67
月神香耶side



「しかし……なぜわざわざ近江を指定したのです?」

「あれは思いつきだよ。とっさの状況で難しい判断を迫られたら、後世で語られている歴史に準じる」

「成る程」

敬助君は私の説明に、やけにあっさりと納得する。
新選組を脱した山南敬助は、近藤の命で追っ手となった沖田総司に、近江で捕捉される。歴史ではそのように語られているのだと言えば、敬助君はなにを思ってか、薄く笑った。



薫君の申告を受けて、すこし予定が変わった。風間邸の広い客間で、関係者を集めて作戦会議。私たち月神の者だけじゃなく、敬助君、薫君、千景君や天霧君も呼んだ。

「これから私の夜の炎で近江に向かう。行くのは敬助君、三成君、紀之介君、佐助君、薫君、そして私」

いま名前を呼んだ者たちには、すでに遠征のための旅装をさせてある。

「それって風間の旦那以外ほぼ全員だよな。多くない?」

「誰か残って新選組を監視する奴が必要じゃないか?」

佐助君や薫君が異を唱えるが、それを笑殺したのは千景君だ。

「必要ない。連中の監視は俺がする」

まぁ、千景君たちはホントに監視しかしないけど。

「大津宿で沖田総司と話をした後は分散する。まず佐助君と私は京に戻る。三成君と紀之介君は薫君とともに西国へ。それぞれの地で変若水、羅刹を根絶やしにして、雪村綱道を始末する」

沖田総司、ひいては新選組の協力が得られれば理想だけど十中八九無理だろうなぁ。
ここで難しい顔をした三成君が口を開く。

「香耶様の兵が忍ひとりではあまりにも手薄です」

「三成の言うとおりよ。ぬしはさきの潜入でも無鉄砲をしでかしたゆえな」

「やだなぁ、それを許したのは紀之介君じゃないの。人員の配分についてはこれが妥当だと思ってるよ。むしろ作戦が困難なのは西国に行く君たちのほうだ。私と佐助君も、こっちの作戦が終わったらすぐ君たちに合流する」

そのまえに私にはもう一つやることがあるけど……、今は胸の内にとどめておく。言えば皆に反対されるだろうからね。
千景君に目配せすると、彼は天霧君とともにみんなの輪から離れて部屋の隅に寄った。
準備が整うと、私はなにも持っていない右のてのひらから、闇色の炎を解き放つ。敬助君や薫君が、初めて見るそれに瞠目するのがうかがえた。
腕をひと振りすれば、炎は私たちの足下に広がり全員を包み込む。もちろん、熱は感じない。

「──香耶」

ワープホールを潜る直前、名を呼ばれて私は振り返った。声の主は、夜の炎が届かない場所で、私をじっと見つめる千景君だ。

「おまえがどのような道を選択しようとも、俺はおまえをまがい物などとは呼ばん。……生きて帰れ」

その言葉に目を見張った。千景君は、私が何をしようとしているか……何を決断したのか、知っているんだ。

「……ありがとう。私は死なないよ。絶対に」

私は、笑ってそう答えた。
そして、私たちは風間邸から、京の都から姿を消した。




大津宿。このあたりは江戸時代、東海道宿場町でもっとも人口の多かった場所である。街道沿いには様々な店が並び、旅人の目を楽しませてくれる。
今日は久々に朝から晴天で、絶好の観光びよりだった。
通りを馬を引いて歩く沖田総司が、茶店で餅をほおばる私に気付いて近づいてくる。

「やあ。言われたとおり一人で来たみたいだね」

「君も一人みたいだけど……山南さんはどこ」

のんきに手招きする私に、総司君は毒気を抜かれたような顔をする。
ちなみに私は一人ではない。ちゃんと佐助君が護衛についている。本職の忍者に本気で気配を消されると、もういるのかいないのかわかんないけど。

「敬助君なら宿にいるよ。その前に、総司君。君に聞いてほしいことがある」

「……敬助くんって……」

総司君は瞬いて苦笑した。私は手についたきな粉を払い、熱めのお茶をすする。ひと息ついて、刀を差し、勘定をおいて間道を歩き出した。
琵琶湖岸沿いのこのあたりは、今も現代も眺めが良い。

「初めて会った夜、私が操っていた炎のことだ」

近くに人目のないことを確認して、指先に大空の炎をともす。オレンジ色に輝くそれは、あの夜、扇の先にともしていたものと同じ。私の命の炎である。

「これ、何度見てもすごいね。やけどしないんだ?」

「炎として攻撃性を持たせることも可能だけど、基本的に生命力を目に見える姿で具現したもので、無害だよ」

触ってみる? と炎を差し出すと、総司君は興味津々に触れて「ほんとに熱くないや」と感心した。

「ひとに個性があるように、この炎にもひとによって様々な性質があってね。たとえば大空の調和、嵐の分解、霧の構築、といったふうに。私のこの炎は大空の炎」

「香耶ちゃんだけが使える特別な力じゃないの?」

「いいや。元が生命力だから命あるものならば誰でも備わっているものだ。多少、向き不向きはあるけど」

「へぇ。じゃあ僕でも何もないところから炎を出せるようになるんだ」

「訓練次第でね」

ふつうは指輪とか、(毛利千景君に渡した)刀のような、なにか生命エネルギーを媒介するものがないと難しい。一朝一夕で身に付く能力じゃない。
それでも。

「総司君。君の炎の属性は晴れ。晴れの活性だ。この性質は体の組織を活性させて治癒力を高める」

「……ふぅん、それで?」

なんとなく、話の先が読めてきたのだろう。総司君は横を歩く私を見て目を細める。私も、彼を見上げた。
その翡翠の瞳に自分が映るだけで、胸が踊る。ふわふわと、心が浮き立つ心地がした。

「覚醒すれば、敬助君の腕を治せるかもしれない。……それだけじゃない。この先、君自身を怪我や病魔からある程度守ってくれる」

これは、賭けだ。

「僕に教えてくれるの?」

「条件がある」

立ち止まって、彼に向き直る。湖からの冷たい風が、互いの髪をかき乱した。

「私が提示する条件は新選組に害を及ぼすものじゃない。むしろ、新選組の立場を守るものだ」

「意味がよく解らないんだけど……、もし僕が断ったらどうなるの?」

「どうもしないよ。このまま敬助君を君に引き渡して帰ってもらうだけ」

もちろんこちらの作戦は計画通り遂行する。リスクは少し上がるけど。
総司君は「そう、」とつぶやいて数拍黙り込み、そしてなにかを決意した表情で口を開いた。

「わかった。炎のこと、教えて」

彼の出した答えに、私は心の中で歓喜した。
総司君との糸は、まだ切れない。

| pagelist |

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -