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半兵衛は窓から見えた先にいたその人物に見覚えがあって、はっと息をのんだ。
「……竹中先生?」
眉をひそめ声をかけた斎藤の視線を気にもとめず、窓からかじりつくように身を乗り出した。
「あれは……幸村殿」
まず見えたのは長身の真田幸村の姿だった。赤いSUVの前で黒い髪の女性と話し込んでいる。
半兵衛はこの世界に生まれ変わってまだ一度も前世の知り合いと再会したことがなかったため、こんなところで見かけるなんて、と驚いた。この病院にくるのならば、このあたりに住んでいるのであろうか。世界は広いようで狭かったのだ。
一緒にいる女性は後ろ姿しか見えない。しかし、幸村の表情を見てもしかしたら……と思う。
「先生!?」
半兵衛は驚く背後の声も無視して走り出した。建物を飛び出し、向かう先は彼らのいる駐車場だ。
もちろん幸村にも自分と同じように戦国時代の記憶があるとは限らない。だが、あの戦国乱世の時代に彼と自分は、同じひとりの女性に懸想して、そして彼女に忠誠を誓ったのだ。死に別れたとしても、違えることはないと。
「──香耶……っ!」
後ろ姿は似ても似つかない気がした。彼女はゆたかに波打つ月色の髪を持っていた。まれに切ってしまうこともあったが、基本的には腰のあたりまで伸ばしていた。対してあの女性は首に掛かる程の長さの黒髪。痩せているせいか後ろ付きは小柄に見えた。
それでも、髪の色なんて、そんなものはこの時代ならどうとでもなる。
幸村が車を開けて彼女に乗るように促したところで、駐車場に出てきた半兵衛は声を張り上げた。
「香耶!!!」
それに反応してぴたりと動きを止めた彼女は、ついで目を見開いて振り返る。ゆっくりと。
黒髪と右目を隠す眼帯、赤いフレームの眼鏡に、マスク。半兵衛が探し続けてやっと見つけた彼女は、これでもかってほど顔に付属品をくっつけていて、探しても見つからないわけだよと納得する。
それでも何者をも内包する空色の左目だけは健在で。
職場の人間の視線や、すぐそばにいた幸村の存在も忘れて、半兵衛はただ一直線に香耶を抱きすくめた。
「はんべ、くん」
「やっぱり。覚えてた」
情けないくらいに声が震えて、のどに息が詰まった。
戸惑いながらも腕の中で名を呼んでくれる彼女の声に懐かしさを感じる。香耶が苦しそうに身を捩ったのはわかったけれど、あたたかくてやわらかい彼女の身体を解放することはできそうになかった。
「……竹中殿」
幸村はそばで驚愕に目を見開いた。その姿ですぐに半兵衛が医師だと気づいた。香耶はこの病院に通っている。彼女と半兵衛は今まで近いところですれ違っていたのだ。
遠くから「竹中先生」と、呼ぶ声が聞こえる。半兵衛は一瞬表情をゆがめたが名残惜しげに香耶から離れ、白衣のポケットを漁って紙を取り出した。
「香耶、住所と連絡先おしえてくれる? 今夜行くから」
「あ、うん」
まだ仕事が残ってるんだ、と肩を落とした半兵衛は、香耶と幸村に住所と番号を走り書きさせて、そのメモを手に後ろ髪を断ち切るように病院へと駆け戻っていった。
「……まるで嵐のようでしたね」
「ホント。彼は今生でもずいぶん忙しそうだ」
せっかくの寝て暮らせる泰平の世界だというのに、相変わらず仕事に忙殺されているんだな、と香耶は苦笑した。
「俺だけのけものなんてひどいよ」
と、半兵衛は子供のように頬を膨らませた。
宣言通り夜になってピエトラスカーラの香耶の部屋を訪ねてきた半兵衛。居間のソファでごろりと横になり、脇に積んである本をぱらぱらと開いては閉じて散らかしている。初めて来る部屋だというのにすでに我が物顔だ。
テーブルでは小太郎が適当な雑誌をめくっていて、半兵衛は自分以外の月神軍のメンバーがすでに香耶と再会していたことを知った。
「まぁ、こればっかりは仕方ないさ。巡り合わせが悪かったとしか言いようがない」
「香耶が通っている病院に勤めていたのであれば、未だ行方のしれぬ者よりはむしろ恵まれていよう」
「たしかに風魔殿の言葉にも一理あるけどさ」
前の世界で彼女に心を寄せていた者は自分たちだけではなかった。自分は出会えただけマシなのだ。
こうして現代に集まったかつての月神軍は、それぞれが香耶の部屋に入り浸るようになるのだった。
(2015/07/06)
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