耶さんを助けなきゃならないんです。香耶さんだけが、私の存在を知っていてくれるんです。ここにいていいって言ってくれるんです」
「……!」
千鶴ちゃん……
その言葉は、香耶さんの心の叫びに重なった気がした。
(私は、この世界で私という存在を確かに知る者、支えとなりうる者、すべてを救いたいんだ!)
「……、わかった。お前は香耶を見つけたら目を離すな」
「っはい!!」
折れた土方さんに千鶴ちゃんは喜色を浮かべた。
僕も彼女の横に立って、からかうように話しかける。
「全力で走るけど、がんばってついてきてね。でないと」
「はい! 斬られたってついて行きますから!」
その気丈な姿に感心した。
へぇ、千鶴ちゃんも、すこし変わったね。
香耶さんがみんなを変えていく。
「ふっ、では行くぞ」
一君の声に促され、僕達は浅葱の羽織を脱いで将軍のいる二条城に背を向けた。
今はたったひとりの女の為に、その路を走るって、決めたから。
ひとが誰かを想うとき、きっと世界は変わるんだ。
そう、僕達は信じて。
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