戦国ラプンツェル
月神香耶side



ラプンツェルがレタスというか……青菜のことだと言ったら、無双小太郎は一笑した。

「クク……では老婆は娘に青菜と名を付けたというか」

「そこはつっこまないでやってよ。童話なんだからさ」

小太郎がくつくつと笑いながら私の髪に指を通す。
もともとは腰あたりまでまでのばしていた私の白銀の髪は、先日の夜襲が原因で、胸元までの長さに切り落とすことになった。
特別な手入れをしているわけではない髪は、少しばかり潤いが足りていない気がする。私は耳の横の毛をくるくるともてあそびながら、居間の縁側から研究蔵を見やった。

それで……あ、そうそう。髪の話題から飛んで、髪長姫の話をしてたんだっけ。

「魔女に引き取られたラプンツェルは、それはそれは美しい娘に育つ。魔女はラプンツェルを入り口のない高い塔の上に閉じこめ、塔に出入りするときには彼女の長い髪を窓から垂れ下げさせて、それを伝って登っていた。……ラプンツェルの髪はまばゆい金色で、長さは四十尺もあったんだって」

四十尺は、メートル法に換算するならおよそ13mである。ギネスブックに載る頭髪の世界最長記録が6〜7mなので、その長さはまさに伝承級のレベル。

「ある日、国の王子がラプンツェルの歌声に惹かれてやってきた。王子は魔女が娘の髪を使って塔に出入りするところを見て、同じ方法で塔に入る。ラプンツェルと王子は惹かれあい、逢瀬を重ね、塔からの脱出をはかろうとするけれど、結局魔女にばれてしまう。ラプンツェルは、怒った魔女に髪を切り落とされて砂漠に置き去りにされてしまった。それを知らない王子は、魔女が垂らした娘の髪を伝っていつものように塔に登って、残酷な真実を知る事になる。塔から落ちて失明してしまった王子は、砂漠を数年さまよい歩いたのだけど、王子の子を産んで砂漠で生活していたラプンツェルと再会を果たし、国に帰って幸せに暮らすことになった。おしまい、と」

まぁ、いろいろはしょったけどだいたいのあらすじはこんな感じか。
すると横手から別の手が私にお茶のはいった湯呑みを差し出した。受け取って手の主をみると、それは敬助君だった。彼は薄く笑いながらこんな事を言ってくる。

「人間の髪が一ヶ月1cmのびるとすると、四十尺にまでするのに百余年の歳月が必要となります。王子に出会う前にラプンツェルがすでに老婆ですね」

「……そんな現実的なツッコミいらないんだっつの」

物語が成り立たなくなるんだから。

「腑に落ちぬな。そも、何故老婆は娘を引き取り、塔に閉じこめた? 少々の反抗で放逐するのであらば、老婆に娘に対する執着があったとは思えぬ」

「それは……うーん、なんでだろう?」

「おや、香耶はグリムの原作を知らないのですか? 魔女はその昔、結婚詐欺の被害に遭っていて、たいそうな男嫌いだったのですよ」

「そうなの?」

目を丸くする私に、敬助君は笑みを深める。

「魔女は塔に閉じこめたラプンツェルに毎夜ちがう男を宛てがい性交渉をさせ、朝になると殺して川に流していたんです。男に復讐すると同時に、娘に男への敵愾心を植え付ける意図があったのですよ」

「ええええ!?」

「ほう、なるほどな」

そ、そんな、本当はエログロい童話の原作なんて知りたくなかった……! もう純粋な気持ちで子供にラプンツェルを語り聞かせてやれない!

「しかも男と再会、結婚後にこの事実が露見し、夫婦は揉めることになります。ラプンツェルは夫に愛想を尽かして魔女の元に帰ってしまいました」

「まじでか! それで?」

「それでもなにもこれで終わりですよ。ああ、男は妻を追いかけますが、最終的に魔女が殺してしまうんでしたっけ」

「ハッピーエンドじゃないし!!」

「そうでしょうかね。娘の中で男への愛情は冷めきってしまっていたのですからこれでよかったのでしょう」

「ならば男にとっても、狂恋の果ての死は救いとなろうよ」

こいつら前向きだな。私はいまいち釈然としないんだけど。
神妙な顔でお茶を飲み干し、湯呑みを敬助君に渡して礼を言うと、彼はそれを受け取るついでに、私の顔にかかっていた毛をそっと指で撫で払った。

「はねていますよ」

「あ、ありがと。さっきちょっといじってたから……」

「ほら、そうやって、男に髪をたやすく触らせてはなりません。髪は性的象徴ですから」

せ、性的って。
敬助君の言葉に、未だに私の髪に指を通している小太郎君へと視線を移す。彼はなに食わぬ顔で、それでも私の髪を触るのをやめない。

「ククク、さしずめうぬはあまたの男を惑わせる乱世のラプンツェルよな」

「やめてくんない! 私が、っていうかラプンツェルが遊女みたいに言うのやめてくんない!」

「おや、何か勘違いをしているようですが、その場合我々の役どころは全員魔女です。まあ、私は君を決して逃がしはしませんが」

「大事に大事に育てた髪(もの)を、他の男に壊されては業腹よ。うぬの髪に触れてよいのは魔女だけだからな」

ひぇええ!!

(2015/07/22)

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