煮ても焼いても食えない主従
※香耶さんが佐助の主という設定。単に佐助とほのぼの(当サイト比)としたい欲望に駆られた筆者の暴走。
信濃某所の宿の一室にて。
「佐助君、ちょっと路銀が足んないから、また真田に仕官してきてよ」
「は?」
急なことを言い出す香耶に、佐助は口をぱかりと開いた。
香耶は華奢な肢体に波打つ銀髪の神々しい容姿に似合わず、行儀悪く片膝を立てて杯を傾けながら夕餉の膳に舌鼓を打っている。ん、と彼女から差し出された茶碗を受取った佐助は深く考えることなくお櫃のふたを開けて山盛りに飯をよそった。
「……って違うだろ! 俺様、忍! 出稼ぎはべつにいいけどせめて忍の仕事させてくれるとこ選んでくれよ!」
「一応忍としての出仕でしょ。よっ! 金を積まれればどんな仕事も請け負う伝説のオカン、猿飛佐助!」
「なんだよ伝説のオカンって……せめて伝説の傭兵にしてくれって。誰かとかぶるけど!」
肩を落としながらもしゃもじで白飯をぺたぺたときれいに山型にする佐助は立派な給仕係りである。真田屋敷に出稼ぎに行っても、おもに城主の世話を焼いて団子を作って城の補修をしているらしいのでこのような肩書きがついた。もちろん戦忍として雇われるからには仕事はそれだけではないのだが。
「はっ、まさか前に風の旦那にすげー同情の目で見られたのはそのせいか!」
「あ、風魔君元気だった? つってもこないだ佐助君が川中島に行ってる間に小田原城下で会って、ふたりで飲んだんだけどさ」
「あんた俺のいない間になにしてんだよ危ねえな!! いくら真田に雇われてても俺の主はあんたなんだから、行動は自重してくれっていつも言ってるだろ!!!」
「自重したうえの行動だったんだけどな。第一私が自重をやめたら川中島で乱入パーリィだよ佐助君」
「どこの独眼竜!! ほんとに大人しくしてくれって言ってるのに……、つかまさかあいつには会ってねーよな?」
「政宗君になら風魔君と飲んだ後に会った」
「なにしてんだ……! あれにほいほい近づいちゃだめって言ったでしょ! 孕まされる!」
「あはは、ちょっとしゃべったくらいでそんな」
と、笑いながらひらひらと手を振る香耶には明らかに危機感が足りなかった。
この呑気な主が、その昔戸沢白雲斎の猿里から城が建つほどの大金で異端の佐助を買った奇特な女なのである。彼女がその金をどのように用立てたのか佐助は知りえなかったが、その後は佐助を連れて日ノ本を気まぐれに点々として、現在は主に中部、関東の田舎の宿場などに逗留していた。
「じゃあ次の川中島のときは大坂行ってきていい? 豊臣さんにお茶会に誘われてるんだー」
「なんでわざわざ俺がいない間に行くの! 大坂なんてひとりで行っちゃだめ!」
「君はちょっと過保護すぎやしないか? 私だって君に出会う前までは一人旅だったんだよ。勝手はわかってるさ」
「っ、」
ここで佐助は言葉に詰まる。こんな所領も無いヒモ女でも自分の主君はこの女で、給料なんか出なくてもそれをやめようとは思わない。だからこそ、香耶にひとりで旅をさせることはとても恐ろしいことのように思えた。
香耶が本当は自活できて旅もできて戦もできることなんかとっくに知ってる。だけどそれを理解してしまえば、自分の存在意義が無くなるような気がして。
「だって君が出稼ぎに行ったら、ひと月は佐助君で遊べなくなるし。私超暇」
「俺で遊ぶって……! あーあんたはそういうひとだよわかってたよ!」
「大坂城はなかなか遊び甲斐があるひと揃ってるわ。闇属性やっぱ面白いね」
「いい笑顔で言うけどそのセリフに俺様が同意するとでも!?」
とんだブーメランである。
「……香耶、大坂城のあの闇属性三武将は全員香耶を狙ってるんだから、不用意に近づけさせたくねえの。わかる?」
「私を狙ってるって、」
香耶は箸をくわえながらぱちくりと瞬き首をかしげる。
「つまり男のナニを私の穴という穴にぶち込んで種付けしたいとかそういう意味で?」
「違……ってないけど! あんた飯時にあどけない顔でよくそんな外道なことが言えたな。真田の旦那が聞いたら確実にぶっ倒れるって」
「佐助君が言ったのに」
「そうだけどそこはやんわりぼかそうぜ!」
そういうものかな、などと呟きながら、彼女は茶碗に七分目ほど残した飯の上に大根と野沢菜の漬物をのせ始める。そのタイミングを見計らっていた佐助は、すかさず熱めに入れたお茶を彼女の茶碗に注いだ。
「あんがと」
「いーえー」
「で、つまるところ君は私がどこでどうしてれば安心するんだい?」
「この宿から出ないで温泉にでも入りながら俺様の帰りを待っててくれりゃあ安心するね」
「そんな生活三日で飽きる」
「だろうと思ったよ……」
頭を抱えてしまった佐助を他所にシメの茶漬けを平らげた香耶は、箸を置いて膳を脇にどけ、ごろりと横になって佐助の顔を見上げた。
「でも、いつも君に苦労ばかりかけてるし、たまに君の意向に沿ってみようかな」
「え」
自分の主の珍しく殊勝な発言に、佐助はぱっと顔を上げた。件の香耶は、ごろごろもぞもぞと畳の上を這いずって、佐助の膝の上に頭を乗せる。
「この寝心地微妙な君の膝枕もしばらくお預けかぁ」
……あんたのそういう無防備なところが俺様心配、とは佐助の心の中で言うに留まる。それよりも、先の彼女の言葉の真意を知ることのほうが彼にとっては優先事項だった。
「俺様の意向に沿うってどういうこと? つまりここで大人しくしててくれるんだろうな」
「そうなるね」
「本当に? 俺様どんなに忙しくても一日一回は様子見に来るぜ。そのときこの宿に香耶の姿が無かったら、今度こそ真田の草屋敷に連れてって仕事が終わるまであんたを柱にでもつないでやる」
「君が望むならば私はそちらでもかまわないよ」
「……、」
不穏な提案も穏やかな瞳で受け入れられる。仕官先を忍に甘い真田と決めてしまうあたり、この主も自分の忍に心を傾けているのだ。そして、いつかこの暴君を見限り、佐助が忍として真田で生きることを選ぶ日が来るのなら、彼を頼むと香耶が若虎と密約を交わしていることを佐助はまだ知らない。
ただ、上田の若虎は香耶が佐助を切り捨てることはあっても、佐助が香耶を切り捨てる日など来ないだろうと確信しているのだが。
(2014/04/18)
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