56

沖田総司side



時渡り…?
ゼロ君はこれが時渡りだと言っていた。

まるで床が抜け落ちたみたいな感覚がして、僕は気持ち悪くなった。
視界に浮かぶのは、果てしないだけの闇、

そして羅刹になった山南さんを、押さえ込むゼロ君の姿。
ゼロ君は、ただ突っ立っているしかできない僕を視界に映した。


『沖田さん。香耶さんが、なぜ十年 二十年経っても 歳をとらないのか、知っていますか?』

僕はうなずいた。
知ってる。僕は、確か池田屋で、それを聞いたんだ。


「不老不死、だから…?」

『そうです。と言っても、彼女は完全な不死ではない。胴や首を断たれれば死ぬし、心臓が止まってしまえば死にます。
……いえ、いつでも終わらせることができるからこそ、彼女が完全な不老不死だと、僕は思うんです』


死ねることが、完全な不老不死…?
ごーっと風の音のような騒音が響く中、僕達の声だけが鮮明に聞こえて。


『知っていますよね。香耶さんの血が黄金に変ずる、血の呪い。
あれは、ただ便利なだけの術じゃないんです。本当は、被術者を血に狂わせるものなんですよ』

香耶さんが、血に狂うの……?

『しかしそれでは、なぜ彼女が無事でいるのか。
その答えこそ、彼女が、時渡りの能力者で、不老不死だからです……』

なぜだろう、雪の粒が舞うみたいに、闇が舞って。ゼロ君たちの姿が見えなくなっていく。
走ろうと思っても、泥の中にいるみたいに足が動かない。

「ゼロ君!」

声がだんだん遠くなって、ついに聞こえなくなってしまった。




「ごめん、やり方が強引だった。…君と千鶴ちゃんまで引っ張り込んじゃった」

その声に はっと振り返ると、気を失っている千鶴ちゃんを抱える香耶さんがいて。

「ばらばらに飛ばされても、向こうに籍があれば、いずれ帰れるから……心配しないで…」

「香耶さん!?」

ざぁ、とその姿を闇が遮った。



これが、香耶さんの時渡り…
広がる闇は、なんだか物悲しかった。



ふつり、と、景色が変わった。



急に浮遊感が無くなって、ほっと息をつく。

僕は気付いたら、どこかの屋敷の庭に立っていた。見たこともない家。月が出ている。
その庭を臨む部屋に、人の気配があった。
僕は足音を立てないように、飛び石の上をしのび足で歩く。
とりあえず影からそっと覗いてみようと思って。

こんこんと誰かが咳をする音が聞こえてきた。
そして。


「誰だ!」

「っ!?」

ばかな。僕は気配を消してたはずなのに。
その人物は刀を抜いて、ふすまを開け放った。


「え……?」

「え……?」

「……誰?」

「……君こそ、誰?」

「……僕?」

僕? そう、彼は僕だった。
だって声も、髪も、顔も、同じ……
そこにいたのは、幾分やつれた様子の、僕だったんだ。



まさか、先の世の……未来の僕?
“時渡り”って、もしかしてこういうこと?
僕の未来は、いずれこうなってるってこと?
こんなところで……新選組にいないで、一人ぼっちで…僕は何やってるの?



身じろいだ拍子に、ばらばら、と僕の懐から預かっていた“とらんぷ”が落ちた。

「あ、」

「それ……なに?」

え?
このひと、僕なのに“とらんぷ”を知らないの?

「えっと…」

じゃあ、このひとは、やっぱり僕じゃないのかな…?



「………」

「………遊ぶんだよ、これで。教えようか?」

このひとが何者なのか知りたくて、僕は初対面の男に馬鹿な提案をしてしまった。
でも。

「……うん」

そのひとは、警戒もしたままだったけど、興味深そうにうなずいてくれた。

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