68
月神香耶side



その日のうちに夜の炎を行使して、まず薫君、三成君、紀之介君を土佐の南雲屋敷に送った。
雪村綱道は南雲の当主である薫君に取り入って変若水の研究を続けているが、幕府の敵となった長州ともつながりがあるようだ。
羅刹の性能を確かめるなら戦乱に投入するのが手っとり早いということだろうか。
綱道の暗殺は慎重に行わなければならない。下手をすると南雲が取り潰しの憂き目にあうこともありうる。

「そういうわけだから、三成君。たとえ戦に巻き込まれても、羅刹以外のひとを極力殺さないでね」

「は。お任せください、香耶様」

「紀之介君も」

「ヒヒ、あいわかった。マァわれは非力ゆえ、ぬしの期待には添えぬであろうがな」

「期待じゃなくて懸念です」

こいつは実力行使じゃなくて奸計で人を陥れるタイプだからな……。しかも手段を選ばないからたちが悪い。

「薫君、なんかあったらぜんぶ月神になすりつけていいからね」

「そのせりふは不安にしかならないんだけど……」

頼むから早く合流しろよ、と若干必死な薫君に西国を任せ、私は再び夜の炎で近江に帰陣した。



街道から少しはずれた人気のない場所に、佐助君、敬助君、総司君の三人がいた。

「待たせたね」

「香耶」

黒い炎に包まれて現れた私に、幕末勢と向かい合ってた佐助君が喜色を浮かべて振り返った。
佐助君にはBASARAの世界のことを二人に説明しといてね、とお願いしといたのだけど……。

「あ、おかえり香耶ちゃん。佐助君に聞いたよ。天下人だったんだね」

「君が各国の大名を手玉に取る女傑とは。人は見かけによらないものですね」

「待て待て待て」

どんな説明されたんだ。佐助君に目線を向けると、奴は「俺様、うそはついてないぜ」なんていけしゃあしゃあと言ってのける。

「説明してほしかったのは、戦国時代の有名な武将が私に協力してる理由とかで……」

「そりゃあ香耶が同盟の名のもとに戦乱を平らげちまったからだろ? ほかに表現しようがないよな」

そう……だったっけ? いやでも天下人なんて呼ばれるのは心外だ。
そのあたりに訂正を入れつつ、私たちもまた夜の炎で京へと戻った。




この日の深夜。二条城から所司代屋敷のあたりで、所属不明の羅刹が現れる事件が起こる。羅刹がらみの件に新選組が出動を命じられ、この羅刹の捜索に当たった。

「貴様ッ! 化け物め!」

「ここを何処と心得るか!」

向かい来る幕臣に、一人の羅刹が刀で手傷を負わせ昏倒させていく。
義眼の右目を布で隠し、白髪を高く結い上げた羅刹の正体は、羽織袴で男装した私である。
粗末なぶら提灯にともされた明かりは、返り血に汚れた衣服や刀を不気味に照らした。

「……香耶ちゃん」

「今はその名を呼ばないでくれないかな」

変装してるんだから。
私に声をかけたのは、浅葱の羽織をまとう新選組一番組組長、沖田総司。彼は足下に広がる死屍累累の惨状を見て、苦笑をこぼしながら肩をすくめた。

「誰にも聞こえてないでしょ」

誤解なきよう言っておくが、ひとりも殺しはしていない。うっかり重要人物を消してしまってはまずいので。

「副長は敬助君のこと、なんて言ってた?」

「一応は、しぶしぶだけど納得したよ。山南さん直筆の手紙もあったしね」

屯所へは総司君一人で戻ってもらった。敬助君はこちらの紹介で、遠方の医師に怪我を診てもらってるということになっている。
立ち話をしていると、総司君の援軍である新選組隊士や幕臣たちが集まってくる気配を感じた。
総司君は、己の腰から刃を抜いた。

