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沖田総司side
「総司。……おい、総司、なんてツラしてやがる」
「!」
土方さんのいぶかしげな声に、はっと顔を上げた。
香耶ちゃんがあそこまでやったんだから、僕がここでへまをするわけにはいかない。
「羅刹は、燃えると同時に砂になって消えちゃいましたよ。よかったですね」
「……よかったもんか。結局身元が分からねえままじゃねえか」
なにか言いたげだった土方さんは、それでもなにも言わずに事後処理のため他の隊士に指示を出し始めた。
新選組隊士や幕臣たちがあわただしく動く中で、僕だけが取り残されたようにたたずむ。
おびただしい返り血で染まった隊服。全部香耶ちゃんの血だ。
あの戦いのさなか、僕はすごく高揚していた。体中の血が沸騰するみたいに熱くなって。
刃を交えるのが、楽しいと感じた。あんな風に感じるのは久しぶりだった。
懐に手を当てれば、そこには服の中に忍ばせた扇の感触がある。香耶ちゃんに初めて出会った夜、彼女が置いていったあの真っ白な絹扇だ。
消える瞬間、炎の狭間で彼女は笑ってた。心配するなとでも言うふうに、ちょっと困ったような顔をして。
だから、きっと彼女は大丈夫。
「大丈夫、……だよね?」
勝手に行動したことを土方さんにグチグチ言われながらも、事後処理を終わらせた。
「──土方副長!」
すると焦りの表情を浮かべた山崎君が、肩で息をしながら僕たちのもとに駆けつけてくる。彼は、驚くべき情報を口にした。
「前川邸の新撰組が全滅しました」
「はぁ!? なんだと? ……羅刹がひとり残らずか?」
「はい。目撃した永倉組長によると、見知らぬ男が単独で侵入し、ほとんど音も立てずに羅刹の首をはね、あげく変若水をすべて破壊して逃げたと……。こちらの羅刹騒ぎに幹部のほとんどが出払っていたうえ、その鮮やかな手口に事の発覚が遅れ、組長が見つけたときにはすでに男は逃走間際だったそうです」
「くそっ、いったいどうなってんだ……!」
極秘のはずの羅刹の存在が、なんで外部に筒抜けになっていやがる。土方さんはいらだたしげに毒づいた。
そんな土方さんを横目に、僕は冷静に口を開く。こんな事が出来るのは、きっと……。
「山崎君、新八さんは羅刹を殺した侵入者の顔を見たんだよね?」
「侵入者は……、羅刹だったと聞いています。しかも新撰組の隊士ではなく、雪村綱道が差し向けたものだと」
「それ、なんでわかったの?」
「羅刹が自ら言ったそうです。『綱道は新たな実験の場を見つけたゆえ、新撰組は滅ぶべし』」
「雪村綱道か……。そういや総司、おまえもさっきの羅刹となにかしゃべってたな。なにを話した」
土方さんに問われて一瞬言葉に詰まる。
落ち着け。揺らぐな。これは近藤さんを……新選組を守るための嘘だ。
「彼は、身の上に関してはなにも。ただ、なりたくもない化け物にされて、砂になって朽ちた仲間をたくさん見たって。それで……最期は、笑ってました」
「そうか。……もしかしたら、綱道さんのもとから逃げ出した羅刹だったのかもしれねえな……」
羅刹ならば……、彼女も、いつかあんな最期を迎えるのだろうか。
結局、変若水は“幕府を裏切った蘭方医”が放った羅刹によってすべて壊された。……ということになった。
屯所に戻っても緊迫した雰囲気が抜けない隊士たち。
千鶴ちゃんが、隙を見つけて僕に話しかけてきた。
「沖田さん、……今回のこと、本当に父様がしでかしたことなんでしょうか」
「……そうだよ。どうして?」
本当は違うけど。新選組のみんなはそう思うように仕向けられたんだ。
「だっておかしいです。父様は……命令されたからという理由だけじゃなく、いつか、一族を再興するすべとして変若水に光明を見ていました。なのに貴重な研究資料をわざわざ減らすようなことをするなんて」
彼女は鋭い。普段はけっこうどんくさいのに、こういうときばかり正確に核心を突いてくるから侮れない。まるで、なにもかも知っているかのように。
「新撰組が後の驚異になると思ったんじゃないかな」
「そうかもしれません、けど……、前はこんな事、起こらなかったのに……」
千鶴ちゃんは、腑に落ちない表情で、何事か小さくつぶやいた。
「それよりさ、僕も千鶴ちゃんに聞きたいことがあるんだよね」
「あ……、はい」
千鶴ちゃんは考えごとに夢中になって床を見つめていたけど、それを遮るように問いかける。彼女は瞬いて目線をあげた。
「香耶ちゃん……月神香耶ってひとのこと、千鶴ちゃんは知ってるの?」
その問いに、彼女の表情は驚愕の色に染まった。
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