追放審神者の未来の話
※見習い研修、本丸譲渡、その他制度のねつ造注意。


「審神者様は刀剣男士をなんだと思っていらっしゃるのです?
物言わぬ道具じゃないんですよ。彼らには感情があり、考える力があり、発言する権利がある」

かつて、私をそう糾弾した人間がいた。本丸に滞在した審神者見習いの女性だった。
高校を卒業する前に召集され軍属となってしまった私は、戦と本丸の運営以外のことをほとんど知らずに大人になった。そんな私と違って彼女は聡明で、現世では大学院まで出て研究者と教育者の資格を持っていた。また審神者見習いとしての成績も優秀で、戦事から神事、神殿の管理、炊事や清掃にいたるまでよく勉強していた努力家だった。むしろ私のほうこそ学ぶことが多かったほど。

「主は俺たち刀剣男士を、ただの駒のようにみているであろう。だが、見習いは寄り添ってくれた。見習いのほうがよほど俺たちのことを大事にしてくれた」

「見習いに欠けているのは経験のみ。それは我々が補い支えればよいこと」

「霊力も問題ないし、魂も清らか」

「はじめから見習いの刀剣男士になりたかった」

等々。私が率いる刀剣男士たちもまた、見習いに同調し、私から背離する道を選んだ。


刀剣男士を駒とみている、という言葉を否定はしない。
効率最優先で部隊を編成し、必要とあれば負傷していても敵本陣にねじ込んだ。
遠征は3部隊を常に動かしていた。人員は交代制だったが、それゆえに皆で一斉に休日をとることはできなかった。
勝算があれば、そこまでの過程に非道があろうとやってのけたし、彼らの不満を聞いても大した譲歩はしてやれなかった。
彼らの練度を上げること、資源の備蓄を増やすこと、戦績上位の審神者が受けられる恩恵……政府からのサポートや褒章を最大限に利用し、この本丸を強力な要塞にすることに執心した。
教養の足りない私がどうすれば彼らを守れるか。精一杯やりつくした結果だった。


見習いの研修期間も残り僅かとなったころ。
有志の刀剣男士たちも交えての話し合いの場で、見習いが一通の書面を手にしていた。

「審神者様、貴女の本丸運営の実態を政府に報告し、勧告書が届きました。わたくしと、刀剣男士、そして審神者様。三方の合意を以て本丸の運営権をわたくしに譲ることを認めるものです」

審神者を挿げ替える。下座で声高に宣言する見習いの言葉に、私は表情を微かに歪めた。
同じ書類は私のもとにも届いていた。こんのすけに虚偽でないことも確認させた。

「私が年月をかけて揃え、鍛え育てた刀剣、蓄えた資源、造作した本丸そのものすら見習いに明け渡せと?」

「なによりも重視されるのは、この戦に力をお貸しいただいている刀剣男士様方のご意向ですわ」

私はおなじく下座に座る三日月らに視線をやる。このような話し合いに来る男士は刀派や刀種を代表し、刀剣たちの自薦他薦によって定期的に選出される数名である。現在その先頭に座するのが三日月宗近であった。

「刀剣男士たちは審神者の交代に賛成ですか」

「そうだなあ。賛成する者が大半だな」

仮に刀剣の中に反対する者があっても、機密保持等の理由から離反は認められない。
つまりは刀剣男士たちが審神者交代を是とする、これが刀剣らの総意と言っていい。異議があってもごく少数ならば淘汰される。

「では私の意見ですが」

と、私はいったん言葉を区切り、努めて強い目線を前に向けた。

「見習いの研修終了日。私がこの本丸の審神者を退くにあたって、私の刀剣男士はすべて私が刀解します。そののち運営権を見習いに譲りましょう」

「えっ」

「な……」

すぐに見習いが立ち上がって、横暴です、と声を張り上げるが、何を聞いても私は意見を変えるつもりはない。これ以上は時間の無駄だとその場を立った。

「こんのすけ、聞いていましたね?」

「は、はい主様」

名を呼べば姿を現す管狐。重要な議会では常に内容を記録する役割も担っている。

「私の先の言葉を、この本丸にいるすべての刀剣男士、ひとりひとりに一言も違うことなく伝えてください。可能であれば録音したものを聞かせてやってください」

そう命じると、落ち込んだようにへにょりと耳が下を向いたが、それでもわかりました、とその場から消える。了承してくれたのならばやり遂げるだろう。今この場ではあれが一番信頼できる。
そうして部屋から出て行こうとする私の前に、すっと三日月が立ちふさがった。

