禍つ夜の夢
朝起きると、そのちぐはぐな感覚に混乱した。
あるべきものがなくなって余計なものが付属している、ような。
「な、なん……」
声までなんだか違う気がして、思わず口をつぐんだ。布団から部屋の隅の箱鏡台の前へと這うように移動し、姿見を覗き込む。
いつも通りの蒼眼、癖のある銀髪。だが、身体は男になっていた。
幼児化の次は男体化かよ……!
筋肉質と言うよりは、線が細い。身長も顔立ちもそれほど変わってはおらず、服装次第ではかなり女性的にならなくもない。が、いつもの作務衣を身に着けると完全に男だと丸分かりだ。これは……ごまかせん。
わなわなと戦慄いていると、ふすまで隔てただけの隣室から静かな声が聞こえた。
「クク……自ら混沌の淵に沈むうぬもまた興が尽きぬ」
「……え、だ、ええ!?」
ふり返ると、そこにはすんごい肉感的な美女がいた。一瞬誰かわからなかった。
「小太郎、くん? ……ですよね?」
「うぬが前に在るは魔ぞ」
「間違いなく小太郎君だな」
正直、その特徴的な髪の色や口調がなければわからないくらいには別人である。だいぶ大柄ではあるけど、セクシーで、妖艶な女性。
性別逆転の被害者は自分だけじゃなかったらしい。一体どうしてこんなことに……。小太郎君はもとより私だって、昨晩は変な薬を飲んだりだとか妙な食べ物を口にしたりだとかそんな覚えは一切無いのに。
「とりあえずさ、小太郎君、ちゃんと服着なよ。寝間着の衿から胸が見えそう」
目のやり場に困る。
「ほう、男のうぬは我と番(つが)うことを望むか」
「い!? いや、やめてくんない! にじり寄ってこないで! まじシャレにならん!」
下世話な話、たぶん抱こうと思えば抱けるとは思う。そんなんするつもりないけどな! ここで一時の快楽に身を任せたら、本来の性別に戻った時にいろんなダメージを被りそうだ。
って、もはや涙目で拒絶してるって言うのに、小太郎君は寝乱れた単衣姿のまま私を押し倒して乗り上げてくる。うぎゃあああ!
「香耶、大変だ! 真田の旦那が女に……っておたくらもかよ!!!」
「! さす……え、佐助君?」
天井から現れたのは、佐助君……改め佐助子ちゃんだった。
と、とにかく助かった。私の童貞は守られた。ゆるんだ拘束から慌てて抜け出して、脱がされかけた作務衣をかっちりと着直す。
「ククク、場を汲むこともできぬ雌猿にはしつけが必要よな」
「こ、混沌の旦那? かなり無理ありそうな予感したけど意外と違和感無いね、あんた。イイ女だよ」
佐助子ちゃん、おまえもな。私の視界にはちくちくと皮肉を言い合う美人くのいちしか映ってない。とりあえず視神経だけは幸せ。
「私たちだけじゃないのかな……。もしかして、屋敷の全員がこの状態……だったりして」
ぽつりとつぶやいたこのセリフは、決してフリのつもりじゃなかった。……と、弁明だけはしておく。
朝のかなり早い時間なので、みんな屋敷内のどこかにはいるはずだが、道場や居間、台所には誰もいなかった。やっぱりみんなもこの変事に巻き込まれて、部屋から出られないでいるのだろうか。
廊下をひとり、ふらふらとさまよっていると、居間から近い西の離れから誰かの騒ぎ声と動揺する気配がしたので寄ってみることにする。
西の離れには現在三成君、紀之介君、千景君が逗留中だ。
豊臣組に与えられた部屋のひとつで紀之介君と終わりの見えない論判を続けていた三成君は、私の姿を見るやいなや驚愕して膝から崩れ落ちた。
「くっ……香耶様の御傍にありながらこのような怪異を許した失態……! 香耶様、どうか私にこの凶状を刻み殺す許可を!」
「ちょっと冷静になろうか、三成君」
どうも三成君は、自分が女性になったことより私が男になったことのほうに大層ショックを受けた模様。
「随分とまた面妖なことよなァ。ぬしはさほど変わり映えせぬように見うけられるが」
などと言いながら紀之介君はしげしげと私の身体を見まわした。酷くない? 普段の私、ここまで絶壁じゃないでしょ。
「君たちは……可愛いね。元がいいからかな。もし戻らなかったらまとめて嫁にもらってあげるよ」
「香耶様……!」
「ヒヒッ、われは遠慮しておこう」
私の冗談に紀之介君はバカにしたように笑うだけだったが、三成君は期待に瞳を輝かせて顔を上げた。あ、早まったことを言ったかな。
とりあえず三成君の精神状態が落ち着いたようだったので彼らの部屋を出る。
するとちょうど庭を挟んで斜め前にある部屋から千景君が出てきた。千景君は私の姿を一瞥すると、ほんの少し目を見開いて、何か察したように舌打ちする。
「やはりおまえがらみか」
「千景君……君は見た感じまったく変わってないね」
「残念そうに言うな」
十歳児の千景君は、普段から小袖に羽織とゆとりのある服装をしているせいもあってか、性別が変わっているのかどうかの判別がつかない。……いや、声が若干高いような気がするので、意に違わず女の子になってしまってはいるようだ。
「まさか月神に身を置く者すべてがこの状態なのか……ぞっとせんな」
「それがさぁ、意外とみんな美人なんだよ。あの小太郎君でさえ美しかったもん。あんなセクシー肉食系美女がホントにくのいちやってたらと思うと空おそろしいわ」
そう言うと千景君は想像できん、と眉をひそめる。そうだろうねぇ。
「他のメンバーがどうなってるか興味あるんだよね。一緒に見に行かない?」
「……ふん。気慰みにはなるか。いいだろう」
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