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雪村千鶴side



山南さんが謎の侵入者に連れ去られた晩、新選組の屯所では幹部が緊張感をただよわせながら対応を検討していた。
私は何も知らないふりをして、沖田さんから新撰組と変若水の事情を聞く。

隊規に背いたら切腹。……死をまぬがれるために羅刹隊の隊士たちは、副作用を知りながらも薬を飲むことを選んだのだ。

「今回は阻止されましたけど……、今後また山南さんが薬を飲むという選択をしたとき、沖田さんなら山南さんを止めますか……?」

「……さあ、どうかな。でも、僕が山南さんの立場だったら、きっと……」

そこで言葉を切って、沖田さんは視線を外に向けた。
……きっと、羅刹の道を選ぶのだろう。沖田さんだけじゃない。彼ら、みんな。
やるせないような、いらだったような表情を浮かべる沖田さんから目線をそらすと、私の脳裏には鮮やかな銀髪碧眼が浮かぶ。

新選組で生きて死ぬ。そう決めた彼らの意志を、変えることはできないと。かつて、新選組に身を置いていた彼女はそう言っていた。
彼女が探し求めてたどり着いた最善の道へ……、私に彼らを導くことができるだろうか。私に、香耶さんの代わりが務まるだろうか。
私は、重く震えるようなため息をついた。



その後の屯所内はあわただしい様子だった。まだ夜の明けきらないうちに沖田さんは香耶さんたちを追って発つことになったのだ。
山南さんを人質に取られているとはいえ、沖田さんを一人で行かせることに近藤さんは難色を示したみたい。そんな近藤さんに、沖田さんは笑って「心配いりません」って言ってたけど、私もそう思う。
だって香耶さんが、山南さんや沖田さんを傷つけるはずないもの。

私は幹部のそばにいるように、と土方さんに命じられ、八木邸の中を移動する。すると。

「雪村君、こちらへ」

「えっ」

見覚えのない平隊士のひとりに、強引に勝手場の隅へと引き込まれてしまった。外の裏庭には見張りの隊士がいるものの、お勝手は真っ暗で私たち以外誰もいない。私は警戒して小通蓮の存在を意識しながら、相手を見据えた。

「あの……? 私、土方さんの指示で先に行かなきゃならないんですけれど、」

「まーそう堅いこと言いなさんなって。千鶴ちゃん?」

「!」

軽く両手をあげながら振り向いた平隊士の顔が、別人に変化していて驚いた。明るい夕焼けのような色の髪に、精悍な顔つき。アイブラックのようなフェイスペイント。さっきまで浅葱色の隊服だったのに、いつのまにか迷彩柄の装束に変わっている。
見覚えのあるひとだった。

「あなたは、香耶さんと一緒にいたひと……!」

「俺様ひと呼んで猿飛佐助、ってな。あんたのことは聞いてるよ。お互いあんまり時間ないみたいだし、手っとり早くすませようか」

猿飛佐助、の名になんとなく聞き覚えがあるけれど、今はそれを問いただす時ではないのだろう。猿飛さんの言葉に、私は小太刀から手を離してうなずいた。

「まずこれだけ先に伝えとくぜ。香耶はこの世界の住人じゃない。俺様が元いた世界にいずれ帰る。例えあんたが彼女を引き留めて、彼女も残ることを望んだとしても、俺様たちがそれをさせない。あちらの世界には香耶が必要だからな」

「、はい……」

彼を従える香耶さんを見たとき、なにか事情があると思ってはいた。でも、この先一緒にいられるとどこかで期待していた矢先の猿飛さんの忠告に、私の気持ちは重く落ち込んでしまう。

「でも香耶のことだから、きっちり仕舞いまで関わっちまうんだろうなぁ。現にこうして山南の旦那をさらったわけだし」

「あ、あの、山南さんや沖田さんをどうするつもりなんですか?」

「さあな。俺様、なにも聞かされないままとんぼ返りしてきたから知らないんだよね。でもま、悪いようにはしないって」

明るい口調の猿飛さんに、私も納得してうなずいた。

「猿飛さん、ありがとうございます」

「……俺様はなにもしてないけど。山南の旦那のことだって香耶に従ってやっただけで」

「それでも、あなたたちがいなかったら……私だけじゃ、変えられなかったから。それに、今もこうして私を励ましてくださっています。だから、ありがとうございます」

言って、私は深く頭を下げた。そして顔を上げて再び猿飛さんを見ると、彼は驚いたような表情をしていて、ついで頬を掻きながら苦笑した。

「香耶の周りにいる連中ってなんでこうなのかねぇ……。けど、お礼を言うのはちっと早いぜ。こっちの問題もまだなんにも解決してないし」

そうだ。
私が新選組にいるのも、隊士が血に狂うのも、父様が危険な夢を見るのも、すべては変若水なんてものがあるから。

「これは香耶からの言づてでもあるんだけどさ、千鶴ちゃんがここから出たいっつーなら手引きしてやってもいいぜ。どうする?」

ここから出る。それはつまり新選組からも京からも逃げて、戦争も変若水も関係のない場所で暮らすってこと……。

「──いいえ。私はここを出るわけにはいきません。父様と、父様の残した変若水を止めるまでは」

「あらら、見かけによらずおてんばだこと。ま、そう言うだろうと思ったよ」

み、見かけによらずおてんば……かな?

「あの、私からも……、香耶さんに伝えてください。あまり無理をしないでくださいと……」

今の沖田さんは、香耶さんが知る沖田さんとは違うから。
私の言葉に、猿飛さんはうなずいた。

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