「考え直してはくれぬか、刀剣男士たちはみな次の審神者に希望を見出している。戦う意欲もある。それを刀解などしてくれるな」

「三日月様のおっしゃる通りです! 審神者様は刀剣方を手放すのがただ悔しいだけではありませんか。わたくしたちは戦争をしているのですよ。このような得手勝手な振る舞いは許されるものではありません」

後ろからは見習いが私の肩をつかんだ。彼女の声がきんきんと耳に障る。思わずその手を払いのけると、彼女は足をもつれさせて倒れそうになった。それを別の刀剣男士が受け止める。
その間に前にいた三日月は刀を抜いて、私の首元にその刃を添えた。

「私の本丸内で由なき抜刀は認めていませんよ。三日月」

「由ならあるぞ。そなたはもはや次の主に害をなすだけの人間だ」

三日月がはっきりと見習いを主と認めた。そして私は敵だと。いつもの鷹揚な三日月とは違う、底冷えのする眼光。それに私は一瞬だけ唇を引き結ぶ。

「して、ここまでされても考えは変わらぬか」

「……決定事項です。その話はするだけ無駄です」

「致し方ない」

そして刃は振り下ろされた。


あれから半年が経った。
自分が顕現した刀剣男士に斬られて現世へと送還された私は、政府直下の病院で手当と看護を受けた。治療からリハビリ、メンタルケア、霊力チェック、審神者養成機関で講師のまねごともさせてもらった。新しい審神者の卵たちと触れ合うのはよい気分転換にもなった。
現職だったころはそれなりに優秀で名も知られていたため、追放審神者にしては十分すぎるほどの待遇と時間を与えてもらった。
そんな私に、政府役人はいたたまれないような顔をして辞令を持って来たのである。

「審神者様にはあの本丸にお戻りいただきたいのです」

「何故です。あの見習いが後任の審神者になったのでは?」

「政府は特例を除き、本丸および刀剣男士の引き継ぎを認許することはありません」

「私は病院で同意書にサインしましたよ。刀剣男士、審神者、引き継ぎの3方が希望し納得の上同意すれば許可されるはずです」

なによりも男士が望んだ主替えだ。政府は審神者より付喪神の意向を優先する傾向にある。

「おそらくはあちらでなにかトラブルがあったものと思われます。システム上あの本丸の主は今でも貴女のままです。刀剣男士らは前任が生きている以上、前任自身に来て解決してほしいと政府の介入を拒みました。なので貴女に然るべき対処をするようにと」

辞令は下っている。ここでぐだぐだと立ち止まっていても覆らない。
私は大きくため息をついて、わかりました、と応えた。最期の仕事がまさかこのようなものになろうとは。


そういう事情があって、私は新たに遺書をしたため、荷を始末し、心機一転。門をくぐって「こんにちは、さようなら」ザシュッとされても悔いの無いよう、身軽にしておいた。
丸腰の女を斬らせることになっても気の毒なので、刀を一振り身につけてきた。理由を話すと担当さんは渋い顔をしたものの、好きな刀剣を一振り持って行くといいと私に選ばせてくれたのだ。
羽振りが良すぎて怖いと正直な感想をこぼしたら、ちょうど特別継続任務の報酬に好きな刀剣をえらべるという審神者の意欲向上キャンペーンがあったらしく。まあまあ戦績上位に食い込んでいた私もその恩恵の対象となることができたのだという。なるほど、と素直に甘受した。
顕現はしない。顕現したところで主は死地に赴く身である。
得物は太鼓鐘にした。
これを決めた時は担当官に何度も確認されたものだ。太鼓鐘はすでに本丸に顕現していて、なんなら未顕現のものも何振りか所有していたからだ。
それよりももっと顕現しづらい刀剣にしてはどうかと言われた。私もあの本丸で普通に審神者を続けていたらそうしただろう。だが私はこの短刀にした。
まずあまり刃渡りが大きいものでは私自身が扱えない。おのずと選択肢は短刀からになった。
それに、あの本丸に戻って私が死んだ場合、この短刀はダブリゆえにきっと錬結か刀解されるだろう。それでいい。
下手に初入手の刀を選んで顕現されれば、本丸の仲間に敵意を持つこともありうる。それはとても悲しいことだ。
あとは単純に私が太鼓鐘貞宗という刀剣男士の人柄を気にいっていた、という理由もある。