「本当にいい? あんまり手加減できないけど」

「よーく知ってるよ。君が手加減なんてするたちじゃないって。……かかってこい。これが、提示した条件だ」

私もまた刃を振って露を払い、彼に対峙した。
炎のノウハウを教える代わりに、こちらの条件をのんでもらう。それは今夜、将軍邸近辺で騒動を起こす謎の羅刹を“新選組の沖田総司”が捕らえ、屠ること。
彼の翡翠に映る私は、隻眼を血の色に光らせる化け物だった。



「弱くはないと思ってたけど、ここまで出来るとはね」

幾度か刃を打ち合わせると、総司君はつぶやいた。その表情は至極楽しそうで。
そんな彼を前に、私もまた胸を躍らせていた。
小手打ちを体側でかわされ、彼もまた小手打ちで返す。身を引くと突きが追いかけてくるのでそれを払い、しのぎで受け流して剣先を突きつける。狂桜の刃が総司君の髪を一筋切り落とした。

「君さ、もしかして試衛館に来たことある?」

「……どうしてそう思うの?」

「だって、君の剣には理心流の形が染み着いてる」

たったこれだけの打ち合いで見抜くとは、さすが剣術指南役。私は明確な答えを返さず薄く笑うにとどめた。
戦場をさんざん渡り歩いて、たくさんの剣を葬ってきたけれど、一度身に付いたものはそうそう離れたりしないものか。
間合いを取り無構えで立つと、総司君も上段に刃を構える。
互いに踏み込んで、すれ違うように影を斬り、再び相打って鍔迫り合いになる。

幸せだと感じた。
この瞬間、確かに私は彼と心を通わせていると感じられたから。



「──いたぞ、あれが下手人の化け物だ!」

知らない侍の声に、ふと我に返った。
視線を巡らせれば、新たな幕臣らがちらほら集まってきている。もう新選組の他の隊もここに到着する頃だろうか。

「総司君、そろそろ」

「ええ、もう終わり?」

残念だな、と不満そうに答えた彼は、私と同じようにこのひとときを楽しんでいたのだろう。
だが私は同時に、いつになく消耗していた。本来の活動時間である夜とはいえ、こんなに長時間羅刹化したままでいることはめったにない。

小声で短く合図を交わし、こちらから鋭く間合いを詰める。身を沈めて逆袈裟に切り上げると総司君はそれを受けはずして流し、流れるように構えて脇のあいた私に三段突きを放った。
その一打、二打目は手元をねらい、私の手から狂桜を弾き飛ばす。三撃目で彼の刀は私の胴の脇を突き抜けた。

「……、」

彼の刃は私の腹を浅く切ったのみ。こんな傷じゃ一瞬で治ってしまう。
目の前の総司君をにらみつけると、彼は困ったような顔をした。

「手心は苦手だと言ったくせに」

「ごめん、香耶ちゃ、」

「名を呼ぶなっつーの」

血の一滴も落とさず消えたのでは不審に思われる。
私は脇に触れている総司君の刀を掴み、自分から思い切り刃を腹に食い込ませた。
驚いた総司君が反射的に刀を引く。当たり前だが私のわき腹はばっくりと斬り裂かれて盛大に血が吹き出した。痛っってぇ!
思わず悲鳴を上げそうになるのを気合いで我慢する。声なんて上げたら私が男装した女だってことが周囲にもろバレだ。

そして総司君の懐からふらりと離れ、地面に置いていた提灯の上にわざと倒れ込む。
提灯にともしていた炎は、瞬く間に私を包むように燃え上がった。

「な……!」

ま、死んだと思わせるならせめてこれくらいはやらんと。
この提灯の炎は最初から私の死ぬ気の炎だ。私にとって無害である。事前に打ち合わせしたのだから総司君も知っているはずだが、慌ててこちらに駆け寄ってこようとするのが見えた。
心配してくれているのだろうか。そんな期待くらい、してもいいかな。自分ののんきな思考にちょっと笑ってしまう。

そして燃え尽きた風を装って、私は夜の炎でその場から移動した。
その後、その場に残された総司君がどんな表情をしていたかなんて、知る由もなかった。

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