57
雪村千鶴side
ふと目が覚めると、私は森の中にいた。
あれ?
すぐにその違和感に気付く。
だって、屯所は? 山南さんは…?
しかも、今は身を切るような寒い季節、のはずなのに。こんなに暖かいなんて、おかしい。
月の光が木々に遮られて、たくさんの光の筋を作っている。
周りを見渡すと、月光の真下に香耶さんが眠っているのを見つけて、私は慌てて駆け寄った。
「香耶さん、大丈夫ですか!?」
「………う、千鶴ちゃん……?」
香耶さんはすぐに目覚めてくれた。よかった……!
彼女は身を起こしながら、髪にひっかかている枯れ葉や草を払い落す。それを手伝っていると、ふと香耶さんがなにかに気づいたように顔を上げた。
「この匂いは……」
匂い?
「そういえば、なんだか焦げ臭いような気がしますね」
「この森、まさか、雪村の里…」
え、いま、何て…
香耶さんはゆっくり立ち上がって、匂いの先をたどる。
「千鶴ちゃん、私ちょっとあっちを見てくる。危険かもしれないからここにいて」
「えっ、ま、待ってください! 私も一緒に行きますっ」
走り出した香耶さんに、私もとっさについていった。
「ひどい…」
匂いの先では、村が燃えていた。老若男女の死体があちこちに散乱している。
香耶さんはまだ息のあるひとがいないか探して、火の気のないところに誘導し、手当てしていた。
私もいてもたってもいられなくて、他に怪我人がいないか探していたら、香耶さんに引きとめられた。
「千鶴ちゃん、村の中では私から離れないほうがいいよ。もしかしたら誰か襲ってくるかもしれない」
「は、はい」
そうだよね、こんなに酷い、何かがあったんだもの。
危険だし、何かあっても私一人じゃ逃げ切れない。
生き残っている人を村の外の火の手の届かない場所まで運ぶ。
香耶さんに、火はおこさないほうがいいと言われて、月明かりを頼りにけが人の手当てを進めた。
「水が欲しいな。千鶴ちゃん、このあたりに清水が湧くところはあるかな」
「はい、あの竹林の向こうにあるくぼみに…」
あれ?
「分かった。汲んでくる。君はここを頼むよ」
香耶さんは颯爽と行ってしまった。
なんで、私知ってるんだろう……ここに来たのは初めてのはずなのに。
香耶さんは、なにか知っているのだろうか。
そうじゃなきゃ清水の湧く場所を私に訊くはずないもの。
(まさか、雪村の里…)
香耶さん声が脳裏によみがえる。
「雪村、って…」
私に関係のある土地なんだろうか。
私が沈思に耽っていると、けが人の老人が声をあげた。
「あんた、何者だね」
「あ、私たちは、通りがかりのもので…」
「その、小通連、どうやって手に入れた?」
小通連?
老人の言葉に私は首をかしげた。
「あの? この小太刀は私が幼いころから持っていたものですが」
「嘘をつくな!! お前達は、我々一族から、宝刀まで奪い去ってゆくのか」
「えっ……え? そんな、あの……」
「千鶴ちゃーん、どうしたの?」
そこにちょうど、何本かの青竹に清水を汲んできた香耶さんが帰ってきた。
私はほっとして彼女に事情を話す。
「あの、村の方に『この小通連をどこで手に入れた』と聞かれて…」
「あ、あー…そうか、そこまで考えてなかったなぁ…」
香耶さんは頭をがりがりとかきむしって、そして何か思いついたみたいに、ぽんと手を叩いた。
「千鶴ちゃん、どうしたらいいかわかった」
「は、はい、どうしましょう?」
私がそう訊いた瞬間。
ぐらりと地面が揺れた感覚がした。
「きゃっ!?」
「ほら、これ。三十六計逃げるに如かず、ってやつ」
逃げるんですか!?
そ、それ、なにも解決してませんーっ!!
私たちふたりは、そのまま得体の知れない闇に呑まれた。
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