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月神香耶side
『貴方を助ける方法ならありますよ』
それは、まさに悪魔のささやきだった。
会議が終わったはずの広間に、にぎやかな人の気配がしている。
私が中をのぞくとそこでは、総司君とゼロが向かい合って座り何かしていて、新八君や左之助君が興味深そうにそれを眺めていた。
「何やってるの? 君たち」
総司君とゼロは、なぜかふたりで大貧民をやっているようだ。
尋ねるとちょうどゲームは佳境で、総司君が革命を起こしたところでゼロが『なんてことするんですか!』と膝をついた。
「とらんぷで遊んでるんだよ」
「うん……見たらわかったよ」
て言うか なぜ大貧民を選んだ。二人で遊ぶには向かないだろ。
「俺たちは見てるだけだぜ!」
「なんか面白そうなことしてると思ってよ」
新八君たちが、香耶も来いよ、と誘うので、広間に足を踏み入れ彼らの輪の中に入る。
そして私は嘆息して、ゼロに視線を向けた。
「ゼロ、君最近勝手に出るようになったよね」
『あああ、すみません香耶さん! だからってまた閉じ込めたりしないでくださいよぉ!』
まだ何も言ってないけど。
でもわかった。
ゼロはずっと療養の名目で閉じ込めてたから、その反動で出ずっぱりになってるんだね。
「君はこの世界に存在するにはとても不安定な身体なんだよ? いつ消滅してもおかしくないところまできている」
心配性と言う無かれ。実際、今こうして遊んでいるだけでも負担がかかっているはずなのに。
私たちの話を聞いて、新八君が首をかしげた。
「でもゼロって幽霊みたいなもんなんだろ? 人の身体に取り憑いたりできねえのかよ」
『そんなことができるなら僕だって最初からしていますよ。幽霊というのは例え話です』
まあ幽霊に最初に例えたのは私なんだけれども。
「でもね、ほどほどにしておかないと、こんどは伊東さんの前にひっぱりだしてやるからね」
『そ、それだけは許してください!』
私の言葉に顔色を変えるゼロ。
彼は、新しく新選組に入った伊東甲子太郎という人物が大の苦手だった。
たまたま屯所の廊下を出歩いていたら、伊東さんと鉢合わせしたのが縁でいたく気に入られ、やたらめったら追っかけられる羽目になったらしい。
あれ、伊東さんて男色家じゃないよね?
実際フェニミストっぽいし、それに奥さんがいらっしゃるはずだったけど…ま、いいか。深く考えるのはよそう。
「伊東さんか……」
伊東さんの話題が出ると、みんなが渋い顔をしだした。
今朝の会議じゃやっちゃってくれたからね。あの人。
それは、今日の朝食後でのことだった。
『剣客としては生きていけずとも、お気になさることはありませんわ。山南さんはその才覚と深慮で、新選組と私を充分に助けてくれそうですもの』
伊東さんの言葉に、会議中の広間の空気は一変した。
『──伊東さん、今のはどういう意味だ』
歳三君の口調も強くなる。
『あんたの言うように、山南さんは優秀な論客だ。……けどな、山南さんは剣客としても、この新選組に必要な人間なんだよ!』
『歳三くんっ!!』
歳三君は、私の叫び声にはっとした。過ちを犯したことに気付いたのだ。
敬助君が怪我をした左腕をさすり、憂い気にうつむいた。
『ですが、私の腕は……』
『あら、私としたことが失礼しました。その腕が治るのであればなによりですわ』
伊東さんは、にっこりと微笑んで謝罪した。
「歳三君があんな失態を犯すなんて珍しい……」
「それだけ山南さんのことが心配なんだろうよ」
「そうだな。俺たちだって心配してんだぜ。な、総司」
「…まあ、そうですね」
カードを片付けながら、総司君もまじめな顔でうなずいた。
「みんなの気持ちは分かっているとも。ただ、今は……君たちの結束が試されているときなのかもしれないな」
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