「てめぇら、この女がどうなってもいいのか! はやく金と車を用意しろ!」

「……」

どうやら自分は銀行強盗に人質にされているらしい。“らしい”と他人事のように言う理由は、強盗のひとりに椅子から立たされるまで居眠りしていて、直前までの状況が把握できていないからだ。

……というか、非番だというのに私をこんなとこまで連れ回してきた連れはどうしたんだろう。
と思って目線を外に向けると、いた。
建物の外。関係者や警察官たちが集まっている場所から少し離れたところで、厳しい表情でどこかに電話をかけている歳三君。
犯人に銃を突きつけられている私とガラス越しに目があった彼は、眉間のしわを深くしてこちら側をにらみつけた。

いや、ごめんって……昨日あんま寝てなくて、本気で爆睡してたんだよ。

外の景色に視線を走らせていると、強盗の仲間がブラインドを閉じてしまった。
拳銃を突きつけられたまま移動させられた先には、パーテーションで区切られた一角。ここにほかの人質が集められていた。

「ここから動くなよ」

とピストルの銃口で背中を押され、床に座らされる。危ないなぁ。
強盗が少し離れて人質たちの監視に就く。すると私は銀行員と思われる女性に助け起こされた。

「お客様、だ、大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとうございます」

とくに怪我もしていないが、その気遣いに感謝した。周りを見回すと、そこには年かさの者や女子供ばかりが十人弱ほどいた。歳三君は銀行の外にいたけど、若い男性は先に外に出されたのだろうか。
人質たちの中には見知った顔があった。

「香耶お姉さん……!?」

「あれ……コナン君?」

以前ホテルの殺人事件に居合わせた、外見だけ小学生の高校生探偵だ。

「知り合い? コナン君」

と私たちに声をかけてきたのは、髪の長い高校生くらいの女の子。
彼女は毛利蘭と名乗った。あの毛利小五郎の娘でコナン君の保護者である。
ずいぶん凄まじい境遇で生きてるひとだなぁ。……私もひとのこと言えないけどさ。

「香耶さんはひとりなんですか?」

「いや、連れがいたけど今は外にいるよ。蘭ちゃんたちは?」

「うちも父が先に外に……」

てことは毛利探偵が外にいるのか。親しい者同士を引き裂くのは精神的に焦らせるのに効果的だ。毛利探偵も焦っているだろう。こりゃ警察も苦労しそうだ。

「おい、無駄口をたたくな」

ひそひそと小声で話しこむ私たちに、犯人の一人が拳銃をちらつかせ怒鳴る。蘭ちゃんたちは不安そうに口をつぐんだが、私は苦笑して肩をすくめた。
携帯も取り上げられているし、人質は私ひとりじゃない。ここはおとなしくしてるほうが得策だった。



その後、警察と強盗犯のあいだで何度かやりとりがあったらしく、女性行員が電話を持たされ交渉役に使われ、人質が何人か連れて行かれた。おそらく少しずつ解放されているんだ。
私もコナン君たちも残ったままだけど。

ほどなくして、犯人グループのために車が用意された。警察側は、人命にはかえられないと苦渋の決断をしたのだろう。
強盗犯が足早に私たちのそばまでやってきて、迷わず蘭ちゃんの腕をつかみ、引き立たせた。

「あんたが毛利小五郎の娘だな。来い!」

「!」

「蘭姉ちゃん!」

思わずといった風情でコナン君が駆け出しそうになる。私は彼の腕を引き戻して抱き込んだ。

「コナン君、私は大丈夫だから。……香耶さん、コナン君をお願いします」

「はいよ」

きっと彼女は解放されるだろう。この考えには根拠があった。

「は、離して、香耶お姉さん!」

「はいはい落ち着いて」

私はむずかる子をあやすふりをしながら、コナン君に耳打ちする。

「蘭ちゃんは本当に大丈夫だよ」

「なんでだよ。このままじゃ蘭を連れて逃走されちまう」

「冷静になりなさいって探偵くん。おかしいと思わないかい? 人員、拳銃まで用意しておいて、逃走用の車は警察に要求するなんて」

「……、」

第一、ここみたいな支店銀行を襲撃しても現金はさほど置いていない。せいぜい数百から数千万がいいとこ。金庫の中は書類ばかり。機械に入れられた現金はほとんどバラで、出てくるのに時間がかかるし、番号も控えられている。まさにハイリスクローリターン。

「まさか……カモフラージュ」

なにかに気づいたようにコナン君がつぶやいた。
この逃走が……か、あるいは銀行強盗事件自体が、かはわからないけど、これが警察の目を真の狙いから背けるためのパフォーマンスである可能性はある。
ここから先を考えるのは私の役目じゃない。黙り込んで思考にふけるコナン君を膝の上に抱えて、まだ数人残っている人質の行員を見渡した。
ここに来て、強盗犯たちは動揺を見せ始めている。

「なんで迎えがこねえんだよ!」

「幹部にもつながらねえ」

「くそっ、見捨てられた──」

パーテーションの向こうから気色ばんだ声が聞こえてきた。
私は不安そうな仕草を装いながら、膝の上の子どもの身体を抱き寄せる。コナン君は、はっと我に返ってあわてだした。

「香耶お姉さんっ」

「君は案外感情が外に出やすいねぇ。そんな殺気立った受験生のような顔をしていたら、すぐに怪しまれてしまうよ」

「……っやっぱりおめー俺の正体に気づいてるな?」

鋭くなったコナン君の眼光を、私は肯定も否定もせず、肩をすくめてかわす。

「ホテルの事件の時も思ったんだけど、あまり違和感を振りまかない方がいい。みんながみんな事件のことで頭がいっぱいなわけではないのだから」

ぐっと言葉に詰まるコナン君を、私はようやく腕から解放してあげたのだった。

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