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沖田総司side



夜の闇に包まれる屯所の縁側で。
香耶さんは一人、酒をちびちびやりながら、寒空に浮かぶ星を眺めていた。



「香耶さ〜ん」

「ひゃぅっ!?」

僕は、その彼女の背中から腕を回して、冷えた身体に抱きついてやった。
心底驚いた様子の香耶さんは、相手が僕だとわかると緊張した身体から力を抜いて肩を落とす。

「君は毎回毎回……わざわざ気配を殺して近づく意味はあるのかな?」

「うん。香耶さんのことびっくりさせられるでしょ」

「はぁ…」

香耶さんは自分の隣を指して、僕に座らせようとしたけど、僕はそれを無視して香耶さんの後ろから抱き込んだまま落ち着いた。
そしてそのまま、彼女の杯を持っている手を引き寄せる。酒がこぼれて彼女の指を濡らした。

「わ、ちょ…」

僕は狼狽する彼女の細い指を口に含んで、丁寧にねぶった。
ねろりと指の腹をなぞると、香耶さんは、びくりと反応して白い息をこぼしたので。

「香耶さん、指、感じるの?」

にやつきながら冷やかすと、彼女は僕の手からすばやく自分の手を引き抜いて、後ろも見てないのに僕の頬をつねった。

「このへんたい」

「いたたたごめんなさい」

動じてないように見えたけど、耳の後ろがほんのり赤かったのは、寒さのせいだけ?



しばらくじゃれたあと、香耶さんは思い出したみたいにぽつりとこぼした。

「……総司君、今日はごめんね」

「ごめんって何が?」

「時渡りに巻き込んだことだよ。あちらでは大丈夫だった? いきなり戦場にたどり着いたりしなかった?」

「そんなことなかったよ。香耶さんこそ大丈夫だったの?」

「うん……」

香耶さんはふと遠くを見た。あっちであったことを思い出してるんだろうか。



「香耶さん、君は、僕の最期を知ってる?」

「総司君の、最期か……」

香耶さんのやわらかい身体をぎゅっと抱きしめる。



「未来の僕は死病を患って、新選組を離れて、独り、死ぬのを待っていたよ」

「総司君……先の自分に会ってきたの……?」

香耶さんは目を見開いて僕の顔を振り返った。



「香耶さんは、時渡りのおかげで、この新選組の行く末が分かっているんだね。だから、池田屋でも、禁裏の件でも、僕達の先回りができた」

「……うん」

「山南さんが今日、死ぬかもしれなかったことも、君は知っていた?」

「うん……。はっきり今日だと断定はできなかったけれど、近々山南さんに何かあるだろうとは思っていた」

「それでそうやって僕達を助けようとしてくれてるんだね」

「……でもこれは君たちのためじゃなく、私自身のためだ」


わかってる。
香耶さんは、国のためだとか、新選組のためだとか、そんな常人の作る枠とは離れたところにいて。

まるで、大昔に大人たちが諦めてしまった夢を、今でも見続けているような。
穢れを知らない、純粋な子供のように。

香耶さんの、その手が、全身が、どんなに血に汚れていても、絶対に汚れることのない何かをもっている。
僕にはそれがどうしようもなく眩しくて。


「ありがとう。君がいてくれて、よかった」

なんで僕は、こんな月並みなことしか言えないのかな。

「……総司君が礼を言うことなんかないのに」

「違う。君がしたことに言ってるんじゃない。君の、存在そのものに」

願わくば、僕のこの想いが、全部、香耶さんに届けばいいのに。

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