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月神香耶side
私はぴりぴりする咽を無意識に押さえた。
今日、千鶴ちゃんが巡察に同行したとき、出会ったという女性。
千鶴ちゃんにそっくりな、南雲薫という名前の。
私にはその人物に心当たりがあった。
十年以上も前のこと。まだ滅ぼされる前の、平和で穏やかな雪村の里で。
私は幼い双子の鬼に出会った。
「香耶さん、あの薫さんとおっしゃる方をご存知なんですか?」
「……まあ、ね」
千鶴ちゃん、思い出せなかったんだね…
「香耶さん」
内心で肩を落としていると、そんな私の心中を察知した総司君が、私の肩にとんと手を置いた。
「僕が一緒に探したらだめなの?」
「……」
私は返答に詰まった。
南雲家は土佐の一族。そのうち新選組に敵対する。
彼…薫君の真意が分かるまで、今はまだ両者を不用意に近づかせるべきじゃないと思う。
雪村の鬼って研究肌なやつらばっかりだったからね。特に毒だの薬だのには気をつけたほうがいい。
(香耶姉ー!)
幼いあの子が私を呼んだ気がした。
「私は幼いころのあの子を知ってる。完全に私だけの都合だよ。君たちの手を借りることはできない」
「確かにそうですね。……ですが、彼女がどこかの間者だとしたら。香耶君に近づいて、新選組の情報を得ようとしているとしたら、どうですか?
そういった懸念がないとは言えないでしょう。だから一人での外出を控えて欲しいのですよ。そしてその場合、我々が出ないわけにはいきません」
「そうそう。あのさ、君はどうやって言えば理解できるの? 僕らみんな香耶さんのことが心配なんだよ。どうでもいいやつにこんなこと言ったりしない」
「うっ、ごめん」
私は敬助君や総司君の言葉に言い返せなくて視線を泳がせた。
実を言うと、薫君をみんなに会わせたくない理由は、もっと別にある。
……超個人的な理由がね。
「それに…」
総司君は私を下から覗き込んだ。
「さっきから咽を押さえてるみたいだけど、どうしたの。痛いんじゃないよね?」
「ぎくっ」
目ざと!
「香耶さん…そういえば朝…」
「うわあ、千鶴ちゃん、今それ言う…ごほっげほげほ!」
「…咳をしていらっしゃいましたよね。必死に隠していたみたいですが」
そうなんだよ。息を急激に吸い込むと咳が止まらなくなるんだよなぁ。
私の意識が千鶴ちゃんに向いているところに、総司君に頭を両手でがっしり掴まれる。
「やっぱり、風邪引いてるでしょ」
「うん…いやだめだめ、風邪ってのは風邪だと自覚した瞬間に、いっきに重く…ぎゃああごほっ!!」
話してる途中だというのに総司君は、私の身体を力いっぱい引き寄せて抱き上げた。
「自覚してからじゃ遅いってことだよ、それ」
「そうじく、ん、酔う…」
「千鶴ちゃん、布団の用意してきてくれる?」
「は、はい!」
え、え? 薫君捜索は? 外出許可は?
「――それじゃ、山南さん」
「ええ、仕方ないですね。お大事に」
敬助君。ほれ見ろ、みたいな顔しないでよ。人事だと思って。
こうして私は自室に強制帰還させられたのだった。
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