転送装置を使いかつて自分の……いや、システム上は今も自分のものであるらしい本丸へと足を踏み入れる。
次元を越え降り立ったそこは、私が本丸稼働最初期に、ここに本ゲートを置くと決めて術式を施した神殿である。
ここは独立した建物で、荷や怪我人を運ぶことを想定しフラットな造りとなっている。多目的に使う水場もあり、多少汚れてもすぐに身を清められるし掃除もしやすい。またゲートから敵が侵入した場合に備え、神殿全体に結界を施してある。
この転送装置こそ本丸の心臓部と考え、それを覆う神殿は頑丈に、そして荘厳な造りにしたのだ。
装置を離れ、清廉な気が満ちる神殿内部に足を進めると、そこに刀剣男士が一人佇んでいた。

「おまちしておりました、ぬしさま」

私の姿を認めると、彼はそう言って深く礼をした。艶やかな毛並みがさらさらと肩からおちる。
よりによってこいつか、と眉をしかめる。私を斬った三日月宗近の同派、三条の太刀小狐丸。
私は彼の間合いに入り、足をとめた。小狐丸はその気配を察して頭を上げる。反射的に腰に差した太鼓鐘を握り締めるが、彼は己の刀に手を触れようとはしない。
緊張して懐刀に手を伸ばす私を見て何を思っただろうか。小狐丸はそれをただ悲しそうに見やってまぶたを伏せた。


男士の中には私を説得しようと、変えようと、奮闘した者もいた。代表的な者だと、長谷部や蜻蛉切。
そして彼もその一人であったと記憶している。と言っても最後あたりには私から刀剣たちとの接触を避けたこともあって、姿を見ることはほとんどなくなっていたのだが。
本丸の母屋へつながる路を、先導して歩く大きな背中。彼は、佩いていた刀を外しわざわざ右手に持ち替えて、私に背を向け歩いている。私が短刀に手をかけているところもはっきりと視認していたはずだというのに。
私にこれで背を刺されてもかまわないということだろうか。もちろん私にそんなことをするつもりは微塵もないが。この短刀は自分の精神安定のために持っているにすぎない。

正直、戻ってきた非道の元主を斬り捨てるならあの神殿内が一番都合がいいと思うのだ。血で汚しても掃除が楽だし、死体の処理すらも面倒ならば、適当な時代にポイすればいい。
身元不明の骸はそのうち時間圧に押しつぶされて、人知れず消滅するだろう。

半年ぶりに戻ってきた本丸は、何も変わっていなかった。
個々の部屋から覗き見える生活感。軒下に脱ぎ散らかされた共用の下駄たち。
非番の刀たちが自由に遊ぶので整然とは言えないが庭園の体裁を保った庭。
広く作られた廊下は磨かれていて、ワックス特有のにおいがする。つい昨日にでも大掃除をしたのだろうか。
ひとの気配はある。なんとなくこちらを気にしているような男士たちの意識、のようなものを感じる。だが、小狐丸以外の刀剣男士に遭うことはなかった。
通されたのは、私が執務室として使っていた部屋だった。
ここは本丸内でも珍しい洋室である。モニターの並ぶ執務机と重厚な革の椅子。ソファーセット。インテリアも兼ねた本棚には見栄えの良い書物が並ぶ。
ここも全く変わっていない。後任の審神者となった見習いは、この部屋を模様替えなどはしなかったのか。

「審神者はここにいないのか……」

私はようやくまともに口を開いた。見習いがこの本丸を出たという話は聞いていない。本丸内にいるはずである。
てっきり執務室で会わせられるのかと思っていたが、違うのか。審神者に会うならこの短刀はとり上げられるかもしれないな、と、腰の太鼓鐘の拵えを指でなぞる。
きょろきょろと執務室を見まわしていた私は、この時小狐丸がどんな顔をしていたのか少しも気づいていなかった。
ここに連れてこられたからには、さしあたってやれることは本丸内のチェックしかない。小狐丸の表情をうかがいながらも執務机に埋め込まれている端末に電源を入れてシステムを立ち上げる。

「パスワードが変わっていないな」

中身をいじくられた形跡もなかった。本丸内の業務は時空転移から鍛刀手入れ刀装作成に至るまで政府によって作られた本丸運営管理システムで統轄されている。携帯端末からの操作も可能だがいずれにしろパスワード、指紋、静脈、虹彩認証も必要となる。
審神者が交代すればそれも変わる。そのあたりはこんのすけがやってくれるものとおもっていたが。
そういえばうちのこんのすけは審神者に肩入れしすぎるきらいがあった。私が「自分の刀剣男士を刀解し、そののちに運営権を移譲する」と発言したこともネックになっていそうだ。見習い研修終了前に私が斬られて追い出されてしまったため、命令に忠実な管狐は運営権の移譲に移れないでいるのかもしれない。私があの場で死んでいたなら然るべき対応に移れたのだろうが、五体満足で生き残ってしまったせいで半年もこんな状態が続いてしまったのだ。
現在、刀剣男士には手入れが必要な者はおらず、また所持刀剣が増減した形跡もない。出て行く前の資源保有数をはっきり記憶しているわけではないが、資源や札の数も極端に変わっている様子は見受けられない。まるで時が止まっていたかのようだ。

