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沖田総司side
結局、僕達は互いに名乗ることもせず、ほんとに遊んでただけだった。
「あげるよ、それ。ゼロ君のだけどね。どうせあの人のことだから、他にも何かおもちゃを持ってそうだし」
「ありがと。もらっとくよ」
言って彼は、僕から受け取った“とらんぷ”を一枚一枚眺めていた。
このひとは、香耶さんやゼロ君のことを知らない。
僕のようで、僕じゃない、未来の僕。
きっとそうなんだ。すこしだけ理解できた。
香耶さんがやろうとしてること。
それは未来を、変えること。
(私は、この世界で私という存在を確かに知る者、支えとなりうる者、すべてを救いたいんだ!)
時渡りを繰り返しては、平穏や幸福とは程遠いところで大事な人を失って。
でも、それでも諦めたくなくて。
「香耶さん……」
無意識に彼女の名を呼んでいた。
「君は、香耶さんっていうひとが好きなの?」
「……、わかりやすいかな……?」
「まぁ、君と僕は似てるからね」
…なんでだろう。相手は鏡みたいなものだというのに、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「大事なものから、目を放しちゃ駄目だよ」
「どういう…」
「ごほ、ごほっごほっごほごほ!」
「っ!?」
彼が続けざまに咳き込んだ。
口を押さえている手から、血の色の赤がちらりと見えた。
その、病は…
その時。ぐらり、と足元が揺れて、ざぁっと闇の粒子が舞い上がる。
──これは、時渡り!?
「待っ……」
咳き込む彼の足元には、血の代わりに、ばたばたと“とらんぷ”が落ちる。
顔を覆う手の隙間から、僕を見て。
ふっと笑った気がした。
彼は、今何を思って、生きているんだろう。
僕がもし死病を患って新選組を離れたら、それでどうして笑えるだろうか。
僕は闇に包まれて、その世界から切り離された。
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