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雪村千鶴side



慶応元年閏五月。
新選組が西本願寺にお引越しして、はや三ヶ月。

そんな新しい屯所の幹部の居室が集まる片隅で、静かな押し問答が繰り広げられているのを見つけたのは、私がお勝手の仕事を終わらせて部屋に戻ろうとしていたときだった。



「ねぇ敬助君」

「だめです」

「いいじゃないか。誰にもばれないようにするよ」

「そういう問題ではありません」

「あんまりいじめると、泣いちゃうぞ?」

「似合わないことはお止しなさい」

「ちぇっ」

「まったく……」

「僕は見たかったなー。香耶さんの泣き落とし」

山南さんと、香耶さんと、ついでに沖田さんが集まって話し込んでいる。
どうしたんだろう。また香耶さんが何かやらかしたのかな。



山南さんは、二月に変若水を飲んでしまった頃から、ますます羅刹の研究に没頭しはじめた。
せっかく腕が治ったというのに結局閉じこもってばかりだったが、それでも以前よりはすこしだけ雰囲気が和やかになった気がする。
香耶さんといると、それがことさらだった。ふたりでいるとまるで仲のいい兄妹みたいで、みんなもほっとしていた。

「あの、お茶をお持ちいたしましょうか?」

少し遠巻きに声をかけると香耶さんがふり向いて、お茶は大丈夫だからおいで、と私を手招きした。

「千鶴ちゃ〜ん、聞いてよ。私また外出禁止らしいよ。
なんでいつもこっそり抜け出そうと思っても見つかるんだろう。それで歳三君か敬助君のところに連れてかれて、お説教だの仕事しろだの。もう家出しちゃおうかなー」

「香耶さん、家出とか、そういうことを言うから目を付けられちゃうんですよ」

「そうそう」

特に沖田さんとか土方さんとかに……。
横であやしげに笑う沖田さんの目線を、香耶さんは咽を押さえながらあさってのほうを見てかわす。

あれ、香耶さん、咽…?



「ですから、香耶君が外出するときは幹部の誰かに同行してもらいなさいと言っているんです」

「ゼロ君が役に立たなくなってから、香耶さんの生傷が増えたからね」

『ひどいです! 僕だって努力してます! 言葉の暴力反対!!』

沖田さんの言葉に反応して、何もないところから、ぽんとゼロさんが現れた。

ゼロさんは、あいかわらず埃のかたまり(沖田さん談)みたいな姿のままだった。
いつかは元に戻るらしいけれど、寿命がない彼らの言う“いつか”というのがどのくらいなのかは、私には考え付かない。

意外にもどこか抜けたところがある香耶さんだから、このままじゃいつか外出先で大怪我でもして帰ってきそう。
ゼロさんが早く復活してくれればいいのだけれど。

「それにしても香耶さんは、どこに行かれるつもりだったんですか?」

なにげなく聞いてみると、驚きの答えが返ってきた。


「ちょっと南雲薫を捜しにね」

「…えっ」


それは今日、平助君と沖田さんとで行った巡察の途中に出会った、私に似ているという女性の名前だった。

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