「審神者はどこにいるんです」

「お会いになりたいのならば連れてまいります」

「いいえ。私から会いに行きます」

「……では、案内をいたします」

曲がりなりにも相手はここの主。あちらから足を運ばせるなど非礼が過ぎる……なんて、勝手に執務室の椅子に座って本丸覗いてる女が今更だけれど。こちらは今ここで刀剣男士に首を跳ね飛ばされる覚悟すらしているのだ。
端末の電源を落とし、椅子から立ち上がると、向かいの壁際に私が趣味でそろえた胡弓や鼓が調度棚に並んでいるのが目に入る。壊れたりはおろか、位置も変わっていない。けれど、楽器にも棚や床にも埃は積もっていない。綺麗に保たれている。窓辺には一輪挿しに飾られた桔梗が瑞々しい。
執務室を出ると、お勝手まで来て小狐丸は靴棚から草履を出し、跪いて私に差し出した。草履は正しく私の私物だったものである。濡れた地面を歩くのに都合の良いよう高く作られ、革の張られたもの。斬られて本丸を出た私は、自分の私物を始末する猶予が無かった。だからこういったものはもう捨てられていると思っていたが。
結局は自分で捨てなきゃならないようだ。後でまとめておかないと……。
案内されてたどり着いたのは母屋とは完全に独立した離れだった。ここはいわゆる長屋である。審神者見習いが研修を行うに当たって建てたもので、母屋よりよほど新しい。今後の見習いが初期刀などを連れてくることも想定し、風呂トイレ、生活に必要な家電や家具が付いた12畳程度の1DKマンションが3部屋ほど連なった建物だ。もちろん景観を損なわないよう和風である。
通された部屋では後任審神者が書き物をしていたようだが筆をおいて、私に深々とこうべを垂れた。審神者の後ろにはへし切長谷部と鶴丸国永が控えているが、その様子は何故か審神者の近侍というより監視をしているといった風である。彼らもまた、私の姿を認めると居住まいを正し、危座でもって出迎えた。

「ようこそおいでくださいました、審神者様」

後任審神者の態度はずいぶんと殊勝である。仕方がないので私も相手に合わせ、玄関すぐの場所で膝をつき礼をした。帯に差した太鼓鐘はそのままだ。あまり彼女に近づかないよう配慮する。

「お久しぶりです。やり残した引き継ぎと私物の後始末に参りました。後任殿には迷惑をかけてしまい誠に申し訳ありませんでしたね」

管理システムの移譲はそもそもこんのすけに頼めばすぐに完了するものである。私の言葉に、後任だけでなく彼女の後ろに控えていた刀剣男士たちも困惑した顔をした。

「あの……? この本丸の審神者としてお戻りになられたのでは……」

後任の言葉に私はこてんと首を傾けた。そういえば辞令はそのようにも受け取れるものだったなと思い至る。

「ああ、心配しなくとも大丈夫です後任殿。私は審神者不適合と糾弾され、あまつさえ己の刀剣男士に追い出された人間です。政府はこのような者に再び本丸を任せるなどしません。同じ轍を踏むだけです。今回は後任の本丸運営にトラブルが生じているためこのような措置となったのでしょう。この期に及んで私の再任などありえませんよ」

「……えっ」

私のやるべきことは残した物を始末し、最後に命を絶って後任審神者がきちんと腰を据えられるようにすることだと心得ている。ブラック審神者であろうとまがりなりにも霊力を持つ人間なので、この血肉は本丸の結界を強固なものにしてくれるだろう。私は供物としてここに捧げられたのである。
しかしそのまえにいろいろやらなきゃならないことがあるみたいではあるが。私物の整理とかこんのすけとか。

「見習いの刀剣男士になりたい、と口にした彼らが、舌の根も乾かぬうちにやっぱり主を戻したいなんて言うわけないでしょう。虫を殺して私を呼び戻したのもきっと貴女のためを思えばこそ」

「えっえっ」

後任が混乱したように刀剣男士へと視線を向けるが、私は彼らの反応にあえて目を向けることはなく、己の膝もとに霊力をもってこんのすけを召喚する。

「……主様」

「話は聞いていましたね、こんのすけ。私はもう主ではありませんよ。運営権を後任に完全に譲渡します。手続きを」

「まって、待ってください!審神者様!」

「主!!」

一瞬でいろんなところから悲鳴のような声があがった。視線を上げれば長谷部も鶴丸も思わずといったふうに腰を上げているので、私も反射的にこんのすけに触れていないほうの左手で太鼓鐘を握りしめる。さらにそれを認めた小狐丸が、彼らから私を背に庇ように前に出て、広い袂で視界を遮った。

「おびえておられるゆえ、これ以上近づくな」

私はそんなに目に見えて怯えているだろうか。事あるごとに短刀に手を触れてしまうのは単なる生存本能だ。許してほしい。死ぬ時は潔く死にますので。
暫時ののち小狐丸がそっと前から下がると、後任も彼女の刀剣男士たちももとの位置に腰を落ち着けていてた。
私も後任審神者から距離をとるように半歩分ほど座る位置をずらす。すぐ後ろはもう土間である。
後任審神者はなぜか焦った表情の抜けきらぬまま、縋るように言いつのった。

「審神者様、ここの主としてお戻りくださいませんか。私には……私ではだめなんです」

「本丸運営にトラブルはつきものですよ。機械の不具合はともかく貴女はすでにここの審神者なんですから、こんのすけや刀剣男士、政府の職員らも力を貸してくれます。乗り越えればそれは経験と実力になる。審神者として成長するチャンスです」

「わ、私は審神者として認められてなんてない!」

「それを解決するために前任の私が遣わされたんです。大丈夫、運営権の譲渡はすぐに済みます。貴女が望むのならこんのすけの交代も叶うでしょう。運営の基盤は整えます。後は貴女の頑張り次第です」

「ちがいます! それでは刀剣男士様の意思をまるっきり無視されているではありませんか。刀剣男士様は貴女に戻ってきてほしいのです」

刀剣男士の意思。
そう聞いて私は再び首を傾げることになる。彼らの意思はすでに聞いている。寄り添う審神者が良いのだと。だから見習いを主にするのだと。まあ反対の意見も幾らかあったと聞いているので総括的な意見ではあろうが。それが優先されると言ったのはほかならぬ見習いだ。
言っちゃあなんだが私は自分の本丸運営が間違いだったとさほど思ってはいない。刀剣を折ったことなど一度もないし、彼らには住む部屋を与え、食事、風呂、人並みに生きる上で必要なものは最低限用意したうえで月俸も支払っていた。出陣数が多く戦績は優秀で、演練ではとんど負けがなく、他本丸からは一目置かれる程度には名も通った本丸だった。
再び審神者に返り咲いたところで他のやり方などできない私がたどる道は同じだ。同じ轍を踏む、と断じた政府の見解はまったくもってその通りだと思う。私と刀剣の付喪神は、きっと元からそりが合わなかったのだ。
そのように述べた後、私は努めて柔らかい口調で後任に語りかける。

「そうですね……背反を目の当たりにした貴女の不安も分からなくはありません。ですが彼らは己の力で正しい審神者を勝ち取っただけのこと。それは人間が歴史を紡ぐうえで成し得てきたことと何ら変わらないでしょう。本来ならば主を選ぶことのできない刀剣たちに、貴女は選ばれたのです。それだけで貴女は他の審神者よりも優位な立場にある。自信をもって彼らの忠信に応えてあげてください」

「そ、そんな」

後任は何故か顔色をさらに白くして、絶望したような顔をする。システムトラブルの解決は私がする、私物も私自身の生命の始末もする。それでも彼女の不安は拭えないようだ。半年前はあんなに自信に満ち溢れていたのに、今は見る影もない。
他に一目置かれていた私が他本丸を引き合いに出したのはちょっと皮肉が過ぎただろうか。本丸も刀剣男士も奪われて、生命をも諦めざるを得なかった私が、少しも悔しさを感じていないと言ったらウソである。嫌みの一つも言いたくなるものだ。

「こんのすけ」

「ですが主様」

こんのすけに先を促せば、逡巡するものの最終的には従ってシステム変更手続きに入る。ぱっと目の前に浮かんだ投影ディスプレイで静脈認証するべく手をかざそうとすると、その手に添えるように触れて止める誰かの大きな手。目線を横に向けると、その手の主である小狐丸が、真摯な表情で静かに口を開いた。

「その前に、三日月殿に会っていただけませぬか」

と